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◇造獣 〜ゴーレム〜

***


(ふる)えることも出来ないほどに

きつく纏わり絡まる(いばら)

声を殺して (なみだ)を飲んで

守るつもりが隠していただけ


もういい と

ただその言葉を待っていた


***


【薄曇りの朝に】


――…セヴァルスタに雨期が近づいている。

穏やかな陽光は、どこか憂いを含んだ淡い雲を透かしながら平原を撫でる。


薄藍色の空の下を滑空し、一路、丘陵の上にそびえる石造りの砦を目指して翔る影があった。

1羽の鷹の羽ばたきが、その空に小さく響いた。


***


「降りそうかしら」


冴えない空を見上げた歌鳥の呟きに、ケイヴィンが洗濯物の籠を抱えながら応えた。


「どうかなぁ。早いとこ干しちゃおう」


頷き、歌鳥もまた籠を抱えてケイヴィンと連れ立って井戸に向かった。

たらいに水を張っていると、兵の数人に手伝おうかと声を掛けられた。それらに対し、「自分たちの仕事だから」とケイヴィンが固辞する。


「親切なんですね」


去った彼らの背中を見ながら歌鳥が言うと、ケイヴィンが笑った。


「違うよ、あいつらはカトリとお近付きになりたいだけ。他の世話人にはあんなこと言わないもん」


ここにはケイヴィンと同じように兵士たちの身の回りを世話する役割の人々がいるが、そのいずれも男性ばかりだった。

ケイヴィンにくっついて手伝う内に、歌鳥にも顔見知りも増えた。しかし生来の人見知りが災いして、歌鳥はその殆んどと挨拶程度の言葉しか交わしていない。


「思ったんですけど……」


「ん?」


「ここって女の人もだけど、子供もいないですよね? ケイヴィンくん以外」


「……む。そりゃあ成人はまだ先だけどさぁ……」


子供と言われたことが心外だったらしい。そんな少年に苦笑して、歌鳥はケイヴィンに年齢を尋ねた。彼は12、と答えた。


「いいんですか? こんな所にいて。……親御さん、心配しません?」


「しない」と言ったケイヴィンの顔には、何の翳りもない。


「親はどっちももういないから。母ちゃんはおれがうんと小っちゃい時に本土に奉公に行って、そこで小競り合いに巻き込まれて死んじゃった。父ちゃんもおれを先生んトコに預けたきり、出稼ぎ先で死んだし」


淡々と語るケイヴィンの様子に、歌鳥は複雑な表情を浮かべた。


「そう……」


「だから、おれ行く所ないんだよね。先生はここを旗揚げした時におれをどっかの村に預けようとしたんだけど、絶対ヤダ、って言って残ったんだ。少しくらい危なくたって、好きな人達と一緒に居られた方がいい」


その言葉に、歌鳥が頷く。


「そうですね、きっと」


「カトリは? 親は?」


歌鳥は首を振った。


「お父さんは私が赤ちゃんの頃にいなくなって、お母さんも私が幼稚園……じゃない、私が小さい時に亡くなりました」


「戦?」


「いえ、そういう酷いことではないです」


その言葉にケイヴィンが首を傾げたとき、頭上で小さな羽ばたきが聞こえた。


「?」


見上げて見ると、一羽の鷹が、上階の窓に降り立とうとしていた。それを見て、ケイヴィンが声を上げる。


「ラリーだ!」


「え?」


歌鳥は首を傾げる。……あの鷹が入って行った部屋、あそこは確か、イリアスの居室ではなかったか。そう尋ねると、ケイヴィンが頷いた。


「あれは、先生のゴーレムだよ」


「ゴーレム……って……」


この前のあれか。あの、虎に似た獣。てっきりこちらの世界の猛獣の一種かと思っていたのだが。

歌鳥がそう言うと、ケイヴィンが不思議そうに首を振った。


「違うよ? カトリがいた所にはなかった? ゴーレム」


“いなかった”でなく“なかった”という言い回しにも引っ掛かりを感じながら、歌鳥はゆるゆる頷いた。


「それ、何?」


***


そのとき、クリスは中庭で薪を割っていた。

数日かけて材木十数本を細切れにしてしまったので、「勿体ない」とケイヴィンにこっぴどく叱られて言い付けられたのだ。


ケイヴィンはイリアスの次にクリスとの付き合いが長いので、彼に対して遠慮がない。しかもクリスが何を頼まれてもまず断らないことを知っているので、いっそう遠慮がなかった。


順調に束を積み上げていたとき、イリアスの世話人がクリスを呼びに来た。クリスは続きを断念し、その場を後にした。



今や司令室となっているイリアスの居室に向かうと、既に主だった数人が顔を揃えていた。

開け放たれていた扉、そこからクリスの到着に気付いたドルサックが、クリスに向かって手招きする。クリスの入室を認めて、イリアスが改めて集まった面々を見回した。クリスが集合の最後だったらしい。


イリアスの肩には、三つ目の鷹が乗っていた。


「先ほど、ラリーが南西の草原地帯で、残留ゴーレムの群れを発見した」


集まった男達が顔を見合わせる。


「近隣の村に危害が及ぶ可能性がある。ただちに討伐隊を編成し、駆除に向かってくれ」


イリアスから言葉を継いで、ドルサックが笑った。


「そう大袈裟な人数は必要ない。俺とクリスと、一軍数隊から人選する。さほど遠い距離じゃねえから、昼飯食ったらすぐ出立だ」


***


【造獣】


「――…ゴーレムは“造る”獣だよ。

ヒト型もあるらしいけど、おれは見たことない。殆んどが獣」


洗濯物を吊す縄を張りながら、歌鳥を見上げてケイヴィンが説明する。


「“造る”って……、どうやって? だって、生き物でしょう?」


歌鳥の問いに、ケイヴィンはふるふると首を振った。


「知らない。“造獣師”って職業の人がいて、その人達が依頼人の血で造るらしいけど、実際に見たことはないし」


「……血?」


それを聞いて、歌鳥が顔をしかめた。ケイヴィンはそれに気付かないのか、話を続ける。


「うん、だからゴーレムは只の獣と違って調教の手間がないんだ。最初から持ち主の一部だから。騎獣として使われる事が多いかな。先生のラリーは小さいから、偵察とか」


「裏の馬たちも?」


「ううん、アレは皆ただの馬だよ。ゴーレム造るのは凄いお金掛かるんだ。それに、造獣師は国からの許可証がない依頼人にはゴーレムを造らないことになってる。先生がラリーを造ったのは随分昔のことだって聞いたし、ここにいる皆は、許可が下りないと思う」


「――…そう……」


曖昧ながらも頷いて、歌鳥は少し呆然としていた。

もしかしたら、この世界は歌鳥が思っている以上に、元の世界とは仕組みが異なるのかもしれない。……この話が常識であるなら。


***


――…《残留ゴーレム》。

それは、主を失ったゴーレムである。


ゴーレムは主には忠実だが、主以外の人間には御すことが出来ない。だから主が死んだ後は誰の言うこともきかず持て余されるケースが殆んどで、場合によっては人畜に害を与えることもある。


故に、ゴーレムは持ち主が死ぬ前に、主の死ぬよりも先に“処分”するよう定められている。

戦死など、主が横死した場合の残留ゴーレムは凶暴性を増す傾向があり、これは主の断末の無念が、ゴーレムに強く残る故と言われている。


***


砦を出発して峠を2つほど越えた頃、一行を先導する鷹が旋回して、先頭を征く馬上のドルサックの肩に降り立った。

その後ろには、騎手と背中合わせで座るクリスが同乗している。彼は馬に乗れないわけではないが、戦場で乗騎を必要としないので、移動は乗せてもらう事にしている。生身で馬の機動力に張り合えるのは、クリスぐらいであろう。


クリスは本来、実績だけならドルサックと同等の待遇で隊のひとつくらい任されてもいい人物なのだが、他者とのコミュニケーションが極端に苦手なので、単独で行動することを許されている。実力的にも、1人で一部隊の扱いだった。


後ろにクリスを乗せるドルサックには、丘の稜線を眺めながら少しばかり思うところがあった。


(う〜ん……)


発見された残留ゴーレムの数は50。その殆んどが、軍人が好んで使う戦闘能力の高いタイプらしいので、先の戦いで戦死した敵軍の兵士が主人であることは疑いない。


しかし「何故ここで」という気がしている。

先の戦いでは、イリアスが訝しがるほど、ゴーレムは少数しか見なかった。それらは先日、川辺で屍体を処分したばかり。あれが全てである筈だ。

でなければ、今から処理に向かうゴーレム達の主たちは、戦闘用のゴーレムを有していながら、戦いの場にゴーレムを連れなかったという事になる。それはある意味、武器を持たずに戦地へ向かう事と等しい。


(妙な話だ……)


そのとき、後ろでクリスが身じろぎした。


「どうした?」


「近い。降りる」


その言葉に遠く視線を向けてみれば、丘の裾野、見下ろす草地に赤や黒の点が動いている。そして、耳障りな咆哮。


「どうやら向こうもこっちに気付いたな。――…行くぞ」


不敵に笑うドルサックの声に、クリスは頷き、他の者は声を上げてこれに応えた。



“狩猟”にも似た戦いが始まって、数分の事である。


前述した通り、彼らが相手としているゴーレムは戦闘能力が高いので、これを仕留めるのは易しくない。

しかも彼らの殆んどは元々は農民である。故に彼らは、数人で1体を囲いこんで倒していく手段を取った。1人で戦っているのは、クリスとドルサックくらいのものである。


ドルサックの得物は大刀。戦い方はクリスとは違って大振りで苛烈、正確さにはやや欠け、力任せの斬撃だった。実力はクリスと比肩するが、何せ威嚇も兼ねて空振りも多く、仕留める数はクリスに遠く及ばない。クリスが最強と言われる所以は、その攻撃の精密さに由来する。


――…そのクリスの異変に気付いたのは、ドルサック1人だった。

正確には、気付く余裕があったのがドルサックだけだった。しかし他の人間では、そもそも余裕があったとしても、その“異変”が分かったかどうかは疑問だ。それほど些細な違和感だった。普段からクリスを観察しているドルサックだから気付いたのだ。


(クリス?)


どこか精彩を欠く動き。

上の空とまではいかない迄も、何かが乱されている、という印象。


「どうした」と声を掛けようとしたドルサックのそれは、その刹那、叫びになってその喉を越えた。


「何してるクリス!! 後ろだ!!」


クリスの反応は明らかに遅かった。


背後に迫っていた豹に似た獣に向かって、振り向きざまに一閃した刃。しかしそれは空を斬り、斬撃を躱した獣が着地と同時に低く屈んだ。ばねのような脚が弾け、その牙がクリスの喉笛を狙い迫りくる。

クリスはかろうじて地を蹴って飛びすさり、その一撃を躱したものの、体勢を直した位置には別の獣が身構えていた。


「!」


虎の太い爪がクリスを切り裂いた。


「クリス!!」


袈裟懸けに裂かれた傷から鮮血が噴き上がる。

周囲に広がる動揺をよそに、流血する当人が最もけろりとして他人事のような顔をしていた。


――…が、それもぐらりとよろめき、倒れ伏して気を失うまでのことだった。


***

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