圧倒
龍人族と一緒になって修行を開始してから数日が経過した。
今日も俺は午前中を体力作りに費やし、午後になってからは銀丈さんから剣術と体術の指南を受けていた。
指南は俺だけでなく、ミナとフィル、それに若手の龍人族戦士十数人も同時に受けている。
俺も中学生時代はゲームで強い敵に勝つために、ネット上でそれなりの武道を嗜んだりしていたが、やはりちゃんとした先生が教えてくれるというのは頼もしい。
また、俺が学ぶべきは盾術なのでは? と思うところだが、武器を持った戦いの基本となる剣の術を学ぶことは敵の動きを読むのに重宝するため、決して無駄にはならない。
ちなみに、サクヤは魔術師なのでこの場にはいない。
彼女は彼女で別の教師が付いている。
あっちにはクレールも付き添っているので問題はないだろう。
「シン殿、鍛練中に考え事とは、ずいぶん余裕があると見える」
「……すみません」
サクヤたちは今どうしているだろうと考えながら剣を振っていると、銀丈さんに木剣で肩を叩かれてしまった。
いかんいかん、集中集中っと。
「フィル殿は覚えるのが速い。3日しか経っていないというのに、某の指摘した動きの癖がもう完全に消えている」
「……ども」
次に銀丈さんはフィルを褒めた。
彼女は物覚えが速いからな。
教えたことはどんどん吸収する。
今回も銀丈さんが見つけたフィルのウィークポイントを難なく克服したようだ。
「ミナ殿はあまり根を詰め過ぎぬように。真面目に鍛練をこなす姿勢は立派だが、体を休めることも重要だということを忘れずに」
「……わかりました」
また、ミナは張り切り過ぎを注意されている。
彼女は武の才能を持っている、と以前に俺は思ったが、それと同時に努力の才能(こういうのを才能って呼んでいいのか微妙だが)も持っていたのだろう。
今のミナはやる気に満ちていて、強くなることにどん欲だ。
しかし、頑張りすぎることは体に毒となりうる。
途中でへばるより、多少手を抜いて長く努力を続けられるほうが結果的には良い。
「シン殿、また集中が乱れておるぞ?」
「うごっ……」
今度は頭を小突かれた。
どうも俺は集中することが苦手なんだよな。
戦闘中はそんなこともないんだけど、同じ動作を繰り返すといったことをしていると、いつの間にか別のことを考えてしまう。
これは俺のウィークポイントと言えるかもしれない。
「銀丈様が直接お教えしているというのに気が引き締まっていないとは何事だ!」
「…………?」
と、そこで龍人族の男が3人、俺たちの前に現れた。
ここには俺たちの他にも鍛練を積んでいる龍人族の戦士がいる。
どうやらこいつらはその中にいた奴らみたいだ。
「いきなりどうした、お主たち。鍛練中であろう」
「しかし! この者は鍛練に不真面目である様子!」
「ここで軽く見られては龍人族の沽券に関わります!」
「やはり人族は我々と比べて未熟過ぎるのです!」
……なんだか感じ悪いな。
自分たちが高尚な存在だと思っているような口ぶりだ。
多分こいつらもそれなりに長く生きているんだろうが、そのせいでプライドが高くなり、自分たちより短命な種族をあざ笑おうとしている雰囲気を感じる。
あと俺は人族じゃないぞ。
厳密には地球人だ。
「……鍛練に身が入っていなかったことは謝罪します。申し訳ありません」
しかし、俺はそこで頭を下げた。
一応、今のは俺に非があったからな。
謝罪で丸く収めるのが妥当だろう。
「口ではなんとでも言える! 我々が欲しいのは言葉ではなく誠意である!」
が、龍人族の男はそう言って、俺の謝罪を受け取らなかった。
だったらどうしろっていうんだ。
この男の言うとおり、これから真面目に鍛練をこなせば許すということなのか。
「なんだその目つきは!」
「いえ、別に」
俺が眉をひそめていると、龍人族の男は怒った様子のまま、こちらを指さした。
「このような者が黄樹様を倒したなどとは考えられん!」
「なにか裏があったのではないか!」
「黄樹様の弱みでも握ったか貴様!」
「…………」
……なるほど。
どうやらこいつらは俺に喧嘩を売っているらしい。
だったら買うぞ。
売られた喧嘩は買う主義だ。
「口が過ぎるぞ、お主たち」
「しかし銀丈様――」
「そんなに俺の力が気になるなら相手をしてやる。3人まとめてかかってこい」
銀丈さんが仲裁に入っていたが、俺は構わずに3人の男たちに向けて手招きをした。
こういう手合いは実力でわからせるのが一番だからな。
「む、むむ……我らは誇り高き戦士。一対一での勝負を所望する」
「そうか。まあ俺はどっちでもいいが」
青髪の男が俺の前にやってきた。
まず最初はこいつからか。
「ただし! 戦うからには全力を出してもらう! 後で負け惜しみなど聞きたくはないからな!」
「それはこっちも同じだ」
全力で、か。
ならここはインパクト重視でいってみよう。
俺はアイテムボックスから装備品を取り出して臨戦態勢に入った。
「はぁ……わかった。お主たちの好きにせい」
そして銀丈さんは戦意丸出しの俺たちを見て勝負の許可を下ろした。
「では! いざ尋常に勝負!」
すると男は、先手必勝と言わんばかりに俺へと詰め寄ってきた。
だが遅い。
俺は男に対して無詠唱の『エクスヒール』をブチ当てた。
「がぁっ!?」
龍人族はかなりタフだから、今の一撃で死ぬことはないとわかっていたものの、青髪の男は俺の攻撃で大ダメージを受け、その場にうずくまってしまった。
ダメージヒールを使うたびに思うことだが、やっぱりあっけないな。
もはやチートと言われても否定できないぞ。
「ま、魔法は禁止だ! 戦士の戦いは剣と剣を交えてこそである!」
後ろに控えていた龍人族2人のうちの1人である緑髪の男がそんなことを言いながら前に出た。
今度はこいつか。
ご丁寧に魔法ナシと言っているあたり、インパクトを与えることには成功したみたいだな
「いいぜ。今度は魔法ナシで戦ってやるよ」
今の戦法じゃ、こいつらも納得しないだろう。
なので次は正攻法で認めさせてやる。
俺は『クロス』の先を緑髪の男へと向けた。
「覚悟!」
次の戦いでは、男の攻撃をひたすら避けて『クロス』で攻撃をするという、ここ最近でよくやる戦法を取った。
これから鍛練があるので異能の使用もそこそこにして、俺は男にビシバシと『クロス』を当てていく。
「ぐぉ……ぐ……ま、参った……」
そんな戦い方をしていると、向こうのほうから泣きが入った。
どうやらこの男たちは黄樹さんより遥かに格下のようだ。
これだったら異能を使わなくても勝てたな。
「くっ……ならば私は素手による勝負を所望する! 真の武人に武器など不要!」
そして最後に残った紫髪の男は、腰に差していた剣を鞘ごと地面に置いてファイティングポーズをとってきた。
魔法なし、武器なしという制約をされてしまったら、STRにステ振りしていない俺は龍人族にダメージを与えられない。
「素手で戦うのは構わないが、そのかわり、相手の喉元に触れた方が勝ちっていうルールにしてくれないか?」
なので俺はそう言って、地球人≪プレイヤー≫でいうところの一発勝負に持ち込むことにした。
また俺は、武器と鎧、それにアビリティーセンサーを外して全力を出す下準備を作った。
「む……いいだろう。だが、そのように限定的な条件をつけたのでは、そうそう負ける気などしないぞ」
「だろうな」
こんなルールでは、あらかじめ喉元への攻撃に注意していれば、負けることはまずない。
しかし、それもあくまで意表を突かれず、順当な戦いを行えばという但し書きが付く。
最後は速攻で勝負を決めさせてもらおう。
「いくぞ人族! 今度こそ龍人族の力を見せてやろう!」
紫髪の男が俺に殴りかかってきた。
なので俺は男の喉元を掴んだ。
「俺の勝ちだな」
「……は……?」
紫髪の男は呆然としていた。
無理もない。
こいつからしてみれば、俺の動きが急に速くなって、一瞬で喉元に触れられたんだからな。
俺が凶器を持っていたら、今頃こいつは喉を掻っ切られていた。
「き、貴様……さっきまで手を抜いていたな……?」
「いや、あれはあれで手を抜いていたわけじゃない」
異能をどれだけ使ったかというだけの違いだ。
どちらの方が全力を出しているかと問われれば、むしろ異能をあんまり使っていない場合のほうが全力を出していると言ってもいい。
今のは不用意に近づいてきたこの男の不意を突く形で発動した。
高出力で異能を使うのは未だに安定しないが、一瞬だけ速くなることで相手の意表を突けるこの使い方は結構有用だ。
「まだ続けるか?」
「く……うぅ……参った……我々の完敗だ……」
俺の問いかけを受けた男はその場で地面に膝を突き、顔を俯かせた。
「まさかこうも簡単にあしらわれてしまうとは……」
「これなら……黄樹様に勝ったという話も頷ける……」
「先ほどは疑いをかけてしまい、失礼した……」
男たちは俺に頭を下げて俺に謝罪をしてきた。
これ以上変なやっかみをしてこないのなら謝らなくてもいいんだが、まあいいか。
「俺もさっきまでの態度は悪かった。だから頭を下げる必要なんてない」
そもそも、発端は俺が気を抜いていたことにある。
なので俺は男たちにそう言って、頭を上げさせようとした。
「銀丈さんにも迷惑をかけました。本当にすみません」
「いや、そうでもない。此度の一件は若い衆への良い刺激となる」
そう言ってくれるとこちらも気が楽だ。
「お主たちも目が覚めただろう。これからはより精進するように」
「は……ハハッ!」
さらに銀丈さんは3人の龍人族に活を入れた。
もしかしたら今の俺は良いように使われてたのかもしれないな。
こいつらが喧嘩を吹っかけてきた時もあんまり強く止めることはしなかったし。
「ご不満ですかな?」
「いいえ、全然」
俺が今何を考えていたのかを銀丈さんは察したみたいだが、これは別に怒るようなことでもない。
上の立場にいるものとして、下の人間に向上心を持たせることや、俺たち異分子に向けられる微妙な視線を払拭しようとしてわざと見逃したのだとしたら、むしろこの人は凄いのではと思ってしまうくらいだ。
これは年の功か、それともこの人が有能だからか。
長く生きてても火焔やクレールみたいなのもいるし、多分後者なんだろうな。
「さて、では鍛練を再開する。他の者も休憩は終わりだ」
こうして俺たちとその場に居合わせた龍人族は再び鍛練を行い始めた。
その後は、龍人族から向けられる目から厳しさが若干抜けたように感じた。
これは俺たちの力を認めてくれたってことかね。