山道
村を旅立ってから数日。
青年は山をひとつ越えて、左右を木々で覆われた馬車一台が通れる山道を歩いていた。
この調子で行くと、村で聞いた町まであと数日ってところか。
少し急ぐか…いや、今はあせっても仕方ない。
青年は考えていたことを振り払うように少し頭を左右に振った。
ほんとうに1人で考えるとだめだな、自問自答ばかりしてしまって、こんなに明るく天気がいいのになんで暗い気持ちで考え事してるんだ俺は。
青年は、木々の間から見える空を眺めて歩いていた足を止め、目を閉じて片手で顔を覆うとため息をはいた。
「はぁ、…っと」
そういえばいつも言われていたな。
ため息は幸せが逃げるからだめだって、本当につい数日前のように覚えているのにな…。
だから、俺は…。
おっと、考え事していたからって気を緩めすぎだな。
青年の前方には威嚇するようにして向かってきている獣型の魔物がいた。
見えている数だけで3匹か、気配から察するにあと2匹はいるはずだがな…まあいい、幸い相手はハンティングウルフだから力の差が分かれば逃げるだろう。
青年は、とくに構えることもなく両腕をさげたまま自然体でハンティングウルフがくるのをまっていた。
ハンティングウルフは、青年に飛びかかれる距離まで接近してきてそのまま跳びかかるかと思われたが、突然警戒するように青年から数歩下がり距離をとった。
すると青年は舌打ちをして、右手はさげたままで、いつの間にか左手にもっていた小型のナイフをハンティングウルフに見せ付けるかのように体の前に持ってくると、ナイフを地面と水平になるようにして構えた。
面倒だな、そのまま跳びかかってくれば楽だったものを、しかし、無防備な獲物を警戒するような知能が魔物にあったか?
いや、これは俺のミスだな。普通は逃げるか戦う準備ぐらいはするはずだからな、通常と違う対応をする相手だと戸惑ったり警戒したりするのも当然か。
まあいい、どちらにしろ脅威にはならないし、最初の計画より少し面倒になっただけだからな。
ハンティングウルフは獲物を中心に正面、左右に分かれ獲物の持つ武器を警戒しながら跳びかかるタイミングを計っていた。
そして、獲物めがけて一斉に跳びかかろうとしたとき、一瞬光が視界を遮ると青年が突然消え、青年を後ろから襲おうとしていた仲間の悲鳴が聞こえて、ハンティングウルフがそちらを見ると目にナイフが刺さった状態ですでに息のしていない仲間とこちらに背を向けるようにして屈んでいる青年がいた。
青年がしたことはただ単純であった、気配で察知していた後ろのハンティングウルフが首に飛びつこうと跳びかかってきて足が地面から離れた瞬間に、左手のナイフを鏡代わりにして太陽の光を反射し前にいたハンティングウルフの視界をうばうと同時に、振り向きながら右手で後ろのハンティングウルフの目に向けてナイフを投擲した。
そして、自らも後ろに飛び目にナイフの刺さったハンティングウルフの首を手刀で折った。
ハンティングウルフたちは何が起こったのかわからず少しの間、混乱していたが仲間をやられたことによる怒りと、自分たちより弱い獲物を前にして逃げることが考えられず再度、青年に向かって跳びかかろうとした。
そのとき、今まで何も感じなかった獲物から突然、感じたことの無い殺気が浴びせられ身動き一つすることも出来ず、本能で自分たちより強いことを理解させられた。
そして、今まで弱い獲物だと思っていたものが立ち上がり振り返る。
その姿は、最初見たときと変わらず武器など何も持っていない立ち姿だが、圧倒的な存在感とこちらに向けられる殺気だけが最初とは違っていた。
「きえろ…」
青年が発した言葉はハンティングウルフには分からなかっただろうが、身動きが出来るほどに抑えられた殺気と後方の林の中から聞こえた群れのリーダーかと思われる遠吠えにより生き残っていた魔物たちは一目散に逃げ出した。
ふぅ、思っていたとおり逃げてくれたか。
ここから街まで、まだ数日はかかるだろうし持ち運ぶのも数が多いと難しい為、ギルドでの換金用に一匹だけ狩ったんだが。
珍しいな、繁殖期でもないのにハンティングウルフが道に出てまで人を襲うなんて、よほど狩りやすそうに見えたのか、もしくは森で何かあったのか…まあ、そこまで気にすることもないだろ。
青年はハンティングウルフの姿が見えなくなり逃げたのを確認すると、ハンティングウルフに投擲したナイフを抜き、付着した血を腰のポーチから取り出した布で拭うと右足のナイフホルダーにしまった。
さてと、早く解体してしまってこの場を離れるか。
さっきの集団のリーダーの遠吠えで新たな魔物が寄ってこないとも限らないからな。
数分後、ハンティングウルフの換金できる部分を剥ぎ取り、その他の部分は地面に埋めて処理した後、青年は街へ行く道を歩いていった。