デートと新たな波乱
「ごめーん。待たせちゃった?」
「いいや、俺も今来たところだ」
「そう? 良かったぁ」
俺とサクヤはウルズの泉前にてデートのお約束台詞を交わしていた。
一緒に宿からここまで来たわけで待ったも何もないが、サクヤがどうしてもやりたいということで俺もそれに付き合うことにしたのだ。
サクヤが泉をぐるっと一周してデートに遅れてきた彼女、俺は謝る彼女を微笑み交じりに許す彼氏役、という内容である。
ぶっちゃけ茶番もいいところだが、実際にやってみるとこれがまた楽しい。
非常に頭の悪いバカップル的行動であると自覚しているものの、テンションがすごい上がる。
少し前までの俺だったら考えられない行動だ。
「それじゃあまずどこ行こっか。私はシンくんが行きたいところならどこにだってついていくよ」
「別にサクヤの行きたい場所でも構わないぞ?」
「でもこういうのって男の子がリードしたほうが良いんでしょ?」
「まあ、そうらしいけどさ」
俺とサクヤはお互いに今回が初めてのデートだ。
なのでどうしても手さぐり感が否めない。
実のところ、何かヘマをしないか内心ビクビクしている。
デートの時って男が車道側を歩くんだっけ。
あ、そもそもアースに車なかった。
ベンチに座る時はハンカチを敷いて彼女を気遣うんだっけ。
あ、俺ハンカチ持ってなかった。
もうだめじゃん俺。
あんまりデートだと意識しすぎないほうが良いのかもしれないな。
「……とりあえずに『かすていら』に行ってみないか?」
「うん! 甘いものだったら私も大好きだよ! 早速いこっか!」
何の計画性もない突発的なデートであるため行き先も決めていない。
そんな俺たちが行こうとしたのはユミ達から勧められた店だった。
洋菓子店『かすていら』は最近始まりの町『ミレイユ』内にできた地球人経営の店らしく、洋菓子店(店名がカステラなのに洋菓子かよ)と銘打っておきながら和菓子や南蛮菓子等も売っている甘ければ何でもアリなところだ。
元々アースには洋菓子、和菓子というくくりは無く(当たり前か)、それっぽい菓子やアースでしか見たことのない菓子など色々あったのだが、それらをかつてパティシエだった店長が取り入れて新しい物を作り出そうとしたのがその店の起源なのだとか。
アースに来た地球人にも色々いるんだな。
調査員も以前は別の職種についていたわけだろうけど、パティシエとかまでいるなんて思わなかった。
まあそんなことはどうでもいいか。
甘くて美味しいものが食べられる店があるという認識だけで十分だろう。
こうして俺たちは巷で噂の洋菓子店に行くことにしたのだった。
「な、なんか見慣れない名前ばっかりだね……」
「……お前もそう思うか」
洋菓子店『かすていら』にやってきた俺たちはウエイトレスさんに連れられてオープンテラスの席に着き、テーブルに備え付けられていたメニュー表を見て頭を悩ませていた。
そのメニュー表にはいわゆるスイーツっぽい横文字の名前が書かれているのだが、写真などが付いていないのでお菓子に詳しくない俺にはどんな物なのかよくわからない。
雰囲気を出すための処置なのかもしれないが、名前と値段だけしか書かれていないのは写真という技術がアースに無いせいだろう。
地球人≪プレイヤー≫はアース内において過剰な情報規制を強いているため、そういった技術の伝達も今だに行われていない。
菓子とかそういうのはこうして自由に作っていいんだから、もう少しその辺の融通を利かせてもいいと思うんだけどなぁ。
不便でしょうがない。
「とりあえず無難なのを頼むか……俺はショートケーキとオレンジジュース」
俺はメニュー表最前列に書かれていたメニューを選択した。
ショートケーキ。
これならまあハズレはないだろう。
オレンジジュースも問題ないはず。
「あ、それじゃあ私もシンくんと同じ……いや、私はチョコレートミルクレープとアース・カフェ・ラッテで」
一瞬俺と同じ物を頼みそうな様子だったサクヤは気が変わったのかミルクレープを近くにいた店員に注文した。
ミルクレープってどんなんだったったっけ。
クレープの一種だよな?
メニュー表に書かれているクレームブリュレだとかチュロスだとかよりも聞いたことがあるような名前だから、多分お菓子としては基本的なものなんだと思うけど。
ここで聞いたら恥をかくかもしれないから黙ってよう。
カフェラッテもよくわからん。
「スイーツ楽しみだね、シンくん」
「ああ、そうだな」
俺はサクヤの頼んだお菓子がチョコを巻いたクレープかなにかだろうと思いながら相槌を打った。
「私、何気にこういったお店に入るの初めてなんだよ。なんていうか一人でくるのはハードルが高そうで」
「友達と一緒に行けばよかったんじゃないか?」
「いやあ、私って高校に入学するまではぼっちだったし。一緒に行ってくれる友達もいなかったんだよね」
「そ、そうか」
ちょっと気まずい流れになったな。
まあサクヤはこれまでの言動からコミュ障なんじゃないかとは思ってたりしたけどさ。
でもコミュ障は人のこと言えた義理じゃないか。
異能が主な原因であったとはいえ、俺もネット以外じゃ中学時代ぼっちだったわけで。
「あー……あんまり気にすることないからな? 俺も昔はぼっちだったからサクヤと同類だ」
なので俺はサクヤをフォローすべく自分もぼっちであったと強調した。
「シンくん……えへへ、そうだね。私たちは同類だよね。それにシンくんとずっと一緒ならもうぼっちじゃないよね」
するとサクヤはふにゃっと顔を緩めて俺に笑顔を向けてきた。
また、それと同時に彼女はテーブルに置いていた俺の手に触れて指を絡めてくる。
サクヤが触りに来てくれると俺も嬉しいし、このくらいのいちゃつきなら公衆の面前でやっても許されるだろう。
「ていっていっ!」
そして俺たちは繋いだ手でいつの間にか指相撲を始めていた。
これはベッドの上でやったじゃれあいの一種だが、今のところ俺はサクヤ相手に全戦全勝だ。
サクヤの手は女の子らしく小さいからな。
男である俺の指に勝つことは難しいだろう。
まあ前にフィルとやった時はよく負けたんだが。
こうして俺たちは楽しく暇をつぶし、注文していたスイーツが運ばれてきたところでそれを一旦止めた。
「むぅ、シンくん強すぎ。ちょっとくらい勝たせてくれてもいいのに」
「悪いな。俺は負けず嫌いなんだ。それより早く食おうぜ」
俺はぶーたれているサクヤから視線を下に移し、さっき頼んだショートケーキに目を向けた。
白いクリームと赤いイチゴのコントラストが素晴らしい。
とても無難である。
また、サクヤの頼んだチョコレートミルクレープはチョコの色をしているが俺の想像していた平べったいクレープではなかった。
断面を見た感じ、クレープを何枚も重ねて作ったとかそんなんなんだろう。
だからクレープの一種のはずだ、多分。
カフェラッテの方はモノを見たらこれだったかと心の中で納得した。
小さなコーヒーカップの中にはアースの地図を表現したのか三つ葉のクローバーのような模様がミルクで描かれている。
こういうのってラテアートって言うんだったか。
とするとラテってカフェラッテのことで合ってるよな?
……てどうでもいいわそんなん。
俺は軽く頭を振ってショートケーキの方へ視線を戻した。
「……おぉ、美味いな」
「うん! 美味しいね!」
目の前にあるショートケーキの端をフォークで切り取って口に運ぶ。
口に含んだ瞬間に広がるやわらかな甘さは俺を幸せな気持ちにさせていった。
サクヤの反応も上々だし、ここに来てよかったな。
「ね、ねえ、シンくん」
「ん? どうした、サクヤ」
「えっと……そのぉ……私もショートケーキ食べたいなぁ」
「…………」
そしてしばらくするとサクヤがおねだりをしてきた。
だったら注文すればいいんじゃない?とか野暮なことをいうほど俺も鈍感ではない。
これはつまり、俺の食べているショートケーキを、俺に食べさせてほしいのだろう。
「……しょ、しょうがないな。一口……だけだぞ?」
「う、うん……お願い……」
サクヤが恥じらうように頬を赤らめ、小さなその口をこちらに向けて開いてきた。
それを見た俺は一口サイズのショートケーキが刺さったフォークをそろりそろりとサクヤの口に近づけていく。
「ぅん……んん……」
「……ちょ……っ」
サクヤがショートケーキをパクッと食べた。
だが彼女はフォークからなかなか離れない。
俺はフォークを握る手にやや力を込め、サクヤの口から引き抜いた。
「ん……はぁ……美味しかったぁ……」
「そ、そっか。それは良かったな」
今のはちょっと焦る。
多分彼女は俺のフォークの先端を舐めていたのだろう。
俺の唾液が付着していたであろうそのフォークをサクヤは5秒以上離さなかった。
また、それによって俺のフォークにはサクヤの唾液が多く付着しているはずだ。
別にこういうことをサクヤにされても今の俺は怒ったりしない。
氷室とかにされたらブチ切れるところだったが、恋人にされるのであればじゃれあいの延長線上にあるようなものなので微笑ましくすら感じられる。
でもこんな状態のフォークを使ったら……間接キスになるんじゃないだろうか。
小学生のころは友達とジュースの回し飲みとか普通に行っていた。
なので汚いとかそういうことを俺は思ったりしない。
しかし俺とサクヤはまだキスも済ませていない間柄だ。
いずれするかもしれないけど、それも時と場合をよく考えてしたい。
「それじゃあ……おかえしをあげるね」
「……おかえし?」
フォークを見つめながら俺が今後あるかもしれないアレコレについて思いをはせていると、サクヤは自分の持つフォークでミルクレープを一口分こちらに寄越してきた。
「は、はい……あ、あーん……」
どうやらサクヤは俺にあーんをしてくれるようだ。
彼女の顔は赤く染まり、フォークを持った手が震えている。
もしかしたら恥ずかしがっているのかもしれない。
だったら早く食べてあげないといけないよな。
しょうがないよな。
「ぁー……ん……うん……甘いな」
俺はサクヤのくれたミルクレープを頬張り、率直な感想を述べた。
お菓子のほうもそうなのだが、サクヤに食べさせてもらうというそのシチュエーションも心で甘く感じた。
彼女がいるってこんなに素晴らしいことだったのか。
なんかもうサクヤがいるだけで俺は幸せな気分だ。
前まで愛が重いだとか思っててごめんな。
「俺、サクヤを彼女にできて嬉しいよ」
「え!? や、やだシンくんったらもう! い、いったいどうしちゃったのかな?」
「別に。ただ何となくそう思っただけだ」
本当はサクヤに言うつもりなんてなかったが、俺は今思った自分の本音を包み隠さず告げた。
これでもうお試しだなんだと言ってサクヤに一歩引かせることはできなくなったな。
だけど俺はサクヤになら近づいてもらいたいと思ったんだ。
なら俺がいつまでも心を許さないわけにはいかないさ。
「わ、私もシンくんが彼氏になってくれて本当に嬉しいよ」
「そっか」
「うん」
俺とサクヤはそんな言葉を交わして微笑みあう。
サクヤの顔は赤いが俺も似たようなものだろう。
さっきから顔が熱くて仕方ない。
しかしそれでも悪くないと思える心地よさを覚える。
心が満たされるような感覚だ。
これがリア充というものか。
少し前までの俺なら馬鹿にしていたな。
きっと周りにいる連中も馬鹿にしたい気分だろう。
でも周りからどう思われようともはや何も気にならない。
俺とサクヤはすでに自分たちだけの世界を構築していた。
「おや、そこにいるのはサクヤさんじゃないか?」
が、そんな俺たちに声をかけてくる奴がいた。
「君が男子と一緒にいるなんて珍しい……ああ……そうか。この子が例の≪ビルドエラー≫か」
端正な顔立ちをしたその男は俺を見て軽く微笑んでいる。
なんだこの男は。
サクヤの知り合いか?
でもサクヤはその男に対してそっぽを向いている。
「初めまして≪ビルドエラー≫。僕のキャラネームはクロード。学校では2年1組に所属している。つまり君たちの先輩というわけだ」
「はぁ……どうも」
よくわからないが、自己紹介をされたので俺も軽く頭を下げて挨拶をする。
「それで、だ。単刀直入に言おう、≪ビルドエラー≫」
「? なんですか?」
「僕と決闘してくれ。サクヤさんの目を覚まさせるために」
「!?」
そして突然現れた男、クロードは俺に決闘を申し込んできたのだった。