ご褒美
「で、シンくんは決闘大会に出場するの?」
「どうするかな。今はまだわからない」
【Noah's Ark】のサブマスターであるというクロードとその取り巻きが去ったところでサクヤは俺に問いかけてきた。
思ってみればサクヤはさっき全然話さなかったな。
知り合いであるなら少しくらい話しても良さそうなもんだが。
「サクヤから見てあのクロードって奴はどうなんだ?」
とりあえず俺はサクヤからの問いを保留にしてクロードとの関係を探った。
俺がいない間に多少なりとも人間関係が変わっているだろうというのは想像に難くない。
けれど男がサクヤに言い寄ってきていたというのは初耳で、ちょっと気になるからな。
なんだかんだで俺にもサクヤの彼氏であるという自覚があるってことなんだろう。
「さあ、私は知らないよ。確かにあの人にはよく話しかけられたけど、いつも無視してたし」
「そうなのか?」
「うん。だって明らかに私を女として見てたんだもん。私はシンくん以外の男の人にはそういう目で見られたくないし触られたくないから、今まで何も話さず逃げ回ってたんだ」
「へ、へえ」
さ、流石はサクヤだ。
つまり俺以外の男とは一切の接触をしていないということか。
かつて同じパーティーを組んでいたユミとも全然話さなかったし、その辺りは本当に徹底しているな。
「こうすればシンくんは私が浮気する心配もしないでしょ? 私はいつまでもシンくん一筋でい続けるからね」
「ま、まあ浮気をしないっていう心構えは嬉しく思うぞ」
今ではもうサクヤが他の男とくっつくなんて考えられない。
だからサクヤがもし浮気したら俺は泣くかもしれない。
なので彼女の配慮は過剰すぎるとはいえ、俺に安心感を与えてくれる。
「……なら俺も今後は他の女の子と接触するのは控えるか」
サクヤの病的とさえ言えるその行動を再確認した俺は彼女に合わせるべきかと思ってそう口にした。
「あ、でもシンくんは私にそんな気を遣わなくていいからね。シンくん以外の男の人と話さないのは単に私がそうしたいってだけだから」
「いや、でもな……」
「それに……もしシンくんが他の女の子……フィルちゃんとかクレールさんとかを好きになってても……私は気にしないから……」
「…………」
サクヤの言葉を聞いて俺は口をつぐんでしまった。
他の女の子を好きになっても気にしない。
すなわちサクヤは俺が浮気しても気にしないと言っているのだろう。
多分サクヤは長い間、俺がフィルたちと一緒に行動していたことで何かしらの感情を抱いているかもしれないと思っているのだろう。
フィルもクレールも俺を好きだと言ってくれているのをサクヤは知っているわけだし、俺がそんな彼女たちへと揺らがないという保証なんてない。
だがサクヤはそれを許すと言っている。
しかし……
「……サクヤ。今の俺はお前と付き合ってるんだ。だからお前以外の女の子に目を向けたりなんてしない」
「で、でも……」
「でもじゃないだろ。俺はハーレムを作る気なんてないぞ」
どうもサクヤは変なところで俺に気を使いすぎている節がある。
普段は人のプライベートな部分を平気で浸食するのに、俺のやることにはほとんど口をだしてこない。
それはそれで俺の意思を尊重してくれているということだから嬉しいんだけど、今回みたいな場合には不適切だろう。
「というか、俺はどっちかっていうと純愛主義だ。だから俺はこれからサクヤだけを好きでい続けたいと思ってる。それはお前にとって嫌なことか?」
「! ううん! 全然! むしろ私にとってはすごく嬉しいことだよ!」
「そっか。なら俺は浮気なんてしない」
サクヤは俺が他の女の子に目を向けて何も思わないわけではない。
俺に本心を隠しているだけで、内心ではよく思っていなかっただろう。
ミーミル大陸からウルズ大陸へ帰還した時、サクヤはフィルが俺に気があることを隠さなかったのを見て動揺していた様子だったが、おそらくはあれがサクヤの本心だったんだろう。
しかもあれは俺のレベルを考えるとフィルとクレールしかパーティーに入れられなかった頃の話だ。
今も俺とサクヤのレベル差は結構あるものの、まあギリギリ許容できる差であると言える。
けれどあの頃、サクヤは俺とパーティーを組めないと判断し、とても歯がゆい思いを抱いていたことだろう。
だからサクヤは自分のいないところで俺とフィルたち関係が進展しかねないとか考えて、あんな態度を取っていたのだと思える。
なら俺はサクヤに甘えすぎるのもよくないだろう。
彼女の好意に甘えて彼女を傷つけてしまうような彼氏に俺はなりたくないからな。
「つ、つまりシンくんは私だけを愛してくれる……と?」
「あ、ああ、まあそういうことだ」
愛するだなんて言うと気恥ずかしいが、サクヤの確認するような問いかけに俺は頷き声を返した。
「わ、私はシンくんが私のことも忘れずに愛してくれるなら他の女の子と何をしても怒らないよ?」
「だけどサクヤ自身は嫌だと思うだろ?」
「う、うん……まあ……多分……」
なんだかんだでサクヤも俺同様に独占欲が強いと思う。
だったらやっぱり俺は他の女の子との接触は自粛すべきだ。
「朝はミナたちに言ったけど、フィルやクレールにも今度会ったらちゃんと言うからな。俺とサクヤが付き合ってるって」
「シンくん……」
サクヤは俺の言葉を聞くと頬を緩ませ、俺の手をそっと握ってきた。
「これからもよろしくね、シンくん」
「よろしく、サクヤ」
そして俺たちは指を絡ませあった。
こういう風に手を繋ぐだけで嬉しいと思ってしまう俺はもうサクヤにゾッコンなのだろう。
「……あ、いいこと思いついた」
「? 何を思いついたの?」
「サクヤ。これは今度開かれる大会に俺が出場した場合の話なんだが、そこで優勝したらご褒美をもらえないか?」
「ご褒美?」
「そうだ」
サクヤの手を握りしめながら、恥ずかしくて悶えそうになるのを我慢しつつ俺はそのセリフを口にする。
「俺が優勝したら、勝利の女神の口づけが欲しい」
「く、く、く、口づけ? つ、つ、つまり……?」
「……サクヤとキスしたいって言ってるんだ」
言わせんな馬鹿ヤロウと言葉を続けそうになるが、ここでは真剣さを前に押し出すべく俺はサクヤの目を見つめる。
……なんか言った途端ものすごく恥ずかしくなってきた。
大丈夫だよな?
引かれてないよな?
「なにそれシンくんキモい」とか思われたりしてないよな?
ちょっと不安になってきた。
「……駄目か?」
「いや!? いやいやいや全然!? 全然ダメじゃないよ!? むしろ良いよ!」
「……そっか」
よかった。
どうやら引かれてはいないようだ。
まあ流石のサクヤさんならここでドン引きするということはないだろうとも薄々思ってたけど。
「というか今すぐでもいいよ! 私はいつでも準備オッケーだよ!」
「それじゃあ普通だろ? 俺はサクヤと良い思い出になるようなキスがしたいんだ」
ここで普通にキスをしても、それはそれで甘酸っぱい思い出として残るだろう。
でも何らかの大会で優勝したそのご褒美にキスしてもらうというのは、なかなかロマンがあると言えるのではないだろうか。
「へ、へぇ……そ、そうなんだ……シンくんは私とそういうキスがしたいんだ……ぇへへ……」
「…………」
サクヤの朱に染まった顔はニヤけており、俺の意見に賛成してくれるっぽい雰囲気だ。
こいつはキスをするという予定を立てただけでここまで喜ぶのか。
まあ俺も内心ではワクワクしてるわけだけど。
「い、いいよ。シンくんがしてほしいって言うならしてあげる」
「そっか。ありがとうな、サクヤ」
「ううん、こちらこそ……」
「…………」
なんというか、サクヤの目を見ていると飢えた獣が獲物を見つけて舌舐めずりをしているイメージが頭に浮かんできた。
優勝した俺へのご褒美とは言ったものの、サクヤにとっては「むしろ私のご褒美です」という感じなんだろう。
なんか優勝した途端に食べられてしまいそうだ。
キスだけで止まるよね? 大丈夫だよね?
「あ、あー……そ、そういえば、さっきクロードが言ってた≪機械人形≫っていうのはどういう意味なんだ? あれってサクヤのあだ名みたいなものなんだろ?」
俺はサクヤの熱い視線を受けながらも話を変えるべくそんな話題を振った。
これはさっきの話で俺が気になっていた内容だ。
ミナの≪流星≫は悪い意味なんて込められてなさそうだが、サクヤの呼び名であるらしい≪機械人形≫は俺の≪ビルドエラー≫同様にマイナスの意味合いが込められているような気がする。
「それは別に大した理由じゃないよ。単に地下迷宮30階層のレイドボス戦で撃った私の魔法が的確だったからって理由だけ」
「あれ、そうなのか?」
「うん。あといつも無表情のまま魔法を撃ってたから『なんか機械みたい』ってことでそう呼ばれだしたの」
「ふーん……」
そういえば、俺の前だとそうでもないけどサクヤは基本無表情なんだよな。
無表情を保ったまま作業のごとく正確な魔法を撃ってたらそんなあだ名も付くか。
なら安心だ。
もしかして俺がいない間にサクヤがいじめられてるんじゃないかと思って心配したけど、どうやらそんなこともなかったようだ。
まあこの辺はミナたちが一緒にいたわけだから、元々心配する必要もないことだが。
そんなことを話しながら俺たちはおやつタイムを終え、その後も行き当たりばったりのデートを行った。
正直、こんな計画性のないデートをして良かったのかと思ったりしたが、デートの最後に満面の笑みを浮かべたサクヤが「今日はとっても楽しかったよ!」と言っていたので良かったんだろう。
俺の方も楽しかったし。
そして俺たちはその日の夜にウルズの泉へ再び赴いてログアウトし、ちょっとした健康診断を受けて夕食と風呂を取った後に就寝した。
翌日は土曜日だから次にアースへ行くのは二日後の月曜日だ。
月曜日は決闘大会があるので、俺もそれに参加してもいいかどうか早川先生に聞くとしよう。
俺はそう思いながらベッドの中で目を閉じ、土曜日にある必須授業『体育』に向けて体力を温存するべく眠りについたのだった。