◇Prologue:Canaria
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異界より乙女舞い降りき
其は虹色の唄の継承者
曙光の翼もつ雲雀の娘
朱き血の民に約束の刻を告げるもの也
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【Prologue:Canaria】
――…歌鳥は一人、ぼんやりと夜の庭を眺めていた。
亜麻色の髪が夜風に揺れて、日本人離れした顔をくすぐる。ようやく肌に馴染んできたセーラー服の裾を直して、もう何度目になるか、縁側に腰を下ろした。
今夜は空を覆う雲のせいで、月も星も見えない。
けれど背後の座敷からの明かりと、玄関前の忌中の提灯のお陰で、祖母の手入れの名残を残すその庭を隅々まで見渡せた。
21時もとうに過ぎ、弔問客の足は絶えている。けれど背後の座敷では、遠方から来た親類たちが久々の世間話に花を咲かせているらしい。
「あれ? アンタまだこんな所にいたの?」
蓮っ葉な声に振り向くと、廊下に従姉の理彩が立っていた。キャミソールにショートパンツ、風呂上がりらしく滴が髪から落ちる肩にはタオルを掛けている。夜風が通る5月の廊下で、寒くないのかしらと歌鳥は内心で首を傾げた。
「さっさとお風呂入ってきたら? 空いたわよ」
「博巳くんは?」
「例のごとく部屋に籠もってゲームでもしてんでしょ。待ってないで、先に入っちゃいなよ」
「……うん」
頷いた歌鳥が腰を浮かせた時、ちょうど障子が開いて伯母の志保子が出て来た。理彩の格好を見るなり、眉を吊り上げて、みっともない、お客がいるのに、と娘を咎める。
この日、夕方から伯母は機嫌が悪い。理彩の夫が、大した距離でもないのに仕事を理由に祖母の通夜に来ないからだった。薄情にも思えるが、3ヶ月も別居している妻の実家に顔を出しにくい気持ちはわからなくもない。
理彩は鬱陶しそうに母親を宥めると、さっさと背中を向けて行ってしまった。娘の背中を見送りながら深いため息を吐いた志保子と、居心地悪く佇んでいた歌鳥の目が合った。
「……歌鳥ちゃん、自分の部屋に戻っていいわよ。もう後はする事ないから」
「……はい、伯母さん」
明らかに刺を含んだ伯母の声にも、歌鳥は顔色ひとつ変えない。
……寂しいけれど、慣れている。
伯母が立ち去り、歌鳥は小さく息を吐いた。その時に足元が目に入り、自分がローファーのままだと気付いた。脱いで縁側に上がろうかとも思ったが、どうせ靴を置きに玄関に行くのだから庭から回ろうと思い直す。下手に家の中を歩いて親戚と顔を合わせ、話の種にされるのも嫌だ。
砂利を踏みしめて庭を出て、玄関の戸に手を掛けた時、ふと“何か”を感じて歌鳥は振り向いた。この家は集落の最も高台にある為、垣根と門柱の向こうに点在する家の明かりを見下ろせる。
その景色が、突然霞んだ。
「何……?」
ぐらり、と、眩暈にも似た感覚が歌鳥の足下を奪う。
次の瞬間、歌鳥は世界に振り落とされた。
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