早川先生と進藤先生
職員室で早川先生と話をしていると、そこに突然マーニャンが現れた。
「知ってどうするも何もないだろ、これは」
俺はマーニャンが先ほど言ったことへの答えを口にした。
知ってどうするとか、そういう話ではない。
早川先生たちはサクヤを止めなかった。
これは一種の職務怠慢と罵られてしかるべきだろうからな。
「あー、なんつーかさ、あんまあたしらに期待とかすんじゃねーぞ?」
「何?」
しかしマーニャンは俺の心情をよそにして、頭をポリポリ掻きながら話を続ける。
「あたしらの最大目的はアースの解明であってガキの子守りじゃないんだわ。だから必要そうならお前らを犠牲にすることも厭わない」
「…………もう少し詳しく教えろ」
「お前も薄々感づいてたんじゃねーの? あたしらがサクヤっつープレイヤーを餌にして敵を釣ろうとしてたのは」
「…………」
敵。
それはつまり、俺たちがかつて迷宮内部で会った空間転移の異能らしきものを扱える覆面男とかのことを言っているのだろう。
「……迷宮内を警備しているって奴をよく見かけるのもそのためか」
「当たりだ。開発局直属で派遣されたあいつらは特にサクヤを監視していた。『最近迷宮内を1人でレべリングするプレイヤーがいる』って情報を流せば、ちょっかいかけてくる奴がもしかしたら出てくるんじゃないかってことでなー」
「へえ……」
なかなか酷いことを考える。
つまりサクヤは本人の知らぬ間に囮として使われていたということだ。
胸糞悪い話だが、それなら俺がいなくてもサクヤの安全はそこそこ保障されていたということか。
けれどサクヤを止めず、あまつさえ囮に使っていたというのは腹が立つ。
しかもそれを教師陣が容認していたのは許しがたい。
「だから言ってるじゃんかよー。あたしらに期待はするなって」
「……はぁ、わかったよ。これからはそうする」
しかし教師だとかそういうことを考えなければ、こいつらの選択はある意味当然のことだとも思える。
MPKを行うあの覆面男は何としても排除すべき存在だからな。
「だけど迷宮内であの覆面に出くわすことは多分もうねーよ。確信はできねーけど、あいつも他の空間干渉系異能者の弱点を持ってるっぽいからなー」
「弱点?」
「空間転移を含めた空間干渉系の異能はかなりシビアな条件をクリアして発動するんだ。そのシビアな条件の一つに、『転移前、もしくは転移後の空間は異能を使用するうえで最適な環境であること』っつーのがあるんだが、迷宮内部に微弱性能のアビリティジャマーをばらまくことで、空間干渉系異能者の異能を自由に使えなくしてんだ」
そうなのか。
俺もここ数日、迷宮内で異能を使用すると若干の不快感があったんだが、アビリティジャマーが原因だったか。
そんな対策をすることで空間転移をする異能者を封殺することができるということは初めて知った。
まあ異能についてそこまで詳しいわけじゃないから知らなくても当然なんだけど。
「まだ断定はできねーけど、少なくともお前たちとの一件以来、被害者らしい被害者も出てねーから成果は出てると思うぞ」
「ならいいんだけどな」
安全に迷宮攻略が行えるというなら俺としては大歓迎だ。
できることならこのまま被害者が出ないことを望む。
「……で、だ。お前さ、最近そのサクヤって子とつき合い始めたんだって?」
「ぶっ! な、なんだって!」
「…………」
どこからその情報を仕入れてきたのか知らないが、マーニャンは俺がサクヤとつき合っていることを確認してきた。
また、早川先生はそれを聞いた瞬間、驚いたというような表情をこちらに向けてくる。
「一之瀬君……前にも言ったが、高校生という未熟な年頃の君たちが不純異性交遊をすることはできるだけ慎むべきだと私は思うのだが?」
「そう言われましてもね……」
相変わらず早川先生の発想は前時代的だ。
きっと早川先生は学生時代に彼氏がいなかったタイプの人なんだろう。
美人なのに勿体ないな。
「まーまー、別にいいじゃねーの。そんな姿勢ばっかとってっと処女だってばれるぞ」
「!? し、進藤! お前はいきなり何を言い出す! 違うからな一之瀬君! 私はしょ……などではないからな」
もうだめだろこの人。
嘘をつくのがとんでもなく下手だ。
そんな顔を真っ赤にして必死に否定されたら「私は処女です」って言ってるようなもんじゃないか。
前時代的な発想といい、早川先生はまず間違いなく処女だな。
「聞いているのか! 一之瀬君!」
「き、聞いてますよ。ちゃんとわかってますから」
「……そうか、それならいい」
「はい」
わかってるという意味が俺と早川先生ですれ違っているが、まあ問題ないだろう。
マーニャンが早川先生の後ろで笑ってるが、あいつに関しては気にしない。
どうせ俺が今思ったことなんて全部筒抜けなんだろうからな。
「まあ愛が処女かどうかなんてどうでもいいよな」
愛、とは確か早川先生の名前だったか。
凛とした佇まいをしているわりに可愛らしい名前なんだよな。
激しくどうでもいいが。
「それよりお前たちの関係についてをよく知りたいな、あたしは」
「俺たちの?」
「そうだよ。ぶっちゃけヤッたん? なんかアースの宿屋で同じ部屋から出てくるのを見たって生徒がいるんだが」
「いや……ヤッたかというのが何を表してるのか知らないけどヤッてねえよ」
確かにサクヤとは同じ部屋で寝泊まりしたが、疾しいことなんて何一つしちゃいない。
その点については嘘などついていないので、俺はマーニャンの目をしっかりと見つめた。
「ふーん、そっか。でもそういうことしてっと周りは邪推すっから、今後は人目を気にして行動しろよ。ただでさえお前の評判は最悪なんだからな」
「う……わ、わかった」
耳が痛いな。
マーニャンの言っていることは至極正論だ。
俺たちが特に何もしていなくとも、状況証拠だけで周りの連中は何かしてたんじゃないかと思ってしまう。
もうすこし自分の行動を客観的に見られるよう気を付けていかないとだな。
「というわけだから愛もそんな怖い顔すんなよ。恋人ができたっつってもこいつらはまだ新品なんだから」
「べ、別に私はそんなことを気にしていたわけではなくてだな、あくまで教職に就く身として生徒たちが不健全な行動に走っているのではないかと憂慮して――」
「あーはいはい。生徒に先越されたくないのは十分わかってっから。だけどこうなったのは『お前もいい加減そろそろ男作れ』っつう大学時代から言ってきたあたしのありがたーい助言をお前が散々無視したからだかんな?」
「だから違うと言っているだろう!」
マーニャンの酷いおちょくりに早川先生が珍しく怒っていた。
俺はマーニャンのディスりに慣れてるからどうも思わないが、早川先生は割と素直に怒るんだな。
内容が内容だけにってところもあるんだろうけど。
でもここで喧嘩を始められてもって感じだ。
話が脱線しまくってるから俺もう退室していいかな。
「早川先生が俺たちを妬んでいようがどうでもいいですし、そろそろ寮の方に戻りますね」
「!? いやいや、私は君たちを妬んでいるわけではないぞ! 私は本当に教師として君たちを案じて――」
「彼氏いない歴イコール年齢の24歳女教師がなんか言い訳してるぞ」
「進藤うううううううううう!!!!!」
……早川先生はマーニャンと取っ組み合いを始めた、
仲が良いんだか悪いんだかよくわからないなこの人らは。
というか一応ここ職員室なんだからもう少し静かにしろよ。
周りの教師もこっち見てるぞ。
教師が何騒いでんだよ。
その後早川先生とマーニャンのキャットファイトは教頭先生の出現によって止められ、お説教タイムが始まることとなった。
教頭先生に叱られる早川先生とマーニャンに向けて軽く頭を下げつつ俺は「早川先生に早くイイヒトができますように」とささやかな祈りを捧げ、いそいそと職員室から退室する。
こうして俺は地球人≪プレイヤー≫主催の決闘大会中高生部門へと出場することが決まった。
「へえ、それじゃあ一之瀬君も大会に出場することに決まったんだねっ!」
「そういうことだ」
午後の時間をサク……桜と過ごした俺は、夕食を取りに食堂へとやってきた。
そこで俺は久しぶりに桜、ミナ、弦義、真衣の4人と一緒に卓を囲み、決闘大会へ出場することを報告していた。
「一之瀬君が出るっていうなら僕たちも一層気合を入れないとだね」
「うんっ、そうだねっ」
弦義と真衣は俺と戦うことを想像してか、顔に笑みを浮かばせている。
こいつらと戦う場合も氷室同様油断はできない。
俺の方も気を引き締めていかないとだな。
「桜とミナはどうするんだ?」
「私は参加するわよ。こういう力試しの場はあって悪いものじゃないと思うし」
「うーん……私はやめとくよ。元々レべリング優先で大会には出る気なかったし、今回は応援する側ということで」
弦義と真衣が出場することを聞いた俺が桜とミナの方にも話を向けると、ミナは参加で桜は不参加という答えを返してきた。
「桜は出ないの?」
「うん。だって今回の私は賞品役だもん」
「?」
ミナは桜の言葉の意味がよくわからないようで首を傾げている。
まあこれは俺と桜にしか伝わらない話だからな。
「真くんは大会で優勝したら勝利の女神から口づけが欲しいんだって!」
「へ、へー……」
「それは……うん……ごちそうさま」
「お、お熱いねお二人さんっ!」
と思っていたら桜は赤らめた頬に手を添えながら俺たちの約束を暴露した。
いや、いいんだけど。
いいんだけどちょっとみんなに話すのは恥ずかしい。
勝利の女神の口づけとか変な言い回しをしたその時の俺をぶん殴ってやりたいわ。
ベッドの枕に顔うずめて手足バタバタさせたいわ。
「ま、まあな……」
だが俺はそんな恥ずかしさを押し殺してみんなに苦笑いを浮かべる。
もうバカップル認定でも何でもしてくれ。
「……ま、桜が出場しない理由はわかったわ。そういうことなら応援頑張りなさい」
「うん! でも真くんだけじゃなくてみんなの応援もちゃんと頑張るよ!」
「ありがとう、日影さん」
「ありがとねっ」
しかしここにいる連中は全員心がおおらかであったようだ。
俺たちの約束を知っても苦笑を浮かべるだけにとどめている。
氷室とかだったらまず間違いなく「チッ」とか舌打ちして忌々しいものを見る目でも向けてきただろうに。
「だけど一番応援するのは勿論真くんだから!」
そして桜は俺の方を向き、両手を組んで満面の笑顔を浮かべた。
シンではなく普通に真と呼ばれていることにこそばゆさを感じつつ俺も彼女を見つめる。
「絶対優勝してね! 真くん!」
「ああ、わかってる……桜」
言われるまでもない。
どんなハンデを背負おうとも、どんな敵が立ちふさがろうと、俺は桜のために優勝してみせる。
そんな決意を秘めつつ俺はその後もみんなと食事をとったのだった。