若作り
火焔から石造りの古ぼけた一戸建て住宅を貸してもらった俺たちは、その建物の居間で夕食を取っていた。
「……私たちまでついでにきちゃって、本当によかったのかしら?」
「別にいいんじゃないか? 火焔も特には何も言ってこなかったんだし」
ミナの問いに俺は軽い調子で答える。
実際のところ、次の決闘大会はレベル50以上であることが参加条件になっているので、修行をするのは俺とフィルだけでもよかった。
しかし、サクヤとクレールは俺たちが『アースガルズ』に行くと知ると有無を言わさずついてきたし、ミナも純粋なプレイヤースキル向上のために同行してきた。
また、このタイミングでミナが疑問の声を上げるということは、彼女は自分の行動が図々しいものなのではと思い直したからなのだろう。
俺とフィル、クレールは火焔と面識があるけど、ミナとサクヤはほとんど会ってなかったからな。
そういう点でも気後れしているのだと思う。
「あれでも火焔は王様なんだから、こうやって世話を焼く相手が1人2人増えたところで気にしないさ」
なので俺はスープを飲みながらミナにそう説明する。
「それに火焔は強くなろうとする奴を拒まない。ミナみたいなのはむしろ歓迎してくれる奴だ」
ふるいには掛けられるけどな。
でも今回は『龍王の宝玉』を使ったため、『龍の道』すらもカットで直接龍王の玉座前に飛んできちゃったから、ミナは知らないだろう。
「……ならいいんだけど」
「相変わらずミナは周りに気を使いすぎだな。我のようにもっとどっしりと構えていても良いと思うぞ」
と、そこでクレールが俺たちの話に加わってきた。
しかしクレールよ。
お前のどこにどっしり構えているなどという風格があるんだ。
「まあ、なにかあったら俺がミナを守るから」
俺はクレールから視線を外し、ミナに向けてそう言った。
ミナが危険に晒されるようなら、それは彼女をここに連れてきた俺の責任だからな。
彼女を守るのは当然と言える。
「私も守って! シンくん!」
「お、おう……サクヤもちゃんと守るから、とりあえず抱きつくのはやめてくれ」
すると隣に座っていたサクヤが突然抱きついてきた。
最近ではこういったスキンシップをしても頭ごなしに怒るようなことはないけど、やっぱりあんまりよくないだろうから俺は彼女を無理やり引きはがした。
もう恋人関係も解消されてるわけで、少し釘を刺したほうが良いのだろうか。
「な、なら……オレはシンさんを守ります」
「ありがとうな、フィル」
いち早く食事を終えてソファーに座っていたフィルも話に加わってきた。
フィルが守ってくれるというのなら心強いな。
けれど年上の先輩として、彼女に甘えることがないようにしないとだ。
「……で、フィルは今、何を描いているんだ?」
「…………秘密……です」
また、オレはここでフィルがしていることについてを訊ねてみたが、彼女はその答えをはぐらかした。
最近のフィルはよく絵を描いている。
ミーミル大陸にいたころ、俺が彼女の絵を褒めてからになるだろうか。
彼女は暇があるとアイテムボックスからスケッチブック(地球のものと比べるとあまり上等なものではないが)を取り出して、シャシャシャッと何かを描いているのだ。
しかも描く際は、どうも俺をチラチラ見ている節がある。
多分、描いている絵は人物画なのだろう。
ただ、それを俺が確認する術はない。
恥ずかしがり屋な性格をしているだけあって、フィルは俺たちになかなか絵を見せてくれないのだ。
上手なのに、勿体ないな。
「ふぅ……ごちそうさま。それじゃあ、私も明日から龍人族の鍛練に参加させてもらうわ」
そしてミナは食事を終え、さっきまで抱いていた懸念を振り払うかのようにそう言った。
どうやら、やっと前向きに考えられるようになったみたいだな。
「ああ、そうしておけ。そのほうが何かと効率的だろうからな」
強くなるためには大まかに分けて、レベルアップをする、装備を更新する、プレイヤースキルを上げる、の三パターンある。
俺やフィルはレベル上げよりも、しばらくプレイヤースキルを上げるための訓練を行ったほうが遥かに効率的だが、ミナやサクヤはまだレベルを上げる作業ができるレベル帯だ。
しかし、迷宮攻略が34、35階層辺りまでしか行えていない状態であるなら、38、39階層に攻略の手が伸びるまでレべリングを控えて他のことをしていたほうがいいだろう。
迷宮にこだわらず、遠出をするという選択肢もあるが、俺たちと一緒にプレイヤースキルを上げるというのも一つの道だ。
「ごちそうさま。それじゃあ明日に向けてとっとと寝るか」
そうして会話をしながらの食事を終えた俺たちは、お湯と布で軽く体を綺麗に拭いた後、一人一人に割り振られた部屋に戻って睡眠をとった。
翌日、龍人族の戦士たちと合流した俺たちは、早速修行を開始した。
念入りな柔軟運動と走り込み、筋トレを行った後の木剣を用いた稽古。
どれも地球の俺たちではとてもこなしきれないハードなものであったが、色々な意味で優遇されたアースに存在する俺たちの体はその鍛練を難なくこなしていった。
「驚きましたな……この訓練は新米の戦士であるなら午前中に体力が尽きるというのに、1人の脱落者も出ないとは……」
「どうも」
午前の訓練で俺たちがへばらなかったのを見て、昨日戦った黄樹さんが驚いたというような声を上げている。
何十年もかけて自分を鍛え上げてきた向こうからしたらちょっと理不尽だろうな。
まあ、魔術師職のサクヤだけは結構きつそうだったけど。
「しかし、午後からの訓練は午前の比ではない。心してかかられよ」
と、そこへ銀丈さんが俺たちにそう言って発破をかけてきた。
そういうことならこちらも気を引き締め直していかないとだな。
「とはいえ、お主たちの様子を見る限りでは、その訓練をこなすのも容易いかもしれぬな」
「そうでしょうか?」
「少なくとも、黄樹を打倒したお主が途中で音を上げるなどとは思っておらぬよ」
「ですな。私を倒した男があの程度でどうこうなるとは思えませぬ」
「…………」
なんかハードル上げられまくってるな。
特に俺。
銀丈さんはどうだかわからないけど、黄樹さんのほうは昨日のことを根に持ってやしないだろうか。
ちょっと心配だ。
「安心めされよ。先日の件は黄樹が未熟であったというだけのこと。勝負に負けたからといって我らがお主たちに何かをしたりはせんよ」
「そ、そうですか」
考えていたことが顔に出ていたようだ。
いつの間にか訝しむような目で見てたんだろうな。
もう少し自分の表情には気を付けよう。
「ただ……私とは日に一度、手合せを願いたい」
「手合せを?」
「はい。龍人族の戦士として、このまま負けっぱなしというわけにはしておけませんので」
「なるほど、それならいいですよ」
戦士として、か。
そういうことなら結構好感が持てるな。
負けてムキになっているという様子もなさそうだ。
にしても、この人は見た目的にまだ結構若そうだけど、精神的にはそれなりに成熟していそうな雰囲気だ。
龍人族というからには、それなりに長く生きているのだろうから、俺のこんな感想もあながち間違ってはいないんだろうけど。
「そんなことを言っても私のシンくんはあげませんよ!」
「変なチャチャを入れるなサクヤ……」
今の俺はもうお前のものじゃないし。
というか男相手に対抗意識を燃やすなよ。
「サクヤ、今は貴様の、ではなく、我らのシン殿だぞ」
「ん……ですね」
「お前ら……」
俺はお前たちのものでもないからな。
ちょっと色々やっちゃったけど、俺はまだそこまで吹っ切れてないからな。
「はっはっはっ、どうやらシン殿は多くの女人に好かれているご様子」
「男として羨ましい限りですな」
「銀丈さんも黄樹さんもそうちゃかさないでください……」
そしてサクヤたちの言動を見た銀丈さんたちは俺をからかい始めた。
こういうところは大人じゃないな。
大人だからこそかもだけど。
「そういうあなたたちも結構モテるんじゃないですか?」
「某はもはや老いぼれゆえ、寄ってくるのも半生を共にしたばあさんくらいですな」
「私はすでに妻帯者で子も3人おり、来月には孫も生まれる予定ですので、これ以上は望みませぬ」
「あ、そうですか……」
銀丈さんのほうはともかくとして、黄樹さんのほうはすでに身を固めている人だったようだ。
しかも、20歳くらいにしか見えないのに孫までできるかという年みたいだし、若作りってレベルじゃないぞ。
見た目が若くても、それで若者と断じることができなくて難しいな。
火焔も1000年以上生きているのに、容姿は美女や美少女だったりするのだから、龍人族の見た目は年齢を推測するのに全然役立たない。
「お孫さんが生まれるんだぁ……シンくんも頑張らないとだね!」
「…………」
俺はサクヤの放つボケを軽くスルーした。
何を頑張れっていうんですかね。
聞く気はないけど俺に何を頑張れっていうんですかね。
「そろそろ時間ですな。この話の続きはまたの機会ということにして訓練を再開いたしましょう」
「いや……今の話は続けたりしませんよ?」
休憩時間の終わり際、微笑ましいものを見るかのような目を向けてくる銀丈さんたちの様子を受け、俺は「はぁ」とため息をこぼす。
その後俺たちは銀丈さんたちの予告通り地獄の鍛練を行わせられ、心身共に疲れ果てた状態で約束通り黄樹さんと再戦した。
俺と同じく向こうも相当疲れていたみたいだったので、接戦の末になんとか辛勝を収められた。
これを毎日やるとのことなので、俺は大変だと思う気持ち半分、この環境ならもっと強くなれるという期待半分を抱きながらその日を終えた。