表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/178

◆儚い約束

【儚い約束】


――…むせる霧のような闇の中、夢から覚めたように彼は瑠璃の瞳を上げた。


岩窟の中で反響しながら、細く高く涼やかに奏でられる水の音。流れ、滴り、弾く音。

その不協和音に囲まれながら、それらに耳を傾けながら、彼は其処にいた。苔蒸した岩肌に腰を下ろして。


そこに届いた、靴の音。それが近づいてくるに連れて、鈍い灯火に闇が擦られて追いやられる。彼は顔を上げ、近づいてくるその影を眺めた。

お互いの姿を鮮明に捉えられる距離に近づいて、彼はようやく口を開いた。


「今回は早いね」


「きっちり3日おきだよ。本当に此処は時間が不安定だ」


その声は質こそ澄明だが、響きはくぐもっている。それもそのはずで、声の主の男は顔面をすべて覆う道化の仮面を着けていた。


彼が手にする松明の火が、息巻いて揺れた。


「あまり長居は出来ないな。帰りが遅くなると、子ども達が心配するから」


「感謝するよ」


「いいよ」


そう言った仮面の男は、右手に松明を、そして左手に“あるもの”を抱えていた。――…否、“担いでいた”、と言うのが正しいか。


男はその肩に、意識のない人間の身体を担ぎあげていた。

大柄というほどではないが、それは立派な成人男性だ。彼はその身体を、片腕で軽々と肩に持ち上げている。仮面の男は華奢でこそないが、特別屈強な体格をしているというわけでもない。ゆえに、それは異様な光景だった。


そんな男を見上げながら、壁にもたれて座っていた男が手元の本に栞を挿した。それを見た仮面の男が首を傾ける。


「明かりもないのに、よく読めるね」


「何百回と読んだ本だからね。朧気に見えれば、後は記憶から出てくる文を頭の中で繰り返すだけだ。

それにこれは惰性みたいなものだよ。読むこと自体は目的じゃない」


「暇潰し、ってわけか。キミのそういう所、悪党らしくないよね」


「そうかい? まぁどう思われても構わないけれど」


朗らかに笑って、彼は懐に本をしまう。仮面の男の掲げる松明の灯りで、彼の碧がかった銀の髪が山吹色の光に映えた。


「――…ロウファ」


「ん?」


名を呼ばれ、仮面の男が目の前の彼を見下ろす。見上げてくる、理性的な瑠璃色の瞳。


「なるべく早く、子ども達を連れて聖地を離れた方がいい」


「え?」


「じきに此処は戦場になるから」


すぅ、と、ロウファの仮面の下の表情が冷えた気がした。


「“じきに”、って」


「運命が動いた。

年内には、旧ログクロートの過激派が態勢を整えてリーヴダリルに攻めてくる。聖地は真っ先に襲われるだろう」


「素通りはしてくれないかな」


ぼやくような声に、男が苦笑して軽く手を振る。


「位置的に無理だろう」


「今の生活、けっこう気に入ってるんだけどなぁ」


「それは私も同じだよ。……いや、同じ“だった”、か」


その笑みに、切なげな色が滲む。失われた命を惜しむのは、それもまた“悪党”らしからぬ彼の性。


ロウファが腕を組むようににして、天井を仰いだ。


「う〜ん……、しかし、何て言い包めて子どもらを連れ出したものかな……。未だにエイルくんは鬱ぎこんじゃってるし……」


「……おや」


ロウファの呟きを聞き留めて、彼は顔を上げた。


「サーシャが宥めても駄目かい?」


「駄目駄目、むしろ逆効果って感じだ。記憶を抜かれてるサーシャちゃんと、記憶が完全なエイルくんじゃ、話が全然噛み合わないんだよ。少なくともエイルくんの方は、エッダが出て来ないと機嫌を直してくれそうにない。

……ていうか、そもそも、何であの子はあんなにエッダに執着してるんだい? エッダのことだから、特に世話してやったわけじゃないだろうに」


「さて」


ロウファの問いに、彼は軽く肩をすくめた。


「あの子は《病》に干渉されない子だ。体質みたいなものだがね。干渉しようとするものを跳ね返す分、干渉してこないものには好意的なのかもしれない。

対して、エッダは干渉を嫌う子だ。善かれ悪しかれ、自分の意思で何かに関わり、何かを変えることをひどく厭う。


他者に変えられることを拒む性質と、他者を変えることを厭う性質は、無意識の内にひかれ合うのかもしれないね」


あの少年はエッダに懐いていた。エッダの方はそれを迷惑そうにしていたが、窮地に遭って無意識にあの少年を助けた。

形はどうあれ、2人を繋ぐ何かが出来上がりつつあったのかもしれない。


ロウファがちらと辺りを見回す。


「――…で、そのエッダはもう大丈夫なの? またまた見当たらないけど」


「おかげさまで元気だよ。足も見事に再生した」


「ふぅん、ならもう要らなかったかな」


言って、ロウファは仮面の下の目を自身の足下に向ける。先ほど下ろした、人間の身体を。その様子に、座っている彼が笑って首を振った。


「有り難くもらっておくよ。表に出ないで済むなら、それに越したことはない」


「そう」


ロウファがゆるりと足を水辺に運ぶ。たっぷりと水を含んだ苔を踏み、ぴちゃ、と小さな音がした。

そのとき、ロウファは何かに気がついて顔を上げた。


「――…あれ。何処か“切れた”?」


「そのようだね」


「――…60番目あたり」


「63番目だよ」


彼はさらりとそう告げた。


「確かセヴァルスタから本土に奉公にあがった娘だよ。これも縁かな」


「縁?」


「切ったのは歌鳥だ」


彼が微笑む。嬉しそうに。


「《虹姫》としての覚醒が始まった。あの娘には期待してるんだ。今回の歴史はいつもと違う目が出ているからね。

きっと未来は変わる。

それを見届けたら、私はようやく《レイン》を手放せる――…」


唄うような彼の独白。

その様子を観察していたロウファが、「水を差すようで悪いけど」と口を開いた。


「引き継ぎはそろそろ完了だ。だから僕が此処を離れることに異議はない。

でもキミは? さっきの口振りだと、キミはまだ此処に残るつもりみたいだよね。エッダはもう回復してるんだろ? それでも残るのかい?

まさかログクロートから聖地を守るつもりだ、なんて言わないよね」


「まさか」


彼が肩をすくめる。


「結局、それはそれで私の望んでいた展開のひとつなんだから」


「だよね? なら何のため? ルビーを創るのに場所は関係ないだろ?

君がこの土地に執着する理由なんて、あと思いつくのは“彼女”くらいのものだけど、その“彼女”ももうとっくにこの土地から出て行ってしまってるし」


「ひとつ、訂正しよう」


彼が苦笑しながら、柔く反論を始めた。


「私が“彼女”に執着しているか否かは置いておいて、そもそも私が“彼女”と認める“彼女”は最初からこの土地にいないよ。少なくとも君が生まれてからは、ただの一度も此処にはいない。

《ダブル・コード》はあくまで“重複”であって、“同一”ではない。しいて言えば肉親程度の認識だ。“彼女”の妹くらいには思っているけれど、同一人物ではない。


私が執着する女性がいるとすれば、それは最初の“彼女”ただひとりだ」


そう言った彼の表情。それは真実、本心から出た言葉に聞こえた。

ロウファが首を傾ける。仮面の下に、不思議そうな表情が見えるような仕草だった。


「じゃあなおのこと、君はどうして聖地に残るの?」


彼は笑んだ。柔らかに、暖かに。


「約束があるからね」


「約束?」


「同一ではないけれど、それを守ってやれるのが私しかいないから」


それは、“彼”が“彼”から引き継いだ記憶。


冷たい雨。

奪われる体温(ねつ)

感覚のない手足。


あの子の脈動と息遣い。


もしもあの後、あの子が哀しみを堪えて泣かなかったというのなら、誰かがその痛みに報いてやらなければならない。


(頭を撫でてやる、なんてことは出来ないけど)


それでもこの世界にはもう、“彼”と呼べるものは“彼”しかいないから。


「聖地ヴァナディースで待っている」


だから。


「来い。……クリス」


***


私には あの日 お前が泣いていたのかは分からなかった


それが涙だけでなく 悲しみさえも隠して洗い流していたというのなら 私はこの名を誇ったろうに


けれどそれは きっとあまりに愚かで罪深い願い

自身の為ではなく たとえお前の為であっても許されない願い


私が自らに冠した名前

決意と共に背負った名前

それに今さら美点を求めるなど浅ましい


それでもそれはささやかな贖罪


許しを乞うべき相手すらいない私にとって 本当にささやかで (よすが)のような儚い約束


***

何だか前回からかなり間が空いた気がしますが……。まぁ、色々ありまして。まだちょっとゴタゴタしてますが、少しは落ち着きました。もしかしたら死んだかと思われていたかもしれませんが、生きてちゃんと働いております。ただ、ちょっと周りの反応は怖いですね。根が小心者なので。

ところで今わたしが使っている携帯電話はいわゆるガラケーなのですが、むかし発症した画面の謎の横線が、いま再び……! 修理か!?買い換えか!?


あ、あと一旦お話は区切らさせて頂きます。目次のページ数が膨大になってきたので……。次回からは当タイトルに【2】をつけてお送りします。……なんだか新規で読んでいただける方がいなくなりそうですが……。

でもまだまだ終わらなさそうなんですよね……。ていうか今区切るなら、もっと早く区切れば良かったかもしれないですよね。バジリスク登場の前あたりとか。まぁ、あとの祭りですが。


掲載は不定期にはなりますし、作者は少しばかり身勝手ですが、よろしければもうしばしお付き合いください。

では、よろしこ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ