Noah's Ark
俺はクロードという男から決闘を申し込まれた。
「…………?」
突然俺たちの席に近づいてきたこの男の顔に見覚えはない。
サクヤの知り合いではあるみたいだが。
一応、≪ビルドエラー≫というのは俺のことを指しているから、クロードは俺のことを認知しているようだ。
だがいきなり決闘を申し込まれるなんて意味が分からない。
しかもサクヤの目を覚まさせるためにとか、まったくもって意味不明だ。
「あー……とりあえずクロードって言ったか? お前はサクヤの知り合いなんだな?」
「フッ、やれやれ……先輩に対する口の利き方じゃないな……まあいいけど」
クロードという男は俺の態度を見て軽くため息をつき、頭に片手を添えて首を振った。
なんか一つ一つの動作がキザったらしいな。
俺の苦手なタイプだ。
「そうさ僕はサクヤさんとは既知の仲だ。戦友、と言った方が正しいかな?」
「戦友?」
ということはもしかして……
「……お前も地下迷宮30階層のレイドボス戦に参加していたとかか?」
「その通り。僕はレイドボス戦で参加した3ギルドのうちの1つ、【Noah's Ark】のサブマスターをしているよ」
「へぇ……」
Noah's Ark。
つまりはノアの方舟だな。
どんな意味を込めてそんなギルド名をつけたんだろうか、ってそのギルド名を前に聞いたときは思ったが、単にギルドマスターのキャラネームが『ノア』だからってだけらしい。
ちなみにレイドボス戦に参加した主な3ギルドの残り2つは、国立異能開発大学付属第二高等学校の初代生徒会長にして龍宮寺校長の孫であるという龍宮寺咢が率いる3年生ギルド【黒龍団】と、1年生が主軸となっている【流星会】だ。
1年、2年、3年で綺麗に分かれている感じだな。
「だからサクヤのことも知っているってわけか」
「まあね。だがレイドボス戦で共に戦わずとも、【流星会】の二枚看板である≪流星≫のミナさんと≪機械人形≫のサクヤさんは僕たちの世代でも特に有名だから、いずれ知ることとなっていただろう。≪ビルドエラー≫同様、ね」
……機械人形?
なんだそれ。
ミナの≪流星≫はそう呼ばれるようになった由来が俺にはなんとなくわかる。
しかし≪機械人形≫というのはよくわからない。
あんまり良い響きじゃないな。
≪ビルドエラー≫も結構ネガティブなイメージなんだけどさ。
「……まあいい。それで? どうしてお前はいきなり俺に決闘をしようだなんて言い出したんだ?」
とはいえ、ここで問うべきはあだ名ではない。
この男がどういう目的で俺たちに近づいたかが問題なんだ。
「聞くところによると、君はサクヤさんから随分と好かれているそうじゃないか?」
「ああ、そうだな」
この辺りは事実なので俺は首を縦に振る。
厳密に言うと今は好かれているじゃなくて好き合っているという方が正しいけど。
「しかし君はサクヤさんを放っておいて、中学生や小学生といった年代の少女たちと戯れているとも聞く」
「う…………」
これについては苦笑いを浮かべることしかできない。
実際、俺はついこの間までフィルやクレール、ガルディア、それに少しの間ではあったがロリ形態の火焔と一緒に始まりの町でよく行動していた。
なので≪ビルドエラー≫が年下の女の子たちばかりと最近つるんでいる、というような話が出回っていてもおかしくはない。
戯れるなんて言い方には語弊を感じるけど。
というか俺ってそんな情報が飛び交うほど有名なのか。
迂闊なことはできないなホント。
「……でもそれがどうしたっていうんだ。お前には関係ないだろう?」
「いいや、関係はあるね。なぜなら僕は君に底知れない嫉妬の感情を抱いているのだから」
「は? 嫉妬?」
なんだコイツ。
もしかして小さな女の子たちとキャッキャウフフしたいっていう変態か?
だとしたら善良なる一般人としてコイツを通報する必要があるな。
「君はサクヤさんの愛を一身に受けているにも関わらず他の少女たちにうつつを抜かしている。サクヤさんを愛する身として僕は君を許せそうにない」
「あ、そっちか」
「……今、何かとても失礼なことを考えていなかったかな?」
「いや、全然」
なんだ。
コイツの目的はフィルたちじゃなくてサクヤの方か。
そういえばサクヤ云々で決闘しろってこいつは言ってたんだよな。
話の流れでついつい早とちりしてしまった。
「それじゃあお前はサクヤに惚れてるってことでいいのか?」
「ああ、そういうことだとも」
「ふぅん」
サクヤに惚れてる、か。
なんだかんだいってサクヤもかなりの美少女だしな。
時折突拍子もない行動をとることがあるけど、そんなサクヤを知らない男が彼女に惚れても不思議じゃあない。
まあ俺はその突拍子もないところも受け入れられるようになったわけだが。
「でもいきなり決闘をしろだなんて物騒だな。それにもし俺に勝ってもサクヤがお前のことを好きになる可能性は多分ないぞ」
とりあえず俺は決闘を行う意義についてをクロードに諭した。
「そうかもしれないな。けれどサクヤさんには気づいてほしいのさ。サクヤさんが心酔している男なんて取るに足らない路傍の石なのだということを」
「何?」
今ナチュラルに喧嘩を売られたな。
そっちがその気なら俺も出るとこ出るぞ。
「売られた喧嘩は買う主義だ。決闘がしたいっていうなら付き合ってやる」
「それは嬉しいね。しかし僕はこの場で今すぐ決闘をするだなんて言っていない。早とちりはよしてくれ」
俺が決闘に乗るという意思を見せるとクロードは軽くため息をつきながら首を振る。
うん。
やっぱこいつは俺の嫌いなタイプだ。
「……だったらどこで戦う? 広場か? 町の外か?」
だが俺はそんな嫌悪感を表に出すこともそこそこにして、決闘をどこでするのかについて訊ねた。
「僕と君が戦うのにおあつらえの舞台がある。決闘はアース時間で2ヵ月後に行われる予定の『地球人限定決闘大会』の中高校生部門において行おうじゃないか」
「決闘大会か……」
『地球人限定決闘大会』とは地球人のみが参加できる大会であり、トーナメント形式で決闘を行って一番強い者を決めるというものらしい。
この大会は地球時間で3ヵ月に一度、つまりアース時間でいうと6年に一度行われている。
前回は大学生以上の地球人≪プレイヤー≫しかアースにいなかったが今回は中高生もいるということで、新たに中高生部門が設立された。
だけど俺はこの大会に出場する気が無かったので完全にスルーしていた。
元々この大会で活躍するのは剣士職や魔術師職、それに騎士職や武道家職などで、僧侶職や趣味人職、それに持ち物制限がされてモンスターの使用が禁止されてしまう調教師職などが生き残ることはない。
俺の場合はダメージヒールがあるから僧侶職でも問題なく戦えるけど、これは基本口外禁止ということで無暗に人前で使わない方が良いということが早川先生との話し合いで決まっている。
数人程度にダメージヒールを見られる程度ならとやかく言われることもない。
しかし大会という人目に晒されやすい場でダメージヒールを使うのはどうしても躊躇われる。
ゆえに俺は無理をして大会に参加するのは控えようと思っていたというわけだ。
それに俺のレベルじゃ――
「噂によると君のレベルはもう60を超えているそうだね? もしかしてその点を懸念して大会には出場しないとか、そんなことを考えていたりするのかな?」
「…………」
なかなか鋭いな。
クロードは俺が大会に出ない理由の半分を当ててきた。
「だったらその心配は無用だ。つい先日、決闘大会のルールが公表されたんだが、それによるとレベル差が大きいプレイやー同士が対戦する際にはそれ相応のハンディキャップを課すそうだから」
ハンディキャップか。
それで30レベル分を埋めることができるなら俺が参加してもそこまでバランスブレイカーにならない、か?
後で早川先生あたりに相談してみよう。
「まあ、たとえ君が高いレベルであっても僕たちは負けるつもりなんてないけれど?」
「……ん? 僕たち?」
クロードの言葉に引っ掛かりを覚えた俺は聞き返す。
「!?」
するとクロードの背後に突然複数の人間が現れた。
さっきまでは誰もいなかったはずなのに、いったいどんな手品を使ったんだ?
「フッ、随分と驚いた様子だね。僕の後ろにいる彼女たちは今までずっとそこにいたというのに」
「何?」
どういうことだ?
もしかしてこれは異能によるものか?
俺はクロードの言葉の意味がよくわからずに首をひねる。
そしてそんな俺の目の前に4人の女性が立った。
「俺の拳は岩をも砕く! ≪鉄腕≫のカンナとは俺のことだ!」
「人呼んで≪炎獄≫の紅。あたいに触れると火傷するよ」
「皆からは≪知将≫のアキと呼ばれております。以後お見知りおきを」
「……≪シークレット≫のナナシ」
その地球人≪プレイヤー≫たちは俺へ向けて次々に自己紹介を始めた。
全員二つ名的なあだ名がついてんのかよ。
≪ビルドエラー≫なんて呼ばれている俺が言うのもなんだが、恥ずかしいとか思ったりしないのか。
しかもそんな一辺に言われても覚えきれない。
とはいっても俺の網膜にはこいつらのキャラネームが表示されているから問題ないな。
クロードの取り巻き集団とでも覚えておこう。
「そして≪神に愛されし男≫の異名を持つこの僕を含めた計五人が【Noah's Ark】から決闘大会に出場することとなっている」
か、神に愛されし男……
そのあだ名はちょっともうイジメの領域じゃないか?
みんなからそんなあだ名で呼ばれてたりするの?
「あ、≪神に愛されし男≫さんチィーッス」とか言われたりするの?
「……今、何かとてつもなく失礼なことを考えていなかったかな?」
「いや、全然」
クロードの訝しむような視線を受けて俺は首を振った。
「……とにかくだ。僕と君の決闘は今度開かれる決闘大会で行おう。もっとも、君が僕と当たるまで本戦を勝ち進んでこれたらという話になるけどね?」
「ふぅん。まあ、わかった」
大会に出場するかどうかはまだわからないが、とりあえずここで俺たちに話しかけてきた要件は済んだということでお引き取りを願う。
さっきからサクヤは黙り込んでるし、こいつらはデートの邪魔だ。
「ならまた今度会おう。だからそろそろどっか行ってくれ」
「……フッ、君は本当に礼儀知らずだな」
俺のいい加減な態度を見たからか眉をピクピクさせているクロードは四人の女性を連れてオープンテラスから離れていった。
もしかしてあいつら五人で一つのパーティーを組んでいるんだろうか。
だとしたらハーレムパーティーだな。
人のことを言えたものでもないが、ハーレムパーティーとか見ると爆発しろと言いたくなってしまう。
キザったらしい言動も相俟ってますます気に入らない。
「今、何か凄まじく失礼なことを考えていなかったかな!?」
「考えてねえよ! 何度もいちいち訊ねるなハーレムヤロウ!」
「ハーレムヤロウ!?」
遠くから大声を出すクロードに向けて俺は怒鳴り返した。
こうして俺はクロードという男から決闘大会に出場するよう勧められたのだった。
でも別に出なくていいよねって感じなんだが、さてどうするか……




