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「兄者! 今日も鍛練ご苦労様です!」

「兄者! パンを買ってきました! ワイバーンの肉を挟んだ至高の一品ですので是非食べてみてください!」

「兄者! 疲れてはいませんか! 私が肩でもお揉みしましょうか!」

「…………」


 鍛練を終えたある日、前に絡んできた龍人族3人が別の意味で俺に絡んできた。

 こいつらは最近いつもこんな感じだ。


 龍人族の若手戦士と軽いイザコザを起こした一件の後に行われた組手試合で、俺が誰よりも多く数をこなしたことが好評価だったらしい。

 ただ単純に、何百回と剣を振る作業よりも試合形式で勝ち負けを競うことのほうが好きだから張り切ったってだけなんだが、それをこいつらは「気を引き締めて鍛練に臨んでいる」と解釈したみたいだ。

 加えて、黄樹さんとの恒例行事で俺が勝利を収めると、それを初めて見学したこいつらは、突然俺を兄者と呼ぶようになった。


 多分俺を認めてくれたってことなんだろうけど……いくらなんでも兄者呼びはないだろう。

 年上からそんな呼び方をされてもモニョモニョするだけだぞ。


「君もその子たちからだいぶ慕われていますな」

「黄樹さん……」


 男たちに群がられる俺のところに黄樹さんがやってきた。

 黄樹さんの顔には微笑が浮かんでおり、この状況を楽しんでいるようなそぶりをしている。


「見てないで助けてくださいよ。俺は男に慕わられても嬉しくありません」

「それは以前に私も通った道です。強き者から教えを乞う姿勢をとる事もまた、己が強くなるための一歩であると言いますので」

「……そっすか」


 どうやらこれは龍人族にとってよくある風景らしい。

 つまり俺を兄者と呼ぶのは、俺から何かを学び取ろうとしているってことか。

 学ぶというなら先生とか師匠とかの呼び方が最適な気がするけど、俺はそう呼ばれるほど偉くもないので兄者のほうがマシだ。


 だが、男に近寄られるのは身の危険を感じて非常に居心地が悪い。

 あ……でもこのカツサンド美味い。ワイバーンの肉って歯ごたえがあって良いな。


「そうやって取り入ろうとしてもシンくんはあげませんよ!」


 と、そこでサクヤが俺の腕を引っ張って、男空間から引き抜いてくれた。

 彼女も鍛練が終わったからこっちに戻ってきたみたいだな。


 相変わらず俺が男に取られることを心配しているようだが、サクヤから見たら俺ってそう見られてるのだろうか。

 聞くのが怖い。


「そうだぞ。シン殿は我らのものなのだからな」

「シンさんは……オレが守ります」


 そしてクレールとフィルが俺と龍人族の男たちの間に立った。


「ありがとうな、クレール、フィル」


 カツサンドを食べ終えた俺はクレールとフィルにお礼の言葉を口にした。


 今の攻防で俺の周りは男空間から女の子空間へと変化した。 

 普段の俺ならこの状況にあーだこーだ言うところだが、ムサイ男たちに囲まれた直後だったので、女の子に囲まれることはこんなにもありがたいものだったのかという気持ちが前に出てきた。


 ほら、サクヤの匂いを嗅げば、男どもの汗臭い匂いではなく、女の子特有のフローラル(?)な香りが……


「……汗臭いな」


 さっきまで鍛練をしていたことを失念していた。

 俺はすぐ傍にいたサクヤの匂いを嗅いで、失言を漏らしてしまった。


「あ、ご、ごめんね。そ、そうだよね……汗臭かったよね」


 するとサクヤはそう言って俺から離れようとする。

 若干傷ついたようなサクヤを見て、俺は彼女の腕を掴んだ。


「い、いや、確かに汗臭いけど、サクヤの汗なら大好きだ」


 何を言ってんだ俺は。

 サクヤを傷つけたくないばかりに、つい汗が大好きとか口走ってしまった。

 傍から見れば変態発言だ。

 フォローになっていない。


「あ……う、うん! 私もシンくんの汗は大好きだよ! 大好物だよ!」

「いや……大好物って……」


 焦る俺に対してサクヤは謎な発言を口にした。


 汗は食べ物でも飲み物でもないだろ。

 何大好物とか言っちゃってんの。


 ……まて。

 もしかしたら今の発言は俺に気を使ってのものなんじゃないか?

 俺が変なことを言って恥ずかしがっていたから、サクヤがそれに便乗する形で変なことを言い、俺に向けられる周囲からの視線を緩ませるという高等テクを――


「レロっ……うん! やっぱりシンくんの汗は格別だね!」

「…………」


 ……それは考えすぎか。

 突然俺の首筋をペロンと舐めて嬉しそうにしているサクヤを見て、今の考えを一旦白紙に戻すことにした。


 この様子だと本当に大好物っぽい。

 サクヤは知らないうちに俺の体を舐めていたことがあるのだろうか。

 ……前に言ってたな、そんなこと。


「サクヤだけずるいぞ。我にも舐めさせろ」

「ちょ、く、クレール……」


 今度はクレールが俺の首元に近づいてきた。

 彼女は俺の首筋に舌を這わせ、更に唇を付けてチュウゥと吸いついてくる。


 おいやめろ。

 そんなことをしたらあれだ……首筋にキスマークがついてしまう。

 しかも時折歯で甘噛みしてくるし、歯型もつけられたら完璧アウトだ。


 キスマークなら虫に刺されたとかで言い訳もできるが、流石に歯形は言い訳できない。

 もしもそれをミナとかに見られたら何を言われるかわかったもんじゃない。


「クレール……これ以上はヤバいから離れてくれ……」


 そしてなにより俺の理性がヤバい。

 クレールに首元をハムハムされると背筋がゾクゾクする。


「むぅ……まあ仕方ない。今日のところはこれくらいにしておいてやろう」


 俺がクレールを引きはがすと彼女はそう言い、赤い舌で自分の唇を軽く舐めた。

 こいつの仕草はいちいち俺を誘いにきてるな。


「し、シンさん! オレも!」

「ま、待て待てフィル」


 クレールが離れると、そこへすかさずフィルが俺に近寄ってきた。


 これはつまり、フィルも俺を舐めたいというのか。

 サクヤとクレールは変態だから俺も諦めている節があるけど、フィルだけは純粋に育ってもらいたい。

 なので彼女にはアブノーマルなマネをさせるわけにはいかないのだ。


「汗なんて舐めてもしょっぱいだけだぞ。それに汚いし、腹を壊したら大変だ」

「で、でもサクヤさんとクレールさんはやったのに……オレだけしないのは……不公平」

「不公平って言われてもな……」


 なんでこうも俺の汗を舐めたがるのか。

 いやまあ、逆の立場で考えるとわからなくもない。

 俺もなんだかんだでサクヤたちの汗なら舐められると思うし。

 実際はあんまり美味しくなさそうだけど。


「あ……だ、だったら……ゆ、指は……ダメ……です……か?」

「へ? 指?」

「さっきシンさん……手、洗いましたよね? それなら舐めても大丈夫……ですよね?」

「あー……うーん……」


 指か。

 確かに俺は、鍛練が終わった直後に手を洗っている。

 だから今現在の俺の手は首筋と比べるとそこそこ清潔だ。

 さっきカツサンドを食べたせいでちょっと汚れてはいるが、それも油や調味料なので人体に害はない。


「それじゃあ……ちょっとだけならいいぞ」

「! あ、ありがとう……ございます」


 いや、ありがとうって。

 なんで俺は指を舐めてもらうことにお礼を言われてるんだ。

 よくわからない。


 だが俺はフィルの要望を聞き入れ、人差し指を前に出した。


「はむ……ちゅぷ……はぁ……」

「…………」


 するとフィルは俺の指にしゃぶりついて舌を絡め始めた。


 あ……フィルの中ってあったかくって柔らかい……

 ……て、何考えてんだ俺。

 俺まで変態になってどうする。


「ん……ん……ちゅ……あむ……」

「…………」


 しかし……なんかエロいな。

 ただ単純にフィルが俺の指を舐めているだけのはずなのに、そこはかとなくエロスを感じてしまう。


「はぁ……シンさんの……おいしい……」


 まあ、ソースとか少し付いてたからな。


 でもそんなこと言うなよ。

 頬を赤らめながら上目づかいでそんなこというなよ。

 ちょっとドキドキしちゃうだろうが。


 これを天然でやっているのだとしたら、フィルは将来化けるかもしれない。

 どう化けるんだって話だけど。


「……あなたたち……いい加減その辺にしておきなさい。ここは公共の場なんだから」

「と……悪い」


 俺がフィルの行動にドギマギしていると、銀丈さんと一緒にミナがやってきた。

 案の定というべきか、ミナは俺たちの様子を見て呆れたというような表情をして、ため息をついている。


「ほら……フィルもそろそろやめろ。みんなが見てるぞ」

「あ……」


 フィルは俺の指を愛おしそうに優しく舐め上げていたが、周りからの視線に耐えかねた俺は彼女の口から強引に指を引っこ抜いた。


 すると、俺の指とフィルの口の間に唾液が糸を引く。

 それを見て俺はますますエロいと思いつつも、表情をキリッとさせてミナたちに取り繕う。


「モテモテですね! 兄者!」

「羨ましいですね! 兄者!」

「ムカツキますね! 兄者!」


 また、さっきまでの俺たちを見ていた三馬鹿が囃し立ててきた。


 最後の奴、本音漏れてるぞ。

 そう思われても仕方ないんだけどさ。


「……というか、やっぱりその兄者っていうのはやめてくれ。俺は男に兄呼ばわりされても嬉しくもなんともない」

「そうだよね! お兄ちゃんは妹萌えであって弟萌えはないもんね!」

「なんだ、シン殿は妹という存在に何か特別なものを感じているのか? ならシン殿を兄と呼ぶことも我はやぶさかではないぞ」

「…………」


 余計なことを口走ったせいでサクヤとクレールが乗っかってきた。


 いかんな。

 これでは俺のクールなイメージがぶち壊しになってしまう。

 なんとか軌道修正しないと……


「えっと……お、お兄ちゃん……?」

「…………!」


 フィルから「お兄ちゃん」と言われた瞬間、俺の中で何かがはじけた。


 ヤバい。

 駄目だ。

 これは頬の緩みを抑えきれない。

 まさかフィルからお兄ちゃんと呼ばれることがこんなに嬉しいとは思わなかった。


 なんという破壊力。

 恥じらいながらの上目づかいでたどたどしく言うところがまたポイント高い。

 彼女こそまさしく俺の求めていたシスターオブシスター――


「…………」

「…………」


 ミナから死んだ魚のような目で見られた。


 やめろよ。

 そんな冷たい目で見るのやめろよ。


 ちょっとテンション上がっただけだろ。

 ちょっと羽目を外し過ぎただけだろ。

 こんなことで俺の評価を下げないでくれよ。


「ミナ、今のは――」

「さーて、そろそろ夕食の時間ねー」


 ミナは俺の弁解を聞かずにその場をとっとこ去ってしまった。

 俺はそんな彼女を見てガックリとうなだれる。


「ど、どうしましたかお兄ちゃん!」

「具合でも悪くなりましたかお兄ちゃん!」

「気をしっかり持ってくださいお兄ちゃん!」

「うるせえええええええええええええええええええ!!! お前らにそんな呼ばれ方されたくねえよおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 素なのか悪乗りなのかよくわからない三馬鹿龍人族に俺は怒鳴り声を上げた。

 その怒鳴りに八つ当たりも含まれていたのは言うまでもない。

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