勧誘
「勧誘ですか」
「一言で言うとそうなります」
決闘大会を終えた翌日、俺たちは宿屋のロビーにてギルド【黒龍団】にスカウトされていた。
「……【黒龍団】は三年生のギルドでは? 俺たちは三年生じゃないぞ?」
「別に学年でギルドを分けているわけではないはずです。ただ単に近くの友人とギルドを立ち上げたというだけの話ですし」
まあ、セツナの言うとおりだ。
確かに、ギルドへ入る条件に何年生でなければいけないなどの括りはない。
なので俺たちが【黒龍団】に入ることには何の問題もない。
「【流星会】のギルドメンバーであるミナさん、サクヤさんの両名も勧誘対象です。引き抜きというやつですね」
「はあ……そうですか」
ミナもサクヤも中高生の中ではそれなりに名が知れている。
彼女たちが勧誘を受けるというのは不思議なことでもない。
「他人事のように見ているようですが、私たちはあなたも勧誘しているのですよ? ≪ビルドエラー≫のシン君」
「俺も?」
「当然です。私たちは有能な人材を求めているのですから、決闘大会中高生部門を制覇したあなたに声をかけないはずもありません」
「ふぅん」
俺も六強とか呼ばれてたみたいだし、昨日の大会で――表彰式はブッチしたものの――優勝したわけだから、実力を認められていると見て間違いはないんだろう。
昨日までの俺はタンクとしてのプレイヤースキルのみが評価されていたみたいだけど、大会で優勝して結果を残したことで、これからは舐めた態度を取られることもないはずだ。
「同様に準優勝のフィルさんも私たちは歓迎します」
「お、オレもですか……」
フィルはセツナの微笑みを見て、体をもじもじし始めた。
自分の力が認められて気恥ずかしくも嬉しいってところか。
「我は?」
「え、ええっと……このお話は地球人≪プレイヤー≫限定のものですので……」
「あ、ああ……そう……」
そしてクレールが自分のほうを指でさしながら訊ねると、セツナは若干困ったというような笑みを表情に浮かべてやんわりと断った。
なんか、ハブにされて可哀想という見方もできそうだが、元々俺たちの中でクレールだけはアース人だからな。
地球人≪プレイヤー≫限定のギルドには入れなくてもしょうがない。
「……ということですので、私たちといたしましては、あなたたち4名を団員に加えたいと思っています」
「話はわかった。でも――」
「我々がお前たちの足手まといになるとでも考えているのか?」
セツナに対して俺が丁重にお断りを入れようとしたその時、今まで口を閉ざしていた男、アギトが言葉を発した。
「……いや、そういうわけではないが」
「しかし理由の一つとして、それはお前の心中にあるのではないか? どうせ俺についてこられるギルドなど存在しない、と」
「…………」
確かに、そんな意識が全くないかと言われれば嘘になる。
俺はレベル的にも、プレイヤースキル的にも、中高生レベルを逸脱している。
この状況でギルドに入っても俺にうま味はなく、力の差が大きいギルメンと仲良くやれる自信もない。
多分、ミナやサクヤのいる一年生主体の【流星会】なら俺を受け入れてくれるんじゃないかとも思うんだが、中にはミナと仲良くしているというだけで目の敵にしている奴もいる。
なので俺はギルドに入ることを控えていたのだ。
「我々を甘く見るな。俺を含めた【黒龍団】の上位五人はすでにレベル50を突破している」
「…………は? レベル50?」
アギトの話す内容を聞いて、俺は驚きの声を上げた。
「そうだ。既に60レベルオーバーであるお前が驚く内容ではあるまい?」
「いや……普通驚くだろ……中高生でもトップの連中のレベル帯は精々30そこそこって俺は聞いてるぞ?」
中高生のトップクラスがレベル30台なのに、どうしてこいつらはレベル50以上なんだ。
それは明らかにおかしい。
眠る時間をもレべリングに費やしたサクヤですらレベル48だ。
こいつらはサクヤ以上のレべリングを行ったとでもいうのか?
物理的にありえないだろう。
だとしたら……
「……パワーレべリングか」
「語弊を招いてはいけませんので補足しますが、私たちが行ったのは異能を用いた効率的な狩りです。迷宮地下30階層突破後からつい先日まで遠征を行い、私たちが異能を使用した場合に倒すことができるギリギリの魔物を、ひたすら狩っておりました」
「それもあんまり変わらないと思うけど……」
異能に頼った連中のプレイヤースキルが低いのは、昨日の大会による結果が証明している。
クロードたち1組勢のほとんどが一回戦負けしたんだから、それはもう確定と見ていいだろう。
つまり、異能を積極的に用いたパワーレべリングは、大抵がプレイヤースキルの向上につながらないのだ。
「お前もパワーレべリングをした身だろう? 俺たちを非難する権利などないと思うが?」
「…………」
アギトの言うことは、もっともだ。
やまれぬ事情があったとはいえ、俺とフィルはパワーレべリングを行って、中高生のなかでも突出したレベルになった。
そんな俺がこいつらにパワーレべリングについてでアレコレ言う権利などない。
「……でも、パワーレべリングは禁止されてるんじゃなかったのか?」
とはいえ、パワーレべリングはアース人との確執をもたらしかねないため、先生たちから行わないよう言われていたはずだ。
にも関わらずパワーレべリングをするなんて、いったい何を考えているんだ?
「お前はもう少し、人の言葉の裏に潜む意を読むことを学ぶべきだな」
「……言葉の裏?」
「そうだ。確かに教師……異能開発局は、表向きでこそパワーレべリングに反対する態度を取っているが、それはあくまでアース人へのポーズにすぎん」
「え?」
俺たちはアギトに疑問の声をあげる。
するとアギトは目の前にあったテーブルに肘を突き、両手の指を口元で絡ませて続きを語った。
「我々、地球人≪プレイヤー≫はアース人から見ればただの侵略者だ。地球に突然宇宙人が来襲した状況となんら変わらない」
まあ、そうだろうな。
アース人からすれば、自分たちの領地にいきなり謎の集団が現れたという感じだ。
しかもその謎の集団は自分たちとは違うルールを持ち、驚異的な速さで強くなっていく。
普通、こんな集団がいたら怖すぎるだろう。
「ゆえに、初期の地球人≪プレイヤー≫達はアース人との交流を重視した。それがなければ今の我々も存在しえなかっただろう」
「だろうな」
じゃないと地球人≪プレイヤー≫はアース人と戦争をしていただろう。
侵略戦争とかそういう名前の戦争を。
「そして、初期の地球人≪プレイヤー≫がアース人と友好的な関係を築かなければならなかった理由は、地球人≪プレイヤー≫が弱かったからだ」
「何?」
が、今の発言にはいささか同意しかねるものがある。
地球人≪プレイヤー≫が弱かろうが強かろうが、アース人と交流を深めるという件に無関係のはずだ。
「そうだろう? 我々が強ければ、アース人にお伺いを立てる必要などなかったのだから」
「…………」
……なるほど。
そういうことか。
「だが、今は違う。もはやアース人は我々を排除できない。それだけの勢力にまで地球人≪プレイヤー≫は成長したのだ」
アギトの言う内容は理解できる。
つまり、アギトは自分たちの行動に不満を持ったアース人の言論を無視し、もしも戦争を吹っかけられても叩き潰すと言っているのだろう。
アース人を蔑ろにした、地球人至上主義の考え方だ。
あまり良い思想とは思えないな。
「……で、アース人に文句は言わせないから、パワーレべリングも積極的に行っていくと?」
「そうだ。開発局もそれを黙認している。お前たちも自分たちのレベルに関してで、奴らから何かを言われたこともないだろう?」
「まあ、な」
確かに、パワーレべリングは控えるようにとは言われたが、実際にそれをしても罰則はない。
元々、どこからがパワーレべリングであるかということで曖昧なところもあったから、下手な罰則を設けて論争を拡大させずに自主性に任せているというようなものだと思っていたんだが。
表向きには禁止ということでアース人への配慮をしているというのに、実際にはパワーレべリングを黙認していたとはな。
ちょっと驚きだ。
「それで、どうでしょうか? 私たちのギルドに入れば、レベル差で孤立することもありませんよ? もう少し時間がかかりますが、私たちはあなたたちのレベルにいち早く追いつくことでしょう」
「だろうな……でも俺は断らせてもらう」
しかし、アース人を蔑ろにした発想は気に入らない。
パワーレべリングに関してはもはや俺がとやかく言うことじゃないから何も言わないけど、もしアース人と事を構えるようになった場合に戦う道を選びかねないギルドに入りたくはない。
「私も入りません。私はシンくんと組めればそれで十分ですから」
「オレも……遠慮します」
「私も【流星会】から抜けるのは色々難しいので」
「……そうですか」
俺に続いてサクヤ、フィル、ミナもこの勧誘を断った。
「なにもこの場で決める必要はない。しばらくすれば気が変わることもあるだろう」
すると、アギトはそう言って椅子に深く座りなおした。
「……話は変わるが、お前は地球時間軸計算で一週間後に行われる決闘大会のほうには出場するのだろうな?」
「ああ……それか」
俺たちが昨日参加した決闘大会は中高生部門だったが、今度は一般部門が行われる。
そして一般部門は地球人であるなら、既定のレベルを満たしていれば誰でも参加することができる。
まあ、俺とフィルは中高生部門の優勝者と準優勝者ということでシード権が与えられ、無条件で一般部門決闘大会の本戦に出場する権利を得ているんだけどな。
「考え中、とだけ言っておく」
だが、一般部門を中高生部門と同じ要領で戦うのは厳しい。
一般部門に参加する地球人≪プレイヤー≫の質は中高生と比べると段違いであるはずだからな。
この世界を何年も生き抜いた猛者連中を相手に、ダメージヒールと異能使用を縛った戦いをするのは相当つらい。
でも……多分一般部門の大会には、アイツが出場するだろう。
なら俺も大会に参加する方針で動くと思う。
「そうか。我々【黒龍団】のほうは数名参加するつもりだ。もしトーナメントで当たった場合は容赦などしない、とだけこちらも言っておこう」
【黒龍団】は参加するのか。
でもなあ……こいつらも【Noah's Ark】みたいにあっさり――
「甘く見るなよ、≪ビルドエラー≫。我々は”お遊び”をしているわけではない。レべリングだけではなく、プレイヤースキルの向上にも力を入れている。他のギルドとは比べ物にならないほどにな。一般部門を勝ち上がることは困難を極めるが、1人か2人、お前と当たる可能性も決して低くはない」
「……へえ」
なかなか自信があるようだ。
これだけのことを言うのなら、クロードたちのように、一回戦負けとかそういう事態にはならないだろう。
「今日はこれで失礼する。ギルド勧誘の件は、後でもう一度じっくり考えると良い」
「では、また会いましょう」
そうしてアギトとセツナは俺たちのもとを去った。
ギルド勧誘に加え、次の大会に絡むような形で宣戦布告もされた。
俺はアギトたちの後ろ姿を見ながら、これからどうするかと思いつつ「はぁ」とため息をついたのだった。