スケッチブック
「あー……つーかれたー……」
龍人族との修行を開始してからそれなりの期間が経過した。
今日も俺たちはクタクタになりながらも夕食を終えて自分たちの部屋に戻ってきた。
ベッドの上に倒れこむと、全身から疲労感がドッと現れてくる。
「あー…………」
ここ最近はずっとこんな感じだが、今日は相当疲れてるな。
それもこれもあの三馬鹿が組手試合をしようだなんて言うからだ。
まあ俺もノリノリで三対一の戦いを楽しんでいたわけだから、あいつらだけに責任があるわけじゃないんだが。
しかし、それでも限度があった。
地球の体よりはよく動くけど、半日以上戦い続けるのはやっぱり駄目だ。
あいつらも何気に負けず嫌いだったせいで、止めるタイミングが全然なかった。
銀丈さんたちも見てないで止めてくれれば良かったのに。
あれも鍛練の内ってことで黙認してたんだろうけどさ。
「…………あ、そうだ」
俺がそう思いながらベッドの上で微睡んでいると、そこで唐突にとある閃きが頭に浮かんだ。
その閃きとは、かつて俺がレべリングで疲れた際にフィルからしてもらったマッサージについてだ。
サクヤが乱入してきたために中断してしまったけれど、あの時受けたフィルのマッサージは天国に昇るかのような気持ちよさだった。
フィルなら今の疲労感も吹き飛ばしてくれるだろう。
また、おそらく彼女もだいぶ疲れているだろうから、こちらからもマッサージをし返してやろう。
これはエロいことじゃないので、何も気にすることなく行える。
ナイスなアイデアだ。
そう思った俺は、早速フィルの部屋へと向かった。
「フィルー、ちょっと頼みたいことがあるんだが」
自分の部屋を出た俺はフィルの使っている部屋の前に行き、ドアをノックした。
けれど、部屋の中からは何の反応もない。
もしかしてもう寝ちゃったのだろうか。
「……お、空いてる」
寝ているなら自分の部屋に戻ろうかと思いながらも、諦めきれずにドアノブを触ると、それには鍵がかかっていないということが判明した。
どうする。
一応中の様子だけ確認するか。
俺は頭の中で若干迷いながらも、部屋の中にちゃんとフィルがいるか確認すべく、ドアを開いた。
「あ……いた」
すると俺の目にフィルの姿が映った。
彼女は部屋に備え付けられた机に突っ伏した形で眠りこけていた。
眠っているのではという予想は当たったけど、あんな眠り方じゃ疲労は取れないな。
なので俺は、部屋の中に入って彼女をベッドに寝かせようとした。
「ん…………?」
と、そこで俺は机の上に、ある物を発見した。
それはフィルが絵を描くときに使っているスケッチブック。
多分フィルは絵を描いている最中に眠ってしまったのだろう。
「……これ、俺か?」
また、スケッチブックに描かれている人物が気にかかり、俺はついそれを凝視してしまう。
スケッチブックには、俺らしき男が……半裸姿でカッコイイポーズをとっていた。
「なんか……美化されてるな」
フィルにはこう見えているのだろう。
異性に惚れると、その人のことがハリウッド俳優バリにカッコよく、もしくは美しく見えてしまうというからな。
スケッチブックに描かれた人物は俺の特徴を捉えているものの、3割増しくらいにカッコよかった。
だけど半裸ってどういうことだ。
しかも俺(絵)は憂いを帯びた表情で、どこの写真集だっていうようなポーズをとってるし。
リアルの俺はこんなことしないぞ。
でもフィルの描いたその絵は、以前に見せてもらった時と同様、とても繊細で上手いものだった。
そこで俺は、フィルが他にどんな絵を描いているのか知りたくなり、次のページをついピラッと開いてしまう。
「おお……」
そこにはカッコイイ俺(絵)が、少女を壁に詰め寄らせていたり、腕を強引に掴んでいたり、顎を指でクイッと持ち上げているような絵が描かれていた。
……て、この少女はフィルだな。
少女漫画風にデフォルメされているけど、マフラーやゴスロリ服といった服装、顔や髪型の特徴などから、この少女がフィルであると簡単に連想できる。
つまり、絵の中でフィルは俺に詰め寄られているということになる。
もしかしたら彼女は俺にこういうことをしてほしいのかもしれない。
いわゆる俺様系男子か。
そうしてほしいというのであれば、今度試しにやってみよう。
これでフィルが喜んでくれるというなら、やってみる価値はある。
俺はフィルにそんないたずらを今度仕掛けてみようと思って微笑みながら、更にページをめくった。
全裸の男がそこに書かれていた。
「…………」
俺はそのページに描かれたものを見て目が点になった。
これは見るべきではなかったかもしれない。
なんというか、フィルの恥ずかしい一面を見てしまったような居たたまれなさを抱いてしまった。
いや、別にいいんだけどね?
絵を描くのが上手いんだし、ちょっとくらいエッチな絵を描いてみたいと思っても別に不思議なことじゃないと思うしね?
フィルがこういう絵を描いても俺は引いたりなんてしないさ。
……でも絵の男が、どう見ても俺なのはどうなんだろう。
全裸でカッコイイポーズを決めているのはどうなんだろう。
全裸でレモンみたいなのを持ってキメ顔をしているのはどうなんだろう。
まあでも、いや、うーん……うー……
なんか……顔が熱くなってきた……
というか、絵が上手すぎる。
スケッチブックには全裸である俺の体が細部にわたって丁寧に描かれている。
特にナニの再現度が凄い。
俺の特徴がよく捉えられている。
フィルは前に二回、俺のを見る機会があったわけだが、彼女はたったそれだけで完璧に覚えたというわけか。
そう考えると凄く恥ずかしい。
しかも、その絵は実物より少し大きいような気がする。
これは一体どういう意味を持っているのだろうか――
「…………」
「…………」
フィルと目があった。
フィルは机の上から顔を起こし、俺とスケッチブックを交互に見ている。
「し……シンさん……」
「な、なんだ、フィル」
「ど、どこまで……み、見ました……か……?」
「あー……えっと……」
「しょ、正直に……答えて……ください……」
「…………俺が全裸でポーズを取っているところまで見ました」
フィルは俺の答えを聞くと、顔を真っ赤に染め上げた。
「ご、ご、ご、ごめんなさい! お、オレ、わ、悪気があってあんなのを描いたわけじゃない……んです!」
「あ、ああ、それはわかってる。あれは悪気があって描いたわけじゃないんだよな」
「で、でも……き、気持ち悪い……ですよね……あんなの描いてて……軽蔑……しましたよね……」
「いや、そんなことはないぞ……フィルくらいの年頃で絵が上手ければ、あれくらいのことは誰だって描くさ……」
「そ、それでも……よりにもよってシンさんを……あんなふうに描いちゃうなんて……」
「…………」
フィルは両手で顔を隠しながら俺に背を向けてしゃがみこんだ。
今の彼女は耳まで真っ赤だ。
俺にあの絵を見られて相当恥ずかしいのだろう。
まあ確かに、いくら絵が上手くても知人の全裸を描くかというと、多分ない。
しかし、ここで本音を言ってしまえば彼女が塞ぎ込んでしまう。
なので俺は彼女に優しい言葉をどうかけようかと頭を悩ませる。
「おぉ……シン殿もなかなか立派なモノを持っていたのだな……」
「こ、これがシンくんの……」
「…………」
で、なぜか俺の後ろにクレールとサクヤがいた。
彼女たちはスケッチブックに描かれた絵を見てゴクリと喉を鳴らしている。
「いや、これは少し誇張されてるからな? というか、なんでお前たちがここにいるんだよ」
「フィルの声が聞こえてきたのでな。様子を見に来たのだ」
「私はシンくんがフィルちゃんの部屋に行ったのを見たから」
なるほど。
さっきフィルは少し大きな声を出していたからな。
それを聞きつけて部屋に入ってきたのだとしても、そこまで不思議なことではない。
俺はサクヤの言動を無視してそう納得した。
「それでフィルはどうしてシン殿のアレを絵に描けるのだ?」
「想像だとしても精巧すぎるよね」
「あー……それはだな……」
クレールとサクヤが疑問の声を上げているが、フィルは赤くした顔を両手で隠したまま俯いている。
俺は彼女たちに温泉での出来事を、簡単にだが説明した。
「ほほう……つまりフィルは二回も……見たというわけだな?」
「私でさえまだ見たことないのに……」
すると彼女たちは何かを悔しがるような声を出してスケッチブックに描かれている絵を凝視し始めた。
なんか……そうジロジロ見られてると無性に恥ずかしくなってくる。
絵であるとはいえ、クレールとサクヤは今俺のアレを見ているわけで。
俺はスケッチブックを閉じ、股間付近をそれで隠した。
「……とりあえずこれで解散。さあ散った散った」
そして俺はクレールとサクヤをフィルの部屋から退室させるべくそう言った。
「部屋を出ることは我もやぶさかではないが……」
「その前にやることがあるよね」
「? やること?」
しかしそこで2人は上目づかいで俺のほうを見てきた。
「我らは皆平等であるべきだと思うのだ」
「フィルちゃんが見たなら私たちも見ないとだよね」
「…………」
つまり……ここでアレをさらけ出せと?
「そ、それはちょっと……」
「だがフィルだけというのはずるい」
「このままだとフィルちゃんに嫉妬しちゃうかも」
「おいぃぃ……」
マジか。
複数人の女の子の前で露出狂バリの行為におよべと言うのか。
でもここで見せないと2人は納得しないようだ。
フィルにキスをした時も同じことを求められたし、今回もそういう理屈なのだろう。
……なら見せるべきか?
ここで見せなきゃ角が立つみたいだし……
「……少しだけだぞ」
「! う、うむ。それでいいぞ」
「ふぃ、フィルちゃんも数秒くらいしか見なかったらしいしね! それでいいよ!」
「お、おう」
仕方ない。
腹をくくろう。
しゃがみこんだクレールとサクヤを見ながら俺は深呼吸を行う。
部屋の奥でフィルが指の隙間からこちらをチラチラ見ているが構うものか。
俺は今履いているズボンに手を――
「フィルちゃん。悪いんだけどちょっとマッサージを頼……め……」
「「「「…………」」」」
ミナがフィルの部屋を訪れた。
彼女はドアを開き、俺たちと目を合わせてその場で硬直していた。
俺はそんな彼女を半ケツ状態で見て冷や汗を浮かべる。
「…………」
……数秒後、ミナはパタンとドアを閉めて退出した。
「待ってくれミナ! これには深い事情があるんだ! だから俺の話を聞いてくれ!」
ズボンをちゃんと履き直した俺はミナを追いかける。
そしてミナから冷たい目で見られるようにならないよう、俺は必死に弁解を始めた。
こうしてスケッチブック騒動は終結した。
結果として俺はクレールとサクヤに恥部を露出しなくてもよくなったのだが、ミナからはかなりキツくお小言を貰ってしまった。
これにより、やっぱり無暗に裸を女の子に見せてはいけないなと俺は再認識したのだった。