デリケート
「ミナ! そっちに一匹行ったぞ!」
「わかってるわよ! 『スラッシュ』!」
俺はミナ、サクヤ、フィル、クレールと地下迷宮35階層に潜っている。
レべリングを優先しているので、ゆっくりとした探索だ。
同階層では【黒龍団】が怒涛の勢いで攻略していたりするが、そいつらと競争する気はない。
今の俺たちは、あくまでレべリングとプレイヤースキルの向上に集中したいからな。
「……ふぅ、やっぱりフルパーティープレイの方が安定するね」
35階層に入ってから出没するようになったクレイゴーレムを一掃したところで、サクヤが息をつきながらそう言った。
「ちゃんと役割分担できてれば効率が良いのは当たり前だろ」
レべリングは1人2人でするより、それなりに数を揃えてした方が良い。
そのほうが役割分担ができて効率が良いのもそうだし、安全性もはるかに高い。
長い目で見れば、その結果は顕著に表れる。
「でも、私たちの実力ならもっと上の階層で戦った方がより効率的じゃない?」
「確かにな」
レベルの概念がないクレールは除外するとしても、俺たちの平均レベルは55だ。
つまり、俺たちはやろうと思えば迷宮攻略を地下55階層まで一気に進めることも不可能ではない。
もっとも、実際のところは出現モンスターの質や量が低階層の時と比べると大きく変わってきているうえに、俺たちは基本的に安全性を十分考慮した攻略を求められているので、ごり押しで楽に進めるのは精々40階層辺りまでだろう。
それに、地下40階層には恒例のレイドボスモンスターがいる。
俺たちだけでどんどこ攻略を進めても、そこでいずれは足踏みをするしかない。
地下20階層の時みたいに異能をフル活用すれば少人数でも討伐は可能だろうけど、それをして周りから疑われたり、あるいは疎まれたりしたくはないからな。
レイドボスモンスターを倒した時の旨味は結構大きかったりする。
なので、利益を独占していると見られてはかなわない。
「とりあえず39階層まではのんびり行こう」
レベル的に適性をかなり下回っているのも事実なので、戦闘としてはヌルいと言わざるを得ないが、俺たちも久しぶりにパーティーを組んで日が浅いので、動きの確認だと割り切って動いてもいいだろう。
「にしても、ミナが俺たちともちゃんとパーティー組んでくれるなんてな」
「何? 悪い?」
「いや、悪い意味で言ったわけじゃないが」
ミナは俺と最初期からパーティーを組んでいる。
だから彼女がパーティーに居ても、それは不思議なことではない。
けれど、今はちょっと事情が違う。
前からその気配があったものの、俺たちのパーティーはもはや完全にハーレムパーティーというレッテルを周囲から貼られてしまっている。
そして、それはあながち間違っていない。
サクヤ、フィル、クレールが俺に好きと言っているんだからな。
否定できるような状況ではない。
そんななかでミナは1人だけ立場が違う。
彼女と俺の関係は友達であって、恋愛的なものはない。
ハーレムパーティーと呼ばれているなかで、ただ1人ハーレムではない。
ぶっちゃけ、それはミナにとって居心地が悪いのではないだろうか。
「……私は【流星会】の中でもレベルが高すぎるから、あなたたちとパーティーを組んだ方が効率は良いのよ」
「まあ、そうだろうな」
ミナはサクヤのレべリングにつき合っていたために、レベルがかなり高い。
そういう意味では、パーティーを組むなら俺たちと組んだほうがミナにとって楽だろう。
「我らのようにミナもハーレムに入れば良いのに」
「は!? いきなりわけわかんないこと言わないでくれる!」
クレールの突拍子もない発言を受けてミナが大声を上げた。
こんな反応を彼女がするのも当然だ。
一体何考えてるんだクレールは。
ミナは別に俺のことなんて好きでも何でもないぞ。
「というか、クレールは推奨派なのか」
「ミナであれば我は構わんと思っている。少し数が多い気はするがな」
「私は入らないわよ!」
案の定、ミナはプンスカ怒り始めてズンズン先へと歩いていってしまう。
結果的に彼女を怒らせるだけになったな。
これからはあんまりこの話題を振らないように気を付けよう。
「クレール、ただでさえそういう話は今の俺たちにとってデリケートなんだから、ミナには別の話題を振ってくれ」
「ふむ…………パーティーのなかで一人だけ除け者にならない良い案だと思ったのだがな」
まあ、ミナがサクヤたちと同じ立ち位置になったら、俺たちのグループはある意味完璧な纏まりを見せることになるだろう。
でもだからといってミナの気持ちを蔑ろにしてはいけない。
「早く来なさいあなたたち! 向こうにモンスターがいるわよ!」
「ああ! わかったよ!」
斥候役として先行しているフィルの傍にまで進んだミナが俺たちを呼んでいる。
俺はそれを聞き、戦闘モードに気持ちを入れ替えて走り出した。
迷宮から戻ってきた俺は、一日かけてほとぼりを冷ましたところを狙って、早川先生のところを訪れていた。
その理由は決闘大会についてを聞くためだ。
出場者のレベルが高いため、中高生部門とは違ったルールになるだろうからな。
「君が決闘大会の一般部門に出場する際はこれをつけてもらう」
早川先生は俺の問いを聞き、一つのアイテムを手渡してきた。
「これは……アビリティージャマーですか?」
「少し違うな。それは対象者がどれほどの強度で異能を発動させているかを確認する装置、『アビリティセンサー』だ」
見た目的にはアビリティジャマーと似ているが、効果が少し違うみたいだ。
「前回は異能の使用そのものを抑制するためにアビリティジャマーを巻かせたが、一般部門では基本的に異能使用が前提だからな」
「そうですか」
「ただまあ……最大でも全員Bランク相当の出力に抑えるよう義務付けられている。なのでこのアビリティセンサーによる反応を一つの目安として我々は採用している」
Bランク相当か。
多分、それ以上のランクを持つ異能者が前回までの大会で猛威を振るった結果だろうな。
「あとダメージヒールは今回も使用を控えるように」
「はい、それはわかっています」
異能の使用は制限つきで許可が下りたが、ダメージヒールに関しては前回同様使用禁止になった。
人前でむやみに使うことができないのだから、しょうがないよな。
俺がダメージヒールを使ってしまうと、あっという間に試合が終了してしまいかねないだろうし、ちょうどいい。
だが、そうなると俺が優勝できる可能性は結構薄くなる。
アイツに勝とうとするなら、大会が始まるまでに何かしらのレベルアップが必要だろう。
「ありがとうございました。出場の手続きのほうは今回も早川先生にお任せしていいですか?」
「それは構わない。というより、もう既に中高生部門優勝者である君の出場は決まっているから、手続きをするとしたら出場を辞退する場合だな」
「そうでしたか」
なら何も問題はないな。
俺は話を切り上げるべく、早川先生に頭を下げた。
「……時に、話は変わるのだが」
しかし早川先生はまだ話があったようで、俺に声をかけてきた。
「なんでしょうか」
「いやな……その……昨日の件に関しては気にするんじゃないぞ?」
「? 昨日の?」
「…………進藤先生が言っていたことや……私が君の懐に飛び込んだ件についてだ」
「ああ……あれですか」
何のことかと思えば、早川先生はあれを気にしていたのか。
俺は別に早川先生がショタコンでも気にしないのにな。
でも、あの時はお互いの息遣いが感じられるほどの距離に早川先生が来てちょっとビックリしたな。
「そんなの俺はまったく気にしませんよ。俺にとってはどうでもいいことですし」
「ほ、ほう……ま、まったく気にしないか」
俺が気にしてないということをハッキリ言うと、早川先生は苦笑いを浮かべた。
「…………それはそれで腹が立つな」
そして、早川先生から囁くような独り言が漏れた。
俺はそれを聞いて、ちょっと言い方がマズかったかと思い、訂正を加えることにした。
「……本当は先生の香水にちょっとドキドキしました」
「! そ、そうなのか」
「はい。俺だって男ですし、美人の女性から良い香りがしたらクラっとしないわけにはいきませんよ」
「ほう……なるほど。いやはや、生徒を惑わしてしまうとは、私も反省しなくてはいけないな」
「…………」
女としての自信を取り戻したのか、早川先生は「フッ」と笑い、急に上機嫌となり始めた。
なにもそこまで持ち直さなくてもいいのに。
もしかして褒められ慣れてないとか?
だけどありえないだろう。
「……早川先生は美人だって今まで誰からも言われたりしなかったんですか?」
「い、いや、そんなことはないぞ。女子生徒からはよく言われているし、たまにだが男性からもそう言われる」
「へえ」
たまに、か。
それがどれくらいの頻度なのかは知らないけど、それは多分嘘ではないだろう。
「でも先生は今まで誰とも付き合ったことがないんですよね?」
俺の趣味ではないが、早川先生は美人だ。
言い寄らない男が今までいなかったとは考えにくい。
だとしたら、早川先生は自分から男を避けていたということになる。
マーニャンが前に言ってたけど、本当に誰とも付き合ってなかったんだろうか?
「…………その話は他言するんじゃないぞ?」
「わ、わかってますって」
今ちょっと地雷を踏んだな。
どうやら本当に今まで男と付き合ったことがないらしい。
そろそろ結婚も視野に入れる年頃だというのに、随分と身持ちの堅い人だ。
この話題は早川先生に振らないでおこう。
どうもこの人と話すのは気を使うな。
そうして俺は決闘大会一般部門にも出場することが決まった。
中高生部門では優勝できたが、一般部門で優勝するのは一筋縄じゃいかないだろう。
大会まではまだ時間がある。
なので俺は、大会で優勝するために、少しの間だけ修行を行うことにした。