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難敵

 ダークネスカイザーは、決闘の際に俺たち地球人≪プレイヤー≫の網膜に現れる『決闘開始』という文字列を目くらまし代わりに使った。

 俺はこれを見て、この男が強敵であると確信した。


 こんな使い方があるなんてな。

 ちょっと考えればこういった使い方もできるという発想もできそうなものであるが、俺は今まで決闘システムを活用するという発想そのものがなかった。

 小手先のセコイ技であるといえばその通りであるものの、勝つためにはこういったシステムの死角をつくというストイックさを持つのも悪いことではない。


 少なくとも、俺はこの対戦相手に感心していた。

 また、同時に警戒心を強めた。


 この技術を独力で身に着けたというなら大したものである。

 しかし、決闘とは基本的に立会人がいる中で行われるものであり、そこまで頻繁にするものではない。

 なのに、この男は決闘をやり慣れている。

 一体どこで磨いた技術なんだ。


 そんなことを思いながら、俺は見えなくなった短剣の軌道を予測し、そこに小盾を移動させた。

 一応ついさっきまでは見えていたわけだから、防御するのも可能なはず。


 俺は小盾に何か金属のようなものが当たった感触と音を認識して、僅かに気を緩ませた。


 仕方のないことだ。

 敵の不意打ちじみた初撃を防げたのだから、わずかに隙を生んだとしても自然と言える。


「な…………!」


 だが、その一瞬の油断が命取りだった。


 『決闘開始』という文字列が消えたその先に……もう一本の短剣が俺の顔面めがけて飛んできた。


 ダークネスカイザーは一本ではなく二本の短剣を俺に向けて投げていたのだ。

 しかも、二本目を投げたタイミングはおそらく決闘開始直後。

 俺が一本目の短剣に気を取られたその瞬間ということになる。


 つまり、ダークネスカイザーは不意打ちの攻撃を二段階に分けて行ったということになる。

 その周到さに俺は感心するのも忘れ、ただただ戦慄した。


「くっ…………!」


 一撃目は小盾で弾くことができた。

 しかし二撃目は防御が間に合わない。

 ≪時間暴走≫が使用可能であったならば話は別だったが、既に俺の間合いにまで入っている短剣を払いのける速度を今の俺は有していない。


 なので俺は、頭の動きだけでそれを回避しようとした。

 けれど、その回避運動もわずかに遅く、俺の頬に短剣の刃が僅かに触れる。

 それによって俺の頬から血がしたたり落ち、1ヒット攻撃を加えられたという判定が下されてしまった。


 あと9ヒットまでなら大丈夫であるとはいえ、この男にそれを許さないという確証はない。

 ゆえに俺は、一回戦の時以上の警戒心を持ってダークネスカイザーを見据えた。


「…………」

「…………」


 が、ダークネスカイザーは動かない。

 二本の短剣を投げ、腰に着けていた片手剣を抜くも、決闘を開始したその場から一歩も動かずにいた。


 これはどういうことだろうか。

 向こうは弓兵職ながらも弓を装備していない。

 ならば攻撃手段は手に持つ片手剣による近接戦闘。

 一回戦におけるアキとの対戦でも積極的に近接を行っていた。


 にもかかわらず、ダークネスカイザーは俺との距離を詰めてこない。

 もしかして、これは何か狙いがあってのことなのだろうか。


 だが、俺にはこの男の思惑がわからない。

 俺の方から距離を詰めてもいいものなのかどうかも悩んでしまう。

 こちらから近づくと相手の罠に引っかかりやすくなる。


 様子を見ているだけなのかもしれないが、先ほどの攻撃を受けた俺の方から近づいていくのは躊躇われた。


 そうして数十秒ほどの静寂が訪れる。

 この時の俺は相手がこちらの隙を窺っているとだけしか思っていなかった。



「…………っ!?」



 が、それは大きな誤りであった。

 俺の体はこの数十秒という短い時間で気だるさを持ち始めていた。


 これは……もしや毒、あるいは軽度の麻痺か。

 俺の体を襲うダルさはそのどちらかのバッドステータスに違いない。

 おそらく、さっき投げてきた短剣に何かしらの細工が施されていたのだろう。


 しかし、それはおかしい。

 なぜなら、俺はそんじょそこらの状態異常なんかまったく問題にならないほどの耐性を持っているからだ。


 フィル&クレールとの秘密訓練の成果で、俺の状態異常耐性スキルは高位状態異常耐性スキルへと進化を果たしている。

 そんな今の俺にかけられる状態異常といったら、それはもはや最上級クラスの状態異常といって良い。


 その最上位クラスの状態異常を引き起こすスキルが扱える、もしくはアイテムとして持っている奴が中高生にいる?

 ありえない。


 俺はダークネスカイザーという男に疑念を膨らませていく。


「やっと効いてきたか。お前、見かけによらずタフだな」


 ダークネスカイザーの声が聞こえてくる。

 けれど俺は何も答えられない。


 沈黙の状態異常にもかかっているのか。

 同時に複数の状態異常を引き起こすとは、ますますおかしい。


「それじゃあ、そろそろ戦闘開始といきますかねっと!」

「!」


 そして、ダークネスカイザーは俺に向かって走り出す。


 コンディションとしては最悪だか、迎え撃つしかない。

 俺は小盾を前に出して、片手剣による攻撃を受け流す姿勢に入った。


「っ……!」


 けれど、やはり手に力が入らない。

 小盾による受け流しは僅かにタイミングがずれてしまった。

 これによって、迫りくる剣の威力を殺しきることができず、俺の体勢が僅かにぶれる。


 そこをダークネスカイザーは見逃さなかった。

 若干体を泳がせた俺に向かって連続で切り込みを行うことで、更に揺さぶりをかけてきた。

 状態異常にかかった俺はこの連続攻撃を捌ききることができず、腕に軽く切り傷をつけられてしまう。


 これで2ヒット目。

 まだ俺の方からは一発も当てられていないというのに、もう相手は2ヒットだ。


 ……面白いじゃねえか。

 初手の不意打ち技術といい、この状態異常といい、色々問いただしたい内容が多い相手ではあるが、これほど緊迫した戦いというのは魔王の息子であるというニーズ戦以来だ。

 数々のハンデを背負っているとはいえ、俺をここまで追い込むことができる奴なんて数えるほどしかいないと思っていたんだが、まさかこんなところで出会えるなんてな。


 この時、俺はダークネスカイザーを強者であると認め、口元に笑みを浮かべ始めた。


「あー……何笑ってんだこいつ……マジ死ねよ……死ね死ね死ね死ね……」

「…………」


 だがそんな俺とは対照的に、ダークネスカイザーは何か物騒なことを口にし始めていた。


 もしかして、さっきの連撃で一発しか当てられなかったことに腹を立てているとかか?

 自分がこう思うのもなんだけど、俺相手に一発でも当てられたら、それはもう十分すごいことなんだが。


「お前はさっさと俺にやられてりゃいいんだよ……」


 ダークネスカイザーはそう言うと、再び俺に向けて剣を振るってきた。


 だが、ここからはさっきまでのような防戦一方になんてしない。

 多少手間取ったが、今の自分がどのように動けるか把握できた。

 ベストな動きができずとも、攻撃を十分捌ききってみせる。


 俺はそう思いながらダークネスカイザーの攻撃を小盾で防御し続け、長い守りの末に見せた敵の隙を狙って『クロス』を叩き込む。

 すると、ダークネスカイザーは即座に俺から離れ、手足をぶらつかせながら自分の体に異常がないかを確かめ始めた。


 どうやらカンナ戦を見ていたようだな。

 カンナの動きが悪くなっていったのは俺の武器が原因であるとすでに推測していたか。


「チッ……めんどくせ……こんな情報知らねえぞ……」


 僅かに体の動きが悪くなったのを悟ったのか、ダークネスカイザーは更に悪態をついている、


 なんだか試合開始前に感じたイメージとだいぶ違うな。

 もっと理知的な奴だと思ってたんだが。


「あーあ……そっちがその気なら俺もマジでやってやんよ……」

「…………っ!」


 今、ダークネスカイザーから殺気めいたものを感じた。


 目の前にいる敵を殺す。

 そんな意思が仮面越しであるにもかかわらず伝わってきた。


「シッ!」


 そしてダークネスカイザーは走りながら俺に向けて指さしをしてきた。


 あの指さしは何かしらのスキルを発動するための動作ではない。

 だったらあれは一体――


「!?」


 敵の挙動に気を取られていた俺はここで3度目の驚愕に見舞われる。


 防御に徹しようとふんばりを利かせていた俺の足が……突然スリップした。


 何が起きたのかわからない。

 わかったことといえば、足の裏にあるはずの地面がいきなり氷のようにツルっと滑ったということだけだ。

 それはまるで足の裏と地面の間にある摩擦がゼロになったかのごとく――


「シィッ!!!」


 ダークネスカイザーの攻撃が俺に迫る。

 けれど俺は完全に体勢を崩しており、まともに攻撃を受けられる状態ではない。


 なので、俺は苦渋の選択として、あえて自分の体を仰向けに倒した。


 ここは仕切り直しだ。

 スリーダウンで負けというルールもあったりするのだが、一度ダウンしてしまえば審判がストップをかけてくる。

 俺は敵からの攻撃を避けながらも仕切り直しを狙って倒れるという選択肢を取った。


「…………っ」


 だが、ここで俺の身に悪寒が走る。

 敵の攻撃はここで止まらない、と俺は直感で認識した。


 目の前にいる男は剣を空振らせた後にポケットから小瓶を取り出す。



 男はその小瓶を俺めがけて投げつけようと腕を――






「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」


 俺は異能を使い・・・・・、瞬時にダークネスカイザーの足を取って転ばせた。

 そうしないといけないという衝動に駆られて、つい異能が発動してしまった。


 腕に巻かれていたアビリティジャマーが破損し、地面に落ちる。

 これによって俺のルール違反は明確なものとなった。


 しかし俺はそれ以上に、この男が手に持っている小瓶の正体が気にかかった。

 もう沈黙の状態異常が解けているのを確認した俺は、審判に向かって声を出す。


「審判……この小瓶はこの大会で使用が認められているアイテムか?」

「え? …………な、なんだこれは」


 俺たちに近づいてきた審判はダークネスカイザーの傍に転がっている小瓶を手に取ると、目を見開いて驚いたというような表情を作り出した。


「あーらら、負けちった。この続きはまた今後しようぜ、≪ビルドエラー≫」

「! き、君! 待ちなさい!」


 するとダークネスカイザーは負けたと言って闘技フィールドの外へと走り出した。

 それを見た俺は呆気にとられ、また審判は慌てながらも声をかけようとしていた。


 だがダークネスカイザーは審判の言葉を無視し、会場の外へと駆けていったのだった。


 ……なんだったんだ、あいつは。

 俺はそう思いながらも審判の方を向いて、先ほどの疑問を解消するべく問いかける。


「で、その小瓶の中身は一体?」

「……エリクサーだ。我々調査員でも滅多にお目にかかれない回復剤なのに……どうして高校生が……?」

「…………」


 エリクサー。

 つまり回復剤の最高峰に位置する超高級アイテムだ。


 それをあいつはあの場で俺にぶち当てようとしてきた。

 死霊装備を着こんだ、回復が弱点である俺に向かって。






 こうして俺は2回戦を突破した。

 異能を使ってしまったために、反則負けを取られてしまうと思っていたものの、相手の方が先に反則を行ったということで、判定により俺が勝ち進むこととなった。

 まあ相手は会場から逃げちゃったわけで、そうなると俺の勝ちにするほかないわけだったというのもあるのだろう。


 ちなみに、俺が異能を使って早くなったとは観客に思われていないようだ。

 俺のステ振りは初期にVITへ全振りしたということ以外不明であるため、今はAGIに大きく振ったのではという誤解を生んでくれたようだ。

 そういう勘違いをしてくれるなら俺の方も楽なので訂正はしない。


 そして、俺の対戦相手であったダークネスカイザーは、会場のとある小部屋で拘束されているところを職員が発見した。

 なんでも、「一回戦に出ようとしていたら突然何者かに襲われた」と言うのだ。


 ということは、さっきまで俺と戦っていた奴はダークネスカイザーではなかったということになる。


 二回戦第一試合をなんとか突破することができたものの、いくつかの謎がそこに残ったのだった。

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