来訪者
「…………」
早朝、俺はいつも使っている部屋のベッドの上で目が覚めた。
「…………」
「すぅ……すぅ……」
「ん……んぅ……」
俺は目を動かして状況を確認する。
ベッドの上には俺以外にもサクヤとフィル、クレールがいた。
彼女たちは可愛い寝顔を俺に向けていて、その姿はとても無防備なものだった。
そんな彼女たちを見て俺は頬を緩めるものの、どうしてこうなったのかと頭を軽く悩ませた。
決闘大会の会場から逃げ出した俺たちは夕食を取った後に宿屋まで戻ってきた。
そして仲直りもかねて俺たちは夜遅くまで談笑していたのだが、あの時はサクヤが俺と一緒に寝たという情報を聞きつけたフィルとクレールのせいで大変だった。
「サクヤ殿だけそんな羨ましいことをしているのは許せんな」、「そ、そうですよね! ゆ、許せませんよね!」とクレールとフィルが言い、俺たちはその日だけ全員で添い寝をすることになってしまったのだ。
クレールの言い分はわからなくもないが、フィルは俺と添い寝したことがあるだろ。
そんなことを思ったりしたものの、その場を更に混ぜっかえすような発言は自滅行為になりかねないので俺は口を噤んだ。
こういった理由から、俺は小さなベッドの中でサクヤたち3人に囲まれるような形で寝ることになってしまった。
「…………」
だが、この状況は果たして本当にいいのだろうか。
俺を好きだと言ってくれる女の子たち全員と一緒に添い寝するというのは。
サクヤもフィルも、俺の腕をがっしり掴んでいる。
なので、俺の腕には柔らかなモノが当たっている。
特にフィルのほうはヤバい。
フィルは俺の右腕を抱き枕の要領で股に挟んでおり、手の甲が当たってはいけないところに当たっていて非常に危ない。
しかも、なぜかフィルは下半身がパンツだけである上に時折身をよじるので、柔らかな太ももの感触まで伝わってくる。
「……おぉ、起きたか、シン殿。おはよう」
「…………おはよう」
さらに極めつけはクレールだ。
クレールは俺が寝ている間にポジションを俺の上にとっていた。
俺の胸板でクレールの豊かな胸が押し潰れている。
この感触は殺人的だ。
体が軽いのか、息苦しいとも思わない。
俺はクレールの微笑みを見ながら冷静さを取り戻そうとして深呼吸を始めた。
……なんだか甘い香りがする。
これは彼女たちの誰かが使っている香水の匂いか、それとも彼女たちの素の匂いなのかはよくわからない。
ただ、とてもいい匂いだったせいでますます落ち着けない。
「どうしたシン殿。顔が赤いぞ? それに心臓の鼓動も速い」
「うるさい。俺だってこんな状況で何も思わないわけじゃないんだよ」
「ふふっ、そうか。では貴様を更に高ぶらせてやろう」
「? 何を――…………」
クレールは身動きの取れない俺に軽くキスをしてきた。
朝は口の中が汚いような気がして、うがいをしないと落ち着かない性質なのだが、クレールのキスは汚いと感じなかった。
まあ舌を絡めるようなものでなく、本当に軽いものだからな。
しかしこんなことをしてくる彼女には物申しておかないとだ。
「……クレール。勝手にキスとかそういうのをするな」
「嫌だったか?」
「嫌ってわけじゃないけど……やっぱそういうのはダメだろ」
昨日、俺は好きな子を1人に絞ることができなかった。
そのせいでサクヤに振られ、サクヤにキスされ、そしてフィルとクレールにまでキスをされた。
複数の女の子と間をおかずにキスをするなんて不健全だ。爛れた関係まっしぐらだ。
俺はもはや純愛などできないのかもしれない。
でも、俺はここで吹っ切れることができない。
「俺はこいつらを全員幸せにしてやるぜ!」と言えるような肝っ玉を持っていないのだ。
なので俺はここで釘を刺す。
このままだとクレールは際限なく俺にキスをしてきそうだったために。
「もはや2度も3度も変わらんだろう。お互いに嬉しいと思っているのなら、それでいいではないか」
「2度3度やってもダメなものはダメだ。ほら、そろそろ降りろ。俺が起きられないだろ」
「むぅ……仕方のない奴め」
俺の言葉を聞き入れたらしきクレールはベッドから降り、その場で背伸びをし始めた。
薄い寝間着姿である彼女の胸が強調されているが、俺はそれから視線をそらして精神の安定に気を回す。
「朝から何クレールさんといちゃついてるのかな?」
「……見てたのか」
「当たり前だよ。私はただ目を瞑ってただけなんだから」
するとそこでサクヤに話しかけられて、俺は軽く驚く。
よく考えてみると、サクヤは基本的に眠らないんだった。
だからサクヤが今起きているのも別に不思議なことではない。
「ん……ふぁ……ぁ……お、おはよう……ございます」
「おお、貴様も起きたか。おはよう」
「おはよ、フィルちゃん」
「……おはよう」
そしてフィルも俺たちの会話の音で目を覚ましたようで、可愛らしい欠伸をしながらこちらを向き、慌てた様子で朝の挨拶をしてきた。
「それでシンくん。ちょっといいかな?」
「……? なんだよ、サク…………」
フィルやクレールの視線を気にせず、サクヤまでもが俺にキスをしてきた。
「……なにすんだよ」
「クレールさんだけするんじゃ不公平でしょ?」
「そんな理屈でキスされてもな……」
今すごいナチュラルにキスされてしまった。
俺とサクヤが恋人関係のままならそれもまた良しと言えただろうが、今はもうそういう関係ではない。
なので今の俺とサクヤがキスをするのは……嬉しいと思いはすれど非常に不純である。
「し、シンさん!」
「あ……えーとだな、フィル、これはなんというかだな……んぐっ……」
不純だと思っているのにその不純は止まらない。
フィルはサクヤに感化されたのか、勢いよく俺にキスをしてきた。
歯と歯が当たって痛い。
ちょっと勢いつけすぎだぞ。
「つ…………ご、ごめんなさい……シンさん」
「いや……いい……」
「も、もう一回しましょう! 次は上手くやるから!」
「いやいや……それもいいから……」
俺は口元を押さえながら詰め寄ってくるフィルの肩を掴んで制止させ、彼女の暴走を止めた。
「……あ、ご、ごめんなさい……や、やっぱりシンさんは……俺とキスするの……イヤ……ですよね」
「いやいやいや……そういうわけじゃないから。フィルとキスをするのが嫌なわけじゃないから」
サクヤとの間に割り込んでしまったという負い目を持っているゆえか、フィルの発言には昨日からちょい自虐めいたものが入っている。
本当はそんな卑下しなくてもいいはずなのに、俺のせいで彼女はすっかり弱気だ。
「フィル。こんなことを言うとすっごくだらしない男と思われるかもしれないけど、あえて言うぞ。俺はサクヤのことが好きだけど、お前も同じくらいに好きだ」
「シンさん……」
「ホント……俺は引っぱたかれてもしょうがないよ。恋人であるサクヤ以外にも好きな子がいたんだからな」
「! し、シンさんは悪くない! 悪いのはシンさんたちに横やりを入れたオレだから!」
「横やりって言うならそれは私の方だよフィルちゃん。だって私はシンくんがフィルちゃんを好きだってわかってても無理やり付き合ったんだから」
俺はフィルに残念な告白をした後に謝罪をした。
すると彼女は自分に非があると言い出し、そこへ更にサクヤまでもが話に加わってきた。
「本当に責められるべきは私だよ。だからフィルちゃんは何も気にすることなんてないからね」
「さ、サクヤさん……そんなことを言われても……オレ……」
「だから……今はシンくんと仲良くイチャイチャしようね。私はフィルちゃんがシンくんとどんなことをしても怒ったりなんてしないから、フィルちゃんも私の行動は大目に見てね?」
「! は、はい! わ、わかりました!」
「…………」
いや、わかっちゃだめだろ。
フィルが気にすることなんてないということには同意だが、仲良くイチャイチャするってなんだよ。
2人して俺とイチャイチャするってことかよ。
「我を忘れてもらっては困るぞ、2人とも」
そしてクレールは何しれっと俺たちの関係に紛れ込んでるんだ。
お前のことも気になってはいるけど、今回の騒動ではあんまり絡んできてなかったじゃないか。
「我は貴様たちをシン殿の伴侶として認める。なのでこれからは3人力を合わせてシン殿を支えていこうぞ」
「うん! そうだね!」
「は……伴侶……ん……良い響き……です」
「…………」
なんか……クレールの言葉にサクヤとフィルはすごい乗り気だ。
2人はクレールがちゃっかり俺たちの仲に混ざりこんでいても特に何かを言ってきたりしない。
一体どういぅことだよ。
というか伴侶とか、それもう俺が3人をお嫁さんにするみたいになってるじゃん。
普通伴侶って1人だろ。
なんで3人もいるんだよ。
ちょっとお前らグローバル化しすぎだ。
「ちょっと! いつまで寝てんのよあなたたちは! とっとと起きなさいよ!」
……と、そこで扉の向こうからミナの声が響いてきた。
昨日の夜、彼女だけは俺たちと別れて自分の部屋に戻った。
まあ、ミナは俺のことなんて好きじゃないからな。
サクヤたちのように一緒に寝る、だなんてことにはならない。
「……ほら、ミナが呼んでるぞ。さっさと着替えを済ませろ」
俺は3人にそう言い残して着替えをするべく洗面所に向かった。
「やっと出てきたわね……」
「待たせて悪いな、ミナ」
着替えを済ませた俺たちはミナと挨拶を交わした。
「……それで、昨日の夜はあれから何もなかったのよね?」
「も、勿論だ」
ミナは俺たちが一つの部屋で寝泊まりしたのをあまり快く思っていないようだ。
一応、彼女も俺たちがこうなった原因の一翼を担っているはずなんだけどな。
「昨日は決闘続きだったからな。それなりに疲れてて爆睡だったぞ」
「……ならいいわ。それより私たちにお客さんよ」
「客?」
「ええ、今ロビーで待たせてるから、早くいきましょう」
誰だろうか。
俺たちに一体何の用があるっていうんだ?
そう思いながら俺はみんなと一緒に宿屋のロビーに向けて歩いていった。
「……来たか」
ロビーに足を運ぶと、そこには2人の地球人≪プレイヤー≫が待ち構えていた。
片方は男性で、理知的な匂いを漂わせる眼鏡をかけており、もう片方は女性でハネた毛を手で軽く整えている。
どちらも俺たちより年上の雰囲気で、ロビーに備え付けられた木製の椅子に腰かけていた。
「初めまして。私は【黒龍団】の副リーダーのセツナ。そして彼は【黒龍団】のリーダー、アギトです」
【黒龍団】。
確かそれは三年生が中心となって設立したギルドだ。
そんなギルドのトップが俺たちに用?
「訝しんでるって顔ですね。それなら前置きをせずに本題から言ってしまいましょう」
「……そうしてもらえるとありがたいな」
どうやらこの場ではセツナという女性が俺たちと話をするようだ。
俺は傍に置いてあった椅子に座りつつ、セツナの提案を聞いて軽く頷き声を上げる。
「話というのは他でもありません。君たち全員、私たちのギルドに入りませんか?」
そしてセツナは俺たちに本題――ギルドへの勧誘をし始めたのだった。