シンVSフィル
「……来ましたね……シンさん」
「……ああ。待たせたな」
闘技フィールドに来た俺はフィルに出迎えられた。
フィルの表情は暗い。
多分、なんだかんだで俺と戦うことを彼女も悩んでいるのだろう。
優しい子だからな。
「……どうしたフィル。そんな面構えじゃ俺に勝つことなんてできないぞ」
俺のほうも迷っている。
フィルの表情が暗い原因は俺にあり、本当なら彼女に引っぱたかれても文句を言ったりなんてしない。
とはいえ、そんな心境のままフィルと戦っていいものかどうか、未だにわからない。
けれど、一つだけわかっていることがある。
それは、ここで中途半端な戦いをしたら、俺とフィルはお互いに後悔するということだ。
どんな結果であれ、本気で戦った末でのものなら俺たちは受け入れられる。
だから俺は全力で戦うし、フィルにも全力で戦ってもらいたい。
これからの人間関係なんて今は考えない。
俺はフィルを好敵手としてだけ見ることに専念する。
「まあ、元々お前が本気を出したところで俺には勝てないんだけどな」
「……嘘つかないで……ください。オレにも勝機はある……でしょう?」
俺の挑発に乗ってきたフィルはキッとこちらを睨みつけて反論してきた。
フィルの言っていることは確かに正しい。
彼女とは模擬戦を何度も行ってきたが、それによる俺の勝率は9割程度といったところだった。
つまり逆に言うと、1割ほどは彼女が勝っていたということになる。
そして、この戦いにおける俺のハンデキャップを考えれば、この決闘においてフィルが勝つ可能性は3割ほどになるだろう。
割とでかい可能性だ。
「シンさんこそ……うかうかしてるとオレに負け……ますよ?」
「俺は戦闘において油断なんかしない。甘く見るなよ」
俺はフィルの挑発返しを受けて不敵な笑みを浮かべる。
フィルには俺の内心を悟られるわけにはいかない。
ゆえにここは血も涙もない戦闘狂とでもいうようなキャラを演じさせてもらおう。
「さあ審判、とっとと始めてくれ。こっちは早く戦いたくてうずうずしてるんだ」
「わ、わかった」
もはやフィルとはここで話を続けるより戦いの中で語った方が良いと判断し、審判に試合開始の催促を行った。
「それでは決闘大会決勝、シンVSフィル、決闘開始!」
すると審判は俺たちへと視線を配った後に決闘の始まりを告げた。
「シッ!」
先手必勝か。
フィルは決闘開始と同時に俺へと近づき、両手に持った二本のクナイを向けてきた。
「まだ遅いぞ、フィル」
俺は左手に持った小盾と右手に持った『クロス』で守りに入り、フィルの攻撃を冷静にさばいていく。
フィルの攻撃は決して遅くない。
むしろ、今日はなかなかキレが良いとすら言えるのではないだろうか。
だが俺は、そんなフィルの動きを遅いと断じる。
「そんなんじゃ俺に傷一つつけることすらできないぞ。もっと腰に力を入れろ。足を動かせ。まだ始まったばかりだからといって力を温存しようだなんて思うな」
「…………!」
これが俺とフィルのいつも通りだ。
戦闘中に俺があーだこーだ言って、フィルはその情報を元にしてより動きを洗練させていくという、いつものやりとりだ。
それを俺たちは『FO』内とアース内で飽きるほどに繰り返した。
ゆえに、フィルの動きには彼女の性格にプラスする形で、俺の思想が大きく反映されている。
俺の師匠はケンゴだが、フィルの師匠は俺なのだ。
俺はケンゴからあらゆる技を仕込まれ、俺はフィルにあらゆる技を仕込んだ。
そういう系譜になっている。
なので、俺はフィルがどのような攻撃をしてくるかが手に取るようにわかるし、フィルの方も大体わかっていることだろう。
だとしたら、俺たちの戦いはどれだけ相手の意表を突けるかが重要になってくる。
さっき俺が言った内容もそうだ。
慎重派のフィルが最初からフルスロットルで来たら、俺は対応に手間取って一発二発は攻撃を貰っていたかもしれない。
しかし序盤の流れとしては、フィルの攻撃をすべて防御できている俺のほうが優位であると言える。
「……シッ! …………シッ!」
一応フィルのほうも数々のフェイントを交えたスキルを放って俺を翻弄しようとしている。
けれど俺はフィルの誘いに乗らず、堅実な守りを貫く。
これによって彼女は徒労感を味わうことになるだろう。
そうすれば俺以上に体力を消耗していき、一つ一つの動作が雑になっていくはずだ。
焦ることはない。
俺はフィルがへばるのをゆっくり待てばいい。
「はぁ……はぁ……くっ!」
決闘が始まってからそれなりに時間が経過した頃、フィルの動きがやっと怪しくなってきた。
フィルの攻撃は最初の頃より単調となり、フェイントの数もかなり減った。
肩を上下させ、口で呼吸をするフィルの様子からも、彼女がバテ始めているということがわかる。
それを見た俺は守りの姿勢を解き、フィルに向かって『クロス』を叩き込もうとした。
「!」
だがそれはブラフだったようだ。
フィルは俺の攻撃を読んでいたかのように紙一重で回避した。
そして更に、俺の伸ばした右腕にクナイを刺そうとしている。
なので俺は小盾でフィルを押してその目論見を阻む。
「ふぅ……」
今のは危なかった。
保険をかけていなかったら危うく1ヒットになるところだったな。
多分、今の疲れた様子は演技だったんだろう。
じゃないとあれだけ機敏な反応はできなかったはずだ。
「やるな、フィル」
「……ども」
俺から離れて息を整えているフィルの顔は真剣そのものだ。
試合前の暗い表情はない。
おそらく彼女も俺同様、全力で戦わないと後悔すると思っているのだろう。
「はぁ…………はぁ…………」
しかしフィルにとって、先ほどの攻撃で波に乗れなかったのはつらいはずだ。
演技をしている時とくらべるとバテているという風には見えないが、それでも疲れがないはずがない。
フィルの運動量はここまででかなりのものとなっている。
「……やぁッ!」
フィルは声を出して攻撃を放ってくるが、それにはキレがなかった。
さっきの攻撃を防がれたせいで集中が乱れたか。
あるいはこれもまたブラフか。
俺はこれが誘いである可能性を警戒しつつ、フィルに反撃を行った。
「うっ!?」
どうやら前者だったようだ。
焦りのこもったフィルの攻撃を俺は小盾で弾き、それによって彼女のガードが甘くなったところへ『クロス』を叩きつけた。
するとフィルは軽い苦悶の声を上げつつも、俺が攻撃をした隙を狙ってクナイを投げてくる。
これは流石に避けられない。
俺は肉を切らせて骨を断ったフィルの攻撃を足に受けて1ヒットを許してしまった。
だが……
「終わりだ、フィル」
「!?」
『クロス』が当たったフィルの動きは悪い。
なので俺はそんなフィルに向かって攻撃を続行した。
武器で弾くか避け続けるしかなかったのに、この武器の性能を甘く見たな。
一度当たれば容赦なく対象者の能力を縛りにかかるこの武器の鬼畜性能は折り紙つきだ。
カンナ戦とミナ戦ではこれがあったからこそ勝てたと言っていいのだから。
けれどフィルはそれを軽視した。
一度くらいなら当たっても問題ないと、そう高をくくっての行動に出た。
だったら俺の勝ちだ。
俺は傍にいるフィルに向けて『クロス』を――
「なっ……」
フィルは俺と同じく攻撃を続行した。
それによって俺の腕がフィルのクナイによって軽く切りつけられ、2ヒット目を許してしまった。
その間に俺はフィルへ三発の攻撃を当て、彼女の動きを更に制限する。
ゆえに俺の優位は変わらない。
だというのに未だ勝利が確定しない。
俺の体にも異常が見え始めたからだ。
「毒……か」
どうやら先ほどのフィルの攻撃はスキル『ベノムスラッシュ』だったようだ。
ここで麻痺でも眠りでもなく毒を選んだのは、状態異常の発生する確率が一番高いからだろう。
でも高位毒耐性を持つ俺を一発程度で毒にするとは、フィルに運が傾いているのかもしれない。
そう思った俺は、毒が全身に回って今より動きが鈍る前に勝負を決めるべく動いた。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
俺はフィルに対して容赦のない連撃を繰り出す。
いつもの俺は基本的にカウンターを狙っていくのだが、ここではあえてこちらから攻撃を加える。
「くっ!」
それによって俺はフィルに『クロス』を五発当てた。
ここで俺が攻撃に重きを置くとは思っていなかったんだろう。
フィルは豆鉄砲をくらった鳩のような表情をして俺を見た。
しかし、ここでやられてばかりというわけでもない。
俺が攻撃に転じたことによる隙を狙って、フィルが更に二発の攻撃をヒットさせてきた。
これでフィルから貰った攻撃は合計四発。
あと六発で俺の負けとなる。
けれど、それより先に俺が勝つ。
俺はそう意気込んで攻撃の手を緩めない。
その後の俺はタンクではなくアタッカーとして戦い続けた。
笑うこともせず、泣くこともせず、ひたすらフィルと戦い続けた。
ただ、できることならフィルとの戦いがずっと続いてほしい。
そう思えるほど、この時間は俺にとって貴重なものだった。
これが終わった時、俺たちは選択を余儀なくされる。
場合によっては、今までのような関係ではいられなくなっているだろう。
フィルとはここで喧嘩別れしてしまうかもしれない。
フィルとはここでお別れとなってしまうかもしれない。
俺はそれが嫌だった。
「それまで! 勝者、シン選手!」
嫌だったのに、時間は無情にも過ぎていく。
審判の声が轟き、観客席から歓声が響いてくる。
決勝戦は俺の勝ちとなった。
「はぁ……はぁ……」
「う……うぅ……」
倒れたフィルを俺は見下ろしていた。
フィルは両腕を顔の前で交差させ、嗚咽を上げている。
これは俺がフィルを叩きすぎたとかそういうのではなく、ただ負けてしまったことを嘆いているのだろう。
「ぅ……し、シン……さん……」
「……なんだ?」
涙声であるフィルの言葉に俺は耳を傾ける。
「負け……ちゃい……ました……」
「ああ……そうだな」
フィルは負けて、俺は勝った。
つい先ほど審判が告げた結果でも、俺の勝利がゆるぎないものであることを証明している。
「ひぐ……でも……でも……!」
「…………?」
泣きながらもフィルは俺に何かを伝えようとしている。
なので俺は黙ってフィルの言葉を聞き続けた。
「シンさんは……サクヤさんと遠くに行っちゃうかもだけど……オレは……シンさんのことを……忘れたり……しませんから……!」
「…………」
「シンさんが……他の人を……好きになっても……オレは……シンさんのことを……好きで……い続けますから……ぅ……」
「…………」
フィルの言葉は、人によってはとてもみっともないと感じるだろう。
好きな人が他の人に取られたのならそこですっぱり諦めるべきであり、そうした方がお互いのためであるのだから。
けれどフィルはそうしなかった。
俺に彼女ができても諦めず、周りにどう思われようが構わずに、フィルはなりふり構わない言葉をぶつけてきた。
フィルは好きでい続けるということを俺に伝えてきた。
色々と駄目な俺を好きだと言ってくれている。
俺はそれがとても嬉しく、とても悩ましかった。
とある事情から、俺はフィルと恋仲になることを躊躇った。
それゆえに、フィルとは恋人にならず、その後、元々好きになりかけていたサクヤのことが好きになり、勢いでつき合うことになった。
この結果、俺はサクヤとフィルが両方好きという状態になってしまった。
俺はフィルを泣かせたくない。
そして、それと同時にサクヤも悲しませたくない。
両方を満たすにはどうしたらいいのか。
俺はフィルのすすり泣く声を聴きながら悩み続ける。
しかしこのままではいけないと思い、俺はフィルに声をかけようとして口を開く。
「フィル……俺は――」
「シンくん」
そこへサクヤがやってきた。