早川先生と進藤先生再び
「おーい! クレールー! どこいったー!」
フィルとデートをした次の日。
俺は約束通り、クレールとデートをしていた。
そのデートも途中までは上々だった。
サクヤ、フィルに続いて三度目だからな。
多少は俺も成長したと思われる。
まあ、街の中を歩いていると俺のことを知っている奴らから微妙な目で見られたり、「うわ、あのお客さん今日も別の女の子を連れてきてる……」みたいな視線をサクヤと行った洋菓子店でされたりしたけど(フィルもクレールも来たがったのだからしょうがない)、とりあえずは問題ないといえるものだった。
しかしそんなデートの途中、はしゃぎまくっていたクレールがあっちにフラフラこっちにフラフラしているうちに、俺たちははぐれてしまった。
なので俺は今、クレールを探している。
こういう時にアース人との通話機能とかがないのは不便だな。
「……と、いた…………?」
そんなことを思いながらため息をついていると、遠くから数人の女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
女性たちの先頭を歩くのはクレールで、彼女は俺のほうを向いた瞬間にダッシュをはじめた。
「おおおおぉぉぉぉ……! しんどのぉぉぉぉぉ!」
「お、おお……無事だったか……クレール……」
死霊の王などと呼ばれるアースにおける最強クラスの1人なのだから、迷子になっても心配する必要など皆無ではある。
だが俺に抱きついてオイオイと泣きじゃくるクレールを見ていると、本当にこいつは何百年も生きている奴なのかと疑問に思ってしまう。
俺は苦笑いを浮かべながらクレールの頭を撫でてあやし始めた。
「これが死霊王とは思えないな……」
「事実は小説より奇なりってか?」
そして俺はクレールと一緒にいた二人の女性、早川先生とマーニャンのほうを見る。
どうやら彼女たちがクレールを保護(?)していたようだな。
「うちの子がご迷惑をおかけしました」
俺は早川先生たちに軽く頭を下げた。
保護者的にそうしないといけないんじゃないかという気になったからだ。
「いや……私たちは困っている死霊王をたまたま見かけただけだからな……謝罪をする必要はない……」
早川先生はちょっと困っている様子だ。
無理もない。
自分たちが保護した女の子は八大王者とか呼ばれてる奴なんだからな。
わんわん泣いているこの子とのギャップがありすぎる。
俺の一張羅が涙と鼻水でビショビショだ。
今日は黒いTシャツ姿だから、拭けばそんなに目立たないだろうけど。
「……それで、つかぬことを耳にしたのだが、君は今、死霊王とデート中らしいな?」
「う……は、はい……そうですが、なにか?」
話題を変えるためか、早川先生はちょっと聞かれたくないことを俺に訊いてきた。
別に聞いてもいいけど、聞いてもいいんだけど……できれば先生とかには知られたくなかった。
なんというか、お小言をもらいそうなことを今の俺はしているからな。
それくらいの自覚はある。
「一之瀬君……決闘大会の決勝で君が日蔭君と別れたことは私も知っているし……その……八重君と死霊王にも非常に好かれているということも知っている……」
「はい……」
「しかしだな……同時に複数人の異性とつき合うかのような行為は……どうかと思うのだが……」
「はい……」
俺は早川先生の言葉に何も言い返さない。
早川先生の言っていることは俺も重々承知していることだからな。
「それに……これは噂で聞いたのだが……君たち4人が同じ部屋で寝泊まりをしているというのだが……これは本当か?」
「いや、それは誤りです」
4人で寝泊まりしたのは決闘大会のあった日の夜だけだ。
昨日の彼女たちはちゃんと別の部屋で寝てもらったし、これからもそうするつもりだ。
また、たとえみんなで寝泊まりしたことがあっても、疾しいことなんて……ほとんどしていない。
「……いまちょっと目が泳いだように見えたのは私の勘違いか?」
「多分勘違いですよ」
「……そうか、ならいいのだが」
早川先生から疑惑の視線を向けられているが、俺はこれ以上何も言わない。
生徒を疑うなんて酷い教師だ。
そんな態度だと、さすがの俺もプンプン怒っちゃうぞ。
「なんだ、やはり貴様もシン殿のハーレムに加わりたいのか?」
「は、ハーレム……」
「…………」
クレールの発言で早川先生の視線が鋭さを増したように見える。
それを見て俺はハンカチ(最近持つようになった)でクレールの体液が付着した服を拭きながら苦笑いを浮かべた。
あんまり俺をそんなに見つめないでくれよ。
美人に睨まれてゾクゾクするような嗜好は持ち合わせていないんだから。
「いいじゃんハーレム。あたしは応援するぜ?」
そこでマーニャンがニヤニヤしながらそんなことを言いだした。
こいつは遊んでいやがるな。
自分には関係のないことだと思って、いい加減なことを言うなよ。
「しかしだな進藤……ただでさえ不純異性交遊は控えてほしいのに……あろうことか……ハーレムなんて……」
「相変わらず頭かってえなー。今じゃ地球でも一夫多妻とかは大体の国で認められてるじゃねーか」
「……日本人であるなら日本の制度でものを考えるべきだろう」
マーニャンと早川先生が議論を始めた。
確かに、アメリカやロシアといった国々は、推奨こそしていないものの、同性婚同様、一夫多妻を法的に認めている。
しかし日本は今も一夫一妻制が根強い。
だから早川先生が拒絶するのは当たり前だし、俺もそれってどうなのかと思ったりしている。
「なんだったらお前もシンのハーレムに加わっちまえば?」
「ば!? 馬鹿を言うな! なぜ私が生徒のは、ハーレムに加わらなければならないんだ!」
「そのほうがお前にとっては気が楽かなって思ってな。それにシンなら悪くないんじゃとかお前もちょっとは思ってるだろ?」
「!? いや! そんなことは思ってないぞ! 勘違いをするなよ一之瀬君!」
「は、はあ」
早川先生は焦った様子で俺に弁解をし始めた。
なにもそこまでテンパらなくてもいいのに。
「君のことは進藤先生から聞いていてそれなりに興味はあったが、それは決して恋愛の絡むようなことではなく、あくまで異能者であるという同じ悩みを抱えた者としての興味であってだな」
「年下好きで自分のことを守ってくれる可愛いナイト様みたいなのが趣味だったりするけどな」
「お前はもう黙れええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
……早川先生は横やりを入れてくるマーニャンとその場で取っ組み合いを始めた。
何いちゃついてんだこの人たちは。
そんなに仲が良いならもう先生たちでつき合っちゃえよ。
「ほら、シン、パース」
「ちょ、進藤、何を……て、きゃっ」
「うおっ」
と、そんなことを思っていたらマーニャンが早川先生をこちらに寄越してきた。
早川先生はバランスを崩してよろめきながら俺の胸に飛び込んでくる。
今の早川先生の声はちょっと可愛かったな。
これはいわゆるギャップ萌えってやつか。
クレールのような残念な意味でのギャップとは違って、こういうのなら悪くない。
ときめいてはいないけど。
「大丈夫ですか、先生?」
「あ、ああ……だ、大丈夫だ……」
すぐ近くにいる早川先生から薄く香水のに匂いが漂ってきた。
それはサクヤたちとは違い、大人というようなスッキリしたもので、俺はついドキリとしてしまう。
「進藤ううぅぅぅ……っ!」
「あ、やべ」
俺が香水に気を取られていると、逃げ出したマーニャンを顔を真っ赤にした早川先生が追いかけ始めた。
そして彼女たちはあっという間に俺たちのところから姿を去っていった。
「なんだったんだ……」
もう大人なんだから慎みを持った行動はとれないものかと思い、早川先生たちの後姿を見ながら俺は「はぁ」とため息をつく。
するとクレールが俺の服を軽く引っ張ってきた。
「シン殿はあの早川という女教師にちょっと気があるのか?」
「いや、全然」
「そうか、なら安心した」
クレールが早川先生について訊ねてきたが、俺は別に早川先生をどうこう思ったりなんてしてない。
健全な教師と生徒の関係である。
「さて、それじゃあデートの続きといこう! 時間を相当ロスしてしまったが、帰るにはまだ早いぞ!」
「そ、そうだな」
俺はクレールが腕を絡ませてくるのにドギマギしながらも、彼女と一緒に歩き始めた。
彼女と腕を組むと豊満な胸が当たって非常にマズイ。
フィルの胸もあれはあれで良いと思うのだが、やっぱり俺は巨乳派なのだろう。
「? どうかしたか、シン殿」
「どうもしないぞ。さ、次はどこいくか」
腕から伝わる柔らかい感触に頬が緩みそうになるのを必死に耐え、俺はクレールとのデートを再開したのだった。