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決勝戦への意気込み

 決闘大会本戦第三回戦


 第一試合

 ○シンVS●ミナ


 第二試合

 ○フィルVS●ねこにゃん






 ついにここまできた。

 俺は決闘大会の決勝戦までたどり着き、そこでの対戦相手がフィルに決まった。


 この結果を俺は最初から予想していたものの、周りの連中からすれば、かなり意外であったらしい。

 みんな口々に「ねこにゃんさんが負けた……?」、「あの技巧派で有名なねこにゃんさんが……?」、「ねこにゃんさんを倒すなんて……相手の中学生は化け物か……」と言ってフィルの実力を認めていた。


 というか、ねこにゃんの知名度が半端ない。

 みんなねこにゃんが勝つと思ってたみたいだし。

 あの男は一体何をしたんだ。


 ……まあ、それはどうでもいいな。

 今はフィルと決勝で戦うことになる。

 それだけがわかっていればいいのだから。


「シンくん……」

「……ああ、大丈夫だ」


 準決勝までとは打って変わって、弱々しい声をサクヤは上げている。

 多分、彼女はフィルが決勝に残ってくるとは思いたくなかったのだろう。


 確かに、今このタイミングでフィルと決闘をするというのは気が引ける。

 フィルとはしばらく距離を取った方が、お互いのためには良いのだろうからな。


 でも、ここで逃げるわけにはいかない。

 俺が決勝を辞退したって良いことなど何もない。

 ただこれまで通り戦ってこれまで通り倒す。

 それが一番のはずだ。


「シンさん」

「「!」」


 そんなことを思っていると、突然背後から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 俺はそれを聞いて咄嗟に振り替える。


 するとそこにはフィルが立っていた。


「よ、よう、フィル。お前も決勝まで残ったんだな」

「……ん」


 なのでフィルになるべくいつも通りを意識して軽く声をかけると、彼女のほうもいつも通りといった様子で軽く頷いてきた。


 しかし、今のフィルはどことなく強い意思のようなものが窺える。

 何かを決心したような視線だけが、いつもの彼女と違っていた。


 でも、一回戦を突破したときはフィルに逃げられたんだよな。

 あの時は避けてた様子なのに、今はむこうから接触しにきた。

 心境の変化でもあったのだろうか。


「それで、シンさんとサクヤさんに一つ訊ねたいことがあり……ます」

「……ん? なんだ?」

「な、なにかな……フィルちゃん」

「この大会で優勝したら、シンさんとサクヤさんが……キスをするって……本当……ですか?」

「「…………」」


 フィルの問いかけを受けた俺たちは一瞬固まる。

 そんな反応はその問いを肯定しているようなものだった。


「……誰から聞いたんだ?」

「ミナさんから聞きました……本当だったん……ですね」

「…………」


 ミナ、か。

 なんでフィルに言ったんだ。

 いや、別に隠すようなことでもないからいいんだけど。

 むしろ積極的に隠したりするようなことではない。


 とはいっても……やっぱりフィルに知られるのは気まずい。


「なら……オレはそれを全力で阻止……します」

「え……?」

「フィルちゃん……?」


 俺たちが黙りこくっているとフィルが衝撃の言葉を口にした。


 阻止するって。

 どうしてそんなことを――


「だって……オレは……今でもシンさんのことが好き……ですから……」


 フィルは顔を赤くしながらそう言い、途端に泣きそうな顔へと表情を変えた。


「……すみません……迷惑……ですよね。オレなんて……所詮……シンさんたちのお邪魔虫……です……」

「「…………」」

「でも……オレはイヤ……です……シンさんがこのまま離れていっちゃうのは……イヤ……なんです……」


 俺はフィルに何も言い返せない。


 彼女の告白は俺にとってとても嬉しいものだ。

 もし俺がサクヤの彼氏でなければ、泣きそうなフィルを抱き寄せて、そのまま衝動的に告白を受け入れてしまっていたかもしれない。

 それだけの感情が俺の心の中を巡っていた。


 ……しかし今の俺はサクヤの彼氏だ。

 だからサクヤの彼氏らしくあるべきだし……そうなるよう努めてきた。

 今までなるべくサクヤとの楽しいことしか考えないようにしてきたし、サクヤとの関係をどう伝えるか以外でフィルやクレールのことを考えることはしないように意識してきた。

 そしてこの大会を優勝し、サクヤとキスをすることで、俺はフィルやクレールへの気持ちを完全に吹っ切れさせようとしていた。

 こうすることが一番良いことなのだと信じて、俺はここまでやってきたんだ。


 なのに、フィルの方は全然吹っ切れていない。

 いや、むしろ俺への思いが強くなっているんじゃないだろうか。

 今までのフィルなら、こんなことを言い出すこともなかったはずだ。

 現に、土曜日の学校で会った時は身を引く姿勢を取っていた。


 けれど、今のフィルはこうして俺たちの仲を阻もうとしている。

 おそらくはこれが彼女の本音なのだろう。


「それに……もしオレが勝ったら、シンさんはオレに執着するはずです……なんと言っても……シンさんは負けず嫌いですから」


 しかもフィルは、俺に勝つことで彼女を意識させようとしているようだ。

 確かに俺を負かす奴がいたら、俺はそいつのことをライバル認定してしつこく接触を試みるだろう。

 それが恋愛につながるかというと微妙だが、少なくとも俺から関心を持たれることにはなる。

 フィルはそれを狙っているのか。


「今のオレはそんなことでしかシンさんの気を引けません……だからオレは……シンさんに勝ちます……絶対……絶対……勝ちますから……」

「…………」


 俺はフィルに何と言えばいいのだろうか。

 フィルと決別する覚悟があるなら、ここで冷たくあしらうくらいの態度を見せるべきだが、俺にそんなことはできない。

 かといって、俺がサクヤの恋人である以上は、フィルに優しい言葉をかけてやることもできない。


 結果として、俺はただ黙ってフィルの言葉を聞き続けることしかできなかった。


「オレがここで言えるのは……これくらいです……それじゃ……」


 フィルは最後にそう言い残し、俺たちに背を向けて走り去っていった。


 ここでフィルのあとを追いかけなかったのは、サクヤの恋人であるという自覚からだったのだろうか。

 それともただ単に俺がまだ迷っていて、立ちすくんでいただけだったのだろうか。


「……シンくん」

「…………」


 サクヤが声をかけてくる。

 いつの間にかサクヤと繋がっていた手は離れており、彼女は観客席の方を向く。


「決勝、頑張ってね。応援してるから」


 サクヤは少し離れたところで振り返り、微笑み交じりでそう言った。

 その表情はフィルとの一件を受けてか若干の陰りが見えるものの、それを俺に気取られないよう隠している様子だった。


「……ああ。絶対……優勝してくるからな」

「うん」


 そうしてサクヤは再び観客席の方へと向けて歩いていった。


 すると、俺は通路で一人となる。

 遠くから喧騒が聞こえる中、俺は両手で頬を叩いて気合を入れなおす。


「俺は……サクヤの彼氏なんだ」


 俺はサクヤの彼氏。

 まがりなりにもそうなった以上、俺はサクヤの彼氏として行動しなければならない。


 それを自分に言い聞かせ、俺はフィルが走っていった闘技フィールドの方へと――


「おお、シン殿。ここにいたか」

「…………」


 と思ったら、クレールと出くわした。

 クレールは俺から見て十字となっている通路の右側からひょっこりと現れて声をかけてきた。


「……ん? なんだその顔は。何かあったか?」

「いや、別に何もないぞ」


 さっきまでの出来事が顔に出ていたか。

 クレールの指摘を受けて、俺は表情を引き締めなおした。


「そんなことより、お前はここで何をしてるんだ」

「シン殿の活躍を見に来たに決まっているだろう」

「だったらどうしてこんなところにいるんだ?」

「道に迷ったからに決まっているだろう」

「…………」


 何迷子になってんのこの子は。

 一応数百年生きてるんだから、もっとしっかりしてくれよ。


「はぁ……観客席はこっちの通路をまっすぐ行ったところの階段を上ればあるから、そこでサクヤたちを見つけるなり適当な席に座るなりして観戦しろ」


 とりあえず俺は、先ほどサクヤが歩いていった方を指さして、クレールに観客席のありかを伝えた。

 サクヤたちが今どこで観戦しているかはわからないが、まあ無理に合流しなくても大丈夫だろう。


「うむ、観客席のありかはわかった」


 俺の説明を受けたクレールは軽く頷いて理解したことを示してきた。


 ……そろそろいかないとだな。

 決勝が始まるまでもう少し余裕があるけど、それもあと数分って程度だし。


「わかったなら俺はもう行くぞ。またな」


 なので俺はクレールにそう言って、闘技フィールドの方に歩き出そうとした。


「待て、シン殿」


 だが、そこでクレールに引き留められた。

 一応観客席の場所さえ教えれば問題ないかと思ったんだが。


「なんだ、まだ何か聞きたいことでもあるのか?」

「いや、そういうことではないのだが。ちょっとしゃがんではもらえないか?」

「? こうか?」


 なんだかよくわからないが、俺はクレールの注文通りにその場でしゃがみこんだ。


「よしよし」

「…………」



 するとクレールは俺の頭を腕で包み込んできた。



 それによって俺の顔はクレールの大きな胸に埋まる。

 柔らかい感触が顔全体に伝わってきて、服越しであるにもかかわらず、とても心地良い。


 ……って。


「何してんの」

「シン殿がつらそうな顔をしていたのでな。女の武器で慰めてみた」

「いや……慰めるっていってもな……俺はサクヤの彼氏だから……」

「貴様の頭はイデア教徒並に固いな。我はそんなことを気にしたりしないぞ」

「でもだな……」

「嫌なら振り払うがいい。もっとも、そんな顔をしている貴様にその気力があればの話だがな」

「…………」


 今の俺はそんな酷い顔をしていたのだろうか。

 だとしたらクレールには心配をかけさせてしまったな。


「悪い、クレール。もう大丈夫だから放してくれ」

「そうか? なんだったらこのまま我の胸に頬ずりをしても構わんぞ? いつぞやのフィルにしたように」


 ……こいつは痛いところを突いてくるな。


 あの時はただ状態異常で意識が朦朧としてただけだし。

 別に俺がそうしたいから頬ずりしたわけじゃないし。


「とにかく離れろ。こんなところをミナとかに見られたら大目玉をくらうからな」

「む? まあ確かにミナは貴様以上に頑固だからな」


 ミナの名前を持ち出すと、クレールは俺からスッと離れていく。

 顔全体に感じた暖かくて柔らかい感触も消え去り、彼女持ちであるというのに俺は名残惜しいと思ってしまう。


 本当はこんなことを思っちゃいけないんだけどな。

 しかしこれは男のサガなのだから仕方がない。


「少し元気が出たようだな」

「まあ……おかげさまでな」


 こんなことで元気が出るとか現金な話だ。

 俺って結構簡単な生き物だったらしい。


 それに、女関連のトラブルで落ち込んでいたところを他の女に慰めてもらうとか酷い話だ。

 でも一応この場では礼を言っておく必要があるだろう。


「ありがとうな、クレール。まだ色々悩んでるけど、とりあえずちょっと元気出た」

「そうか、それなら良い。また落ち込んだらいつでも胸を貸してやるから遠慮などするな」

「いや……それは……」

「それよりそろそろ試合が始まるのではないか? 確か予定ではあと5分ほどで決勝戦が始まるはずだぞ」

「っと、そうだった」


 ここでクレールと話を続けている場合ではなかった。


 俺は決勝を戦う必要がある。

 そこで待ち受けるフィルにどんな答えを出すかなんてまだ全然決まっていないけど、ここで俺が決勝戦に出ないという選択肢はないだろう。


「それじゃあ行ってくる」

「行ってくるがいい」


 そして俺はクレールに向けてできるだけ明るい表情を意識して作り、闘技フィールドへと走っていったのだった。

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