修行
俺たちは龍人族が住む国『アースガルズ』へとやってきた。
理由は勿論、修行のためである。
ここへの移動には『龍王の宝玉』を使った。
じゃないと大会に間に合わないからな。
結構レアなアイテムなんだろうけど、何回か使えるみたいだから、こういう使い方をしても良いだろう。
「修行の場を求めて余の下を訪れるとは、そなたらもわかっているではないか」
そして、俺、ミナ、サクヤ、フィル、クレールの5人で龍王に会った。
最後に別れてからそれほど時間は経過していないため、龍王である火焔の上から目線っぷりも大して懐かしいとは感じない。
相変わらず彼女は王座で足を組みながら暇してたみたいだ。
「ね、ねえ……本当にこんなところへ私たちみたいなのが来てよかったわけ?」
「大丈夫だろ」
俺は内心で「多分」と付け加えながら、若干及び腰であるミナの呟き声に応えた。
龍王と俺は面識があるし、クレールともマブダチみたいなものだからな。
相手にされない可能性はあっても、敵対行為を取られることはまずない。
火焔から放たれる威圧感に気圧されてしまうのは、しょうがないと思うけど。
「シンくんが私たちを危ないところについて来させるわけないよ」
「そうだぞ。それに、もし危なくなったらシン殿が助けてくれるだろうから、何も気にすることはない」
そしてサクヤとクレールがフォローらしきものをしてきた。
2人とも俺を信頼してくれるからこその言葉だな。
「火焔さんは……悪い人じゃない……です。安心して……ください」
また、フィルはミナにそう言って安心させようとしていた。
そういえば、フィルは子供形態の火焔とそれなりに話していたな。
というか、今の火焔が大人形態で見慣れないからミナはこうも警戒しているんだろう。
火焔が始まりの町に滞在していた時はずっと子供形態だったわけだし。
「心配せずとも良い。無暗に歯向かうようなことをしない限り、余はそなたらに危害を加える気もないからな」
「あ……す、すみません……」
俺たちの会話を全て聞いていたらしき火焔の言葉を受け、ミナが頭を下げて謝罪を述べた。
さっきまでの会話は相手にちょっと失礼だったな。
「謝ることなどない。侮られることは我慢ならんが、警戒されることには慣れている」
「そ、そうですか」
火焔は案外大らかな性格だったようだ。
ミナの失言を軽い調子で許してくれるとはな。
「して、そなたらは強くなるために余の下を訪れたということで間違いあるまいな?」
「ああ、それであってる」
龍王が確認してきたので、俺はしっかりと首を縦に振る。
ここにくるのにわざわざ『龍王の宝玉』を使ったんだ。
ただの観光をしに来たってわけじゃないさ。
「ここなら強い相手がたくさんいそうだと思ってな」
「ふむ、ならば余もそなたの期待に応えねばなるまい」
俺の方を向いて二ヤリと笑みを浮かべた火焔は、魔法らしき光の球を指から発生させ、それを上空に飛ばしてパァンと弾けさせた。
すると、その数十秒後には10人ほどの龍人族が現れ、火焔に向けて跪いた。
こいつら今までずっと近くで待機してたのか。
屋外にある玉座の周りで隠れるところなんて岩影くらいしかないのに、よくやるなあ。
「お呼びでしょうか、龍王様」
「ああ、そなたらを呼んだのは他でもない。ちと、そやつらに稽古をつけてやれ」
「ハハッ!」
跪いている中で中央にいた男が火焔との会話を終えると、その場で立ち上がって俺たちの方を向いた。
「お初にお目にかかる。某は龍王近衛騎士団団長の銀丈。龍王様の命に従い、お主たちを鍛えて進ぜよう」
「ありがとうございます」
白髭白髪の初老と言っていい外見をしたこの男性は銀丈というらしい。
流石に火焔自身が手ほどきしてくれるわけではないようだ。
前に戦った時の火焔は人型でかなり強かったから期待してたんだけど。
「なんだ? そなたは余と戦うつもりでいたのか?」
「まあ、一番強いみたいだからな」
強くなりたいなら強い相手と戦うこと以上に効率的なものはないっていうのがケンゴ流だ。
なので俺やフィルもそれに従い、実戦の中で強くなってきた。
一応、今までもフィルと組み手を行ったりして切磋琢磨しあっていたが、そろそろ格上と言っていい奴と戦うことで力を磨いていきたいと思っていた。
その格上という存在の1人が火焔であることは、前回の戦いで判明している。
だからこそ俺はここに訪れたわけだが……
「そう急くな。いずれ余と再び戦うこともあろう。だがその前に、そなたにはここで一度、初心に戻ってもらおうと考えている」
「初心?」
「強くなるには実戦も必要だが、体に一定の動作を染み込ませる反復練習や、理にかなった動きをするための理解、それに基礎体力の向上も重要だ。銀丈にはそれをそなたらに叩き込んでもらう」
「へえ」
なるほど。
そういうことなら火焔よりも適任である奴はいるだろう。
で、その適任者がこの銀丈さんってわけか。
見た目からしてそれなりに年をとってそうだし、そういった技術面の知識も豊富そうな気配を漂わせている。
「……しかし、このままでは余がつまらんな。どれ、指導を受ける前に、ここにいる者全てにそなたの実力を確認させるという意味合いを込めて、軽く手合せなどをしてみてはどうだ?」
「手合せですか……某は構いませぬが……」
「俺の方も構わないぞ」
とはいえ、あまり弱い奴から授業を受けても、それが本当に正しいのかよくわからない。
ここでこいつらの力を見ることができるのなら大歓迎だ。
「そういうことならば私にお任せを」
と、そこで俺たちの前に1人の龍人族が立った。
名前は知らないが、どうやらこの男が相手をしてくれるようだ。
火焔も銀丈さんも反論はないみたいだし、どうやらそれなりの実力者らしいな。
「それじゃあこっちが決めたルールでお願いします」
「よいでしょう」
俺は決闘大会のルールを説明して、戦闘の準備に入った。
「よし……それでは始めよ」
お互いに準備が整ったところで火焔が模擬戦開始の合図を送ってきた。
すると目の前にいる男は剣を抜いて俺に切りかかってくる。
「セイヤッ!」
「フッ!」
それを俺は剣を小盾で受け流して、『クロス』を叩き込もうとした。
だが、男は素早く身を引き、オレの攻撃を難なく避けた。
今のが当たらなかったのは、相手の踏み込みが甘かったせいか。
多分、様子見の攻撃だったんだろう。
「ハッ!」
男が続けて俺に剣を振ってくる。
これもこちらの反撃を警戒した、なかなか用心深い剣劇だ。
まだ小手調べといった攻撃のようだが、それだけでもこの相手は強いと感じる。
自分は安全を第一に考え、こちらのミスをひたすら待つという戦法なのだろう。
カウンター重視は上級者にのみ許された型だ。
それを今日会ったばかりの俺にするというのは、こちらの力を試している以外に考えられない。
「俺は挑戦する側……か」
口を小さく開けて呟いた。
最近ではあんまりこういう機会もめっきり減ったが、やっぱり挑戦者側に立つというのは良いものだ。
「うらあ!」
俺は口元をニヤリとさせながら、『クロス』による突きを放つ。
こうして俺は龍人族の男と戦い続けた。
そして、多少ヒヤヒヤした場面もあったものの、長い時間をかけてなんとか勝利を収めることに成功した。
「はぁ……はぁ……ふぅ…………流石は龍人族だな……」
ただの力試しで戦った名前も知らない相手に苦戦させられるとは、龍人族を少し甘く見ていたかもしれない。
悠久の時を生きる戦士たちの底は窺い知れないな。
「な……なんということだ……」
「まさか黄樹がやられてしまうとは……」
と思っていたら、銀丈さんたちは驚愕といった表情を顔に張り付けていた。
「……結構強い人だったんですか?」
「そうだな……強さでいえば……龍人族で五指に入る実力者だ」
「そ、そうですか」
五指とか、もう上に4人くらいしかいない。
案外あっさり龍人族の底が窺い知れてしまった。
「黄樹を倒すとは……お主はどこでそれほどの研鑽を積んだのだ?」
「ええっと……地球の戦場で少々……」
戦場といってもゲームでの話だけど。
とはいえ、昨今のVRゲームは侮れない。
あるFPSゲームをリアルの軍人が訓練の一部として活用していたり、格ゲー出身の格闘家がオリンピックで金メダルを取ったりといったことが普通にある世の中だからな。
それに、今の俺は異能を使った。
早川先生から借りたアビリティセンサーを腕に巻いていて、それに引っかからない程度の力しか出していないものの、それなりの加速が行えた。
長期戦の場合は持続力を重視したいので、この制約は制約としてあんまり機能していない気もする。
また、どこまで力を使っても平気かということについても、この機会に探るつもりだ。
……まあとにかく、異能ありでの戦いだったわけだから、黄樹という男が俺に負けたからといって、龍人族が弱いというわけではない……はず。
「クックック……銀丈が珍しく驚いているな。それを見られただけで余は満足だ」
火焔は俺が龍人族の男を倒したことにご満悦のようだ。
本当にそれでいいのか龍王様。
「続きはひとまず明日にすることとしよう。そろそろ日も落ちる」
俺たちが戦っているうちに夕方となっていた。
今日どこに泊まるかまでは考えていなかったが、火焔は俺たちに宿を貸してくれたのでホッとした。
こうして、俺たちはしばらくの間、龍人族のみなさんと一緒に切磋琢磨することになったのだった。