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シン様

「じゃあここで一旦別行動ね。今日はありがとう、シン」

「いや、こっちも助かった。また明日も頼む、ミナ」


 宿の部屋は当然男女別々でとられており、俺とミナは通路の分かれ道でそんなやり取りをして別れた。


 今日は彼女がいてくれたおかげで狩りも捗った。

 もしソロだったら俺はまだレベル1だったはずだ。

 まあ今の俺にはダメージヒールがあるから1人でもそれなりの狩り速度が出せるとは思う。

 が、MPの関係上それだけに頼るわけにもいかないから、やはり複数人で狩りをした方が効率的と言える。

 ミナの方も俺といて気疲れしないというのなら、このままパーティーを組み続けるのもいいかもしれないな。


 俺はそんなことを考えながら、男子生徒が集まっているという大部屋へと続く廊下を歩いていた。


「一之瀬君」

「…………?」


 しかしそんな俺の目の前に一人の女子生徒が現れた。


 彼女は黒いローブを着ている事から魔術師であろうと推察できる。

 また、はねっ毛交じりのあまり整えられて無いショートヘアで、猫背な上にやや俯いているせいでよく見えないものの、彼女の顔はとても整っているように感じた。

 それを見た俺は、この少女はもう少し身だしなみや姿勢に気を使えばミナにも負けていないんじゃないかという印象を受けた。


 俺の網膜に映る彼女のキャラネームを見る限りでは、この子はサクヤというらしい。

 けれど彼女の顔にもキャラネームにも俺は見覚えがなかった。


「ちょっと来て」

「え? ちょっ、な、なんだ?」


 サクヤというキャラネームを持つ彼女は俺の腕を突然掴んだかと思うとそのまま宿の奥へと歩き出す。


 そして俺はそんな彼女に連れられ、一つの部屋へとやって来た。

 おそらく女子用の部屋なのだろうが、今は俺達以外誰もいないようだ。


「えっと……サクヤ……さん?」

「サクヤでいい」

「あっそ……それじゃあサクヤ、俺に一体何の用だ?」


 そこで俺はやっとサクヤという少女に問いかける。

 ここに連れてきたということは何か俺に用があるのだろうと想像して。


 しかしその用事の内容がわからない。

 多分同じクラスの生徒だったと思うんだが、俺は彼女の事を知らなかった


「一之瀬君が『EE』で二枚盾を使っている『シン』だっていうのはホント?」

「? ああ、本当だが」


 なんだ、その話か。


 そう思いながら俺は彼女の問いかけに軽く頷く。


「じゃあもしかして……『PO』のトップギルド『ブルーファントム』に所属してる『シン』も君?」

「……よく知ってるな」

「!」


 しかしそれに続け、別のゲームで遊んでいた俺のキャラも当てられてしまい少し驚く。

 また、彼女の方も目を大きく見開いてとても驚いたというような様子を見せている。


「そ、それじゃあ『Dハン』で『ドラゴンキラー』って呼ばれてる『シン』や『MOF』のレイドコンテンツにおいて最難関と呼ばれているBGK討伐を1人でやってのけたっていう『シン』もっ?」

「いや、BGK単騎撃破はデマだから。でも元ネタは多分俺だ……というか本当によく知ってるな……お前も俺と同じゲーマーか」

「!!!」


 彼女が次々に俺のプレイしていたゲームの使用キャラを言ってくるのを俺は少し驚きながらも肯定し続ける。


 まあそれらのゲームでは全部キャラネームを統一していたからな。

 その共通したネームを見て彼女ももしやと思って訊ねてきたんだろう。


 だがそれだと彼女は4つのゲームを網羅している事になる。

 俺も人の事を言えたもんじゃないが、彼女は相当ゲーム好きなんだな。


「ああ……やっぱり……やっぱりシン様だったんだぁ……」

「……シン……様?」


 サクヤのゲーマー度を分析していると、彼女は俺のキャラネームに様を付けて呼びだしていた。


 そして更に彼女は突然詰め寄ってきた。

 なので俺は思わず後ずさりして壁に背を預ける形となってしまう。


 けれど彼女は俺に詰め寄るのを止めず、壁に手をバァーン!と叩き付け、俺の顔を物凄い至近距離からマジマジと見つめてきた。


「はわぁ……私……シン様と生で会っちゃったよぉ……」

「……シン様ってなんだよ。俺達はただのクラスメイトだろ」

「私にとってシン様はシン様だよぉ……」

「…………」


 ……なんなんだコイツは。

 どうして今日あったばかりの女の子に様付けして呼ばれなくちゃならないんだ。

 どうして今日あったばかりの女の子に壁まで詰め寄られなくちゃいけないんだ。


 しかもサクヤは顔を紅潮させながら息をハァハァと荒げている。

 完全にヤバイ人だろこれは。


「ねえ、ねえ。他には? 他には何のゲームやってたの? 多分他のゲームでは別のキャラネーム使ってるんだよね?」

「え……えっと……『FM』と『RSO5』と……あとVRFPSの方でいくつか……」

「『FM』と『RSO5』なら私もやってるぅ……ねえ、なんていう名前でプレイしてたの?」

「…………」


 なんでだろうか。

 彼女にキャラネームは絶対に教えてはならないというような気がしてならなかった。


「なあ……サクヤ。俺とお前って今日が初対面だよな?」

「リアルではそうだよ」

「リアルでは……? じゃあそれ以外では会った事があると?」


 そして俺はサクヤの言動から、何かしらのゲーム内で出会った事があるのだと推測して訊ねた。


 すると彼女はコクコクと頷いて俺にその答えを告げる。


「私、『ブルーファントム』のレイジだよ。知ってるでしょ?」

「レイジって…………え?」


 サクヤというキャラネームは知らないが、レイジというキャラネームには聞き覚えがあった。

 というかかなり知っている。


 そいつは俺と同じギルドに所属していて……ギルド内でよく一緒に下ネタ談義をしていた男プレイヤーだ。


「ちょ、ちょっと待て。え? レイジって確か男だったはず……」

「ネナベなんて別に珍しくもないでしょ? 私、シン様とお話したくって……男キャラを作ったんだから」

「は……?」


 俺と話をするために男キャラを作った?

 わざわざそんなことのために?

 VRMMOの容量上の関係から1アカウントにつき1キャラしか作れないのに?

 戦闘特化のトップギルドに加入できるだけのキャラを最初から?


 ありえないだろ。


「う、嘘だ。そんなことあるわけが――」

「今期の嫁は愛坂萌あいさかもえだよね?」

「!!!!!」

「女の子のパンツは白が一番良いんだよね?」


 が、サクヤは俺がレイジに話した内容を次々に言い始めた。


「最近お母さんに秘蔵のエロ画像集を見られてヘコんだんだよね? 毎日一回はヌかないと落ち着かないんだよね? 最近は二次元ばっかりおかずにしてるんだよね? しかも二次元の好みは金髪巨乳ろ――」

「だああああああああああああああああ!!!!! それ以上何も言うなあああああああああああぁぁぁ!!!!!」


 目の前にいるサクヤの口から飛び出してくる俺がギルド内で語った赤裸々な内容に堪えられず、彼女を突き飛ばして距離をとろうとした。


 しかし、俺に突き飛ばされても彼女は尚血走った目をこちらに向けて再度詰め寄ってくる。

 そんな彼女に対し恐怖感を抱きながらも後ずさるが、動揺していたためか俺は足をもつれさせてしまいその場に倒れこんだ。


「逃げないでよ」

「うっ!?」


 そして倒れこむ俺の上にサクヤが跨ってきた。

 彼女はマウントポジションを取ったかと思うと俺の両手首を掴んで床に押し付け、潤んだ瞳で俺の顔を覗き込むように見つめてくる。


「はぁ……はぁ……だ、大丈夫だよ。私はそんなシン様の内面を知っても引いたりしないから。だって私もそうなんだもん」

「え?」

「レイジの時の私は男を演じなきゃだったから少し嘘も交えてだったけど……シン様に言った事は大体本当だよ」


 サクヤは俺の目を見つめながら、息を荒くしたままそう言った。

 レイジとして語った内容の大体は真実であると。


 『PO』内でレイジが話していた内容といえば――


「私には片思いの人がいて……いつもその人の事を――シン様を思い続けていたんだよぉ?」


 レイジには惚れてる人がいる。

 また、レイジはその惚れてるソイツの事を思って、異性が聞いたらドン引きするであろう内容を『PO』内の俺に語っていた。

 だがそんな困ったギルドメンバーのリアルを知らない俺にとって、誰に惚れているかなんてどうでもいい事だったから俺達は身内に語るゲス話として笑いながら受け流していた。


 けれどその惚れている人というのはあろう事か俺だった。

 俺はその事実を今知らされて顔を引きつらせ始める。


「シン様の事を思って毎日二回は自慰に耽ったし、シン様から貰った物は今も全部大切に保管してるよ」


 レイジは好きな子から貰った物をコレクションにしており、それを見ながらオナニーするのが日課だった。

 それはつまり、ストックをよく切らすレイジに俺が時折渡した回復薬や、狩りを終えた後に俺が分配した素材アイテム等をサクヤはずっと保管していたという事になる。


 レアアイテムを手にしてニヤニヤする思考なら俺にもわかる。

 だが彼女の言う、大した価値があるわけでもないそれをコレクションにして、あろうことか自慰行為に使っていたというレベルにまでは到達していない。


 俺には彼女が何を思ってそんな事をしていたのか理解できなかった。


「私もシン様と同じで学校も不登校ぎみだったし、ゲームしてるかオナニーしてるかの毎日だったよ……非生産的な毎日を送ってた駄目人間だよ……だから私とシン様は同類だよぉ」

「…………っ!」


 やばい。

 コイツはとんでもなくやばい。


 見た目が可愛いとかそんなことは関係なく、笑みを浮かべながら至近距離から俺を見つめてくる彼女に俺は恐怖を抱いて冷や汗を掻き始めた。


「あぁ……シン様がすぐ傍にいるぅ……VRじゃない生のシン様がいるよぉ……」

「!?」

「はぁ……これがシン様の匂い……」


 装備品は早川先生と別れたところで外し、インナーシャツ一枚となってしまっていたのが仇となった。

 サクヤは俺の胸板に顔を埋めてスーハースーハーと深呼吸をし始めた。


 汗を掻いているであろう俺の体の臭いを嗅いで彼女は「うふふふ」と喜びに満ちたかのような声を上げている。

 しかし俺の抱く感情は恐怖しかなく、彼女の拘束を必死に外そうと体をよじった。


「さっき……氷室君?を圧倒した時私は直感したよ。君があの最強の戦士、シン様だって。類稀な反応速度に加えて膨大なゲーム知識と経験を持ち、ネットゲーム界に数々の伝説を生み出した、私達廃人の中で最も光り輝いていたあのシン様だって」

「わ、わかったから……わかったから離れてくれ……」


 俺は伝説なんて作っていないし光り輝いてもいない。

 それに俺以上のプレイヤーだって探せばいくらでもいるはずだ。

 サクヤは俺を買い被りすぎている。


 だが彼女にとってそれは真実なのだろう。

 彼女は俺に爛々とした目を向けてきた。


「ねえ、シン様って童貞だよね?」

「ぶっ!?」


 そしてサクヤは俺にとんでもない事を訊ねてきた。


「前に彼女は今までできた試しがないって言ってたよね? 年齢イコール彼女いない歴だって言ってたよね? 隠さなくてもいいよ。私と同じでずっとゲームばっかりしてたんだもん。できなくて当然だよ」

「ぐ……」


 当然とか言われてしまった。

 まあ確かに中学時代はゲーム三昧だったし、俺のゲーム内キャラをいくつも知っている彼女からすればデートも何もしていないであろう事はすぐ察せるのだろうが。

 

「私ね、初めて恋人ができるならシン様みたいにずっとゲームやってる人がいいなって思ってたんだ。それなら私と話も合うし、一緒に遊べるでしょ?」

「へ、へえ……」

「ゲーム以外で話せる事なんて殆ど無いもん。テレビも流行も恋バナも何も話せないから、リアルの私はずっと1人だったよ」

「…………」


 ずっと1人だった……か。

 それについてだけは彼女に対して少し共感を覚える。


 俺の場合はゲームをして引かれたわけじゃないが。


「たまにゲームの話をすると皆逃げてっちゃうし、たまにゲームを教えてくれって言ってきたクラスメイトもゲーム内の私についてこれなくて次の日には話しかけてこなくなるし……」


 いや、サクヤが1人だったのはゲームの話以前の問題のように思うんだが。

 初対面の人間に対してこんな行動をしているくらいなのだから、彼女のコミュニケーションがどこかおかしかったから引かれたのだろう。


「だから私は付き合うならゲーム好きの人がいいなってずっと思ってたんだぁ」


 彼女はそう言いながら熱っぽい瞳で俺を見つめ続けている。


「ねえ……シン様、私は処女だよ。処女の方が好きなんでしょ? 前に嫁認定してたカエデっていうアニメのキャラが非処女だって判明した時ギルメンと一緒に凄い怒ってたもんね?」


 いや、それはあの場の勢いというか……別にアニメキャラが非処女だからといって本気で怒ったわけではないというか……


「だ、だからなんだって言うんだ……?」


 しかしここでそんな話を持ち出すということはつまり……そういうことなんだろう。


 俺は彼女が何を言いたいのか察する事ができてしまい、心の中で様々な感情が入り乱れた。


「私と付き合って……シン様ぁ……」

「…………っ!!!」


 ゾクッとした。

 サクヤの口から愛の告白と受け取れる言葉を聞いた瞬間、俺の背筋に電流めいたものが走った。


 それと同時に俺はサクヤから目を逸らして体を暴れさせる。

 けれど彼女は俺の手首を掴む手に力をこめて動きを封じてきた。


「は、はなせ! お前の言いたい事はわかったからとにかく一旦離してくれ!」

「いや。手を離したら逃げちゃいそうだもん」


 鋭い。

 確かに俺は彼女が拘束していなかったら逃げるつもりだ。

 こんな唐突な告白を受けても俺のハートはときめかない。


 ここでサクヤの勢いに流されたら一生付き纏われる危険性がある。

 そんな予感がして俺は彼女の告白を受けるのを躊躇った。

 たとえ告白をしてきた彼女の見た目が美少女であっても。


「付き合ってくれるなら私はシン様が望むことをなんでもするし、なんでもさせてあげるよ? 私の全部をあげるから、私のモノになって、シン様ぁ」

「う……」


 女の子と付き合ってみたいなとは俺も思うけど、流石にサクヤの愛は重すぎて付き合うのは無理だと感じた。

 まだチェリーボーイである俺に突然現れた少女の愛(特大級)を受け止める度胸などあるわけが無い。


 いくらなんでもこれはないだろう。

 可愛ければなんでも良いってわけじゃねえぞ。


 俺はサクヤから離れようと一心不乱にもがき続けた。


「やっと会えたんだもん……絶対放さないからね……」

「ぐ……」


 だがそんな俺の抵抗も虚しく、事態は良い方向に進む気配が無い。

 むしろ徐々にサクヤとの密着具合が悪化しているような気さえしてくる。


 胸板に彼女のささやかな胸の感触が伝わり、足は絡んで上手く動かせない。

 今までの人生で女の子とここまで密着した事などなかった俺は、それだけで激しい抵抗ができなくなってしまった。


「シン様ぁ……」

「!?」


 俺の心が場に流されかけているのを悟ったのか、彼女は顔を目の前まで近づけてきた。


 お互いの視線が交わり、その距離は次第に短くなっていく。


「や、やめ……」


 そして彼女は俺の唇へと――











「サクヤちゃん、そういうことは別のところでやってくれないかなっ?」


 と、そんな時、俺の頭上から女の子の声が響いてきた。


「……今取り込み中」

「とは言ってもここは女子用の部屋だし、他の子の迷惑になっちゃうよっ?」

「…………」


 俺を救ったのは胸がでかくて長い髪を濡らした武道家装備の服を着た女子だった。

 また、その後ろには同じように髪濡れの女子生徒達がこちらを覗き込むようにして見ている。

 おそらくこの部屋にいた女子は風呂にでも入っていたのだろう。


 しかしいつからそこにいたのだろうか。

 童貞云々のところは聞かれていないといいのだが……


「ほら、君も早く男子部屋に行かないと怪しまれちゃうぞっ。えっと……シンさま?」

「……普通にシンと呼べ」


 俺は茶化すように言う長髪の女子に苦笑いを見せつつも、サクヤの拘束が緩くなったのを感じて咄嗟に振りほどく。


「でもとりあえず助かった! サンキューな!」

「あ……シン様ぁ……」


 そして俺は勢いよく立ちあがり、脱兎のごとく駆け出した。

 後ろからサクヤの悲しげな声が聞こえてくるが気にしない。



 こうして俺はサクヤという危険人物から身を守る事に成功した。

 その後、どうにか男子部屋へとたどり着いた俺は震えながらもベッドの中に潜り込み、アース世界での初日を終えたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 羨ましい奴め…
[良い点] とても面白く、読み易いので どんどん読み進められます。 [気になる点] R 15ギリギリだと思うのは 自分だけでしょうか? [一言] ゲームの専門用語の略語が知識のない自分には読み辛いです…
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