第2話「魔王VS勇者」
俺と美咲とで可憐を抱えて近くの廃工場跡に移動した。可憐が覚醒してしまうと周りが被害を受けてしまうのでできるだけ誰も居ないところに移動したかったからだ。この工場は輪ゴム工場でピーク時には世界のシェア40%もあったが最近、外国の良質で安い輪ゴムが入ってきた影響で受注が減り、ついに何年か前に潰れてしまった。
苦しそうにしている可憐。俺たちはとりあえず寝かせることにした。
「まずいな。くそ。何でこんなことに!」
「あんたが怪我なんてするから!」
「仕方が無いだろう。あのラーメンが悪いんだ」
「このまま可憐が覚醒したらどうすんのよ」
「うるせえな。仕方がねえなんだって言ってるだろ!」
「あんたが気を付けないからどうするのよ。可憐……こんなに苦しそうにして可哀想じゃないの!」
「お前なあ! しつこいぞ。前から言いたかったがよ――」
「持ってきましたよー」
俺のテンションがマックスになろうかという所で恵梨が俺の武器を持ってきた。我が家に代々伝わる伝説の金属バットだ。所々金属が剥がれボロボロだがまだ当時の輝きは失われていない。どういう経緯か分からないが俺の世代に伝わってきたのが金属バットだった。俺の先祖はいったいどのような方法で魔王を倒したのだろうか。そんなことを考えているところに海渡がよろよろとしながらやってきた。
「やっと……はあ。はあ。追いつきましたよ。ごほごほ。げふ」
「海渡。いいからお前は寝てろよ」
「ううううう。うああああああ!」
「そんなことより来ましたよ。可憐君。ついに覚醒したようです」
「みんな頑張ってです」
「楽勝よ。こんなの」
可憐のまるで赤い瞳が光っているように目が大きく開かれ可憐がいきなり起き上がった。俺の目には見えないが目に見えない圧迫感を感じる。恐らく可憐の周りには魔力が充満しているのだろう。前回は俺の家で可憐と遊んでいるときに可憐のパンチラでおもわず俺が鼻血を出してしまい、可憐が覚醒してしまい俺の家が全焼してしまって大変だった。
基本的に俺にできることは何も無い。俺の先祖には能力があったかも知れないが俺には何一つ特別な能力などない。ただ人よりちょっと頑丈にできているそれだけだ。可憐の溢れ出る魔力が尽きるまで我慢するしかないのだ。
可憐の指の動きで周りにある廃材が宙に浮かび、俺たちに向かって落ちてくる。俺は何とかそれを避ける。この時ばかりは鍛えて良かったと思った。
海渡は居合い抜きの天才だ。恵梨に持ってきてもらった家に代々伝わる刀で次々と落ちてくる廃材を豆腐を切るようにスパスパと斬って捨てる。恵梨は俺の伝説の金属バットを使って廃材を叩き落としまくる。この女、腕力が半端無いのだ。この間の身体測定で握力が両方50以上あったと言って自慢していた。
俺は武器など使わない。俺の先祖は武力で魔王を制圧したのかも知れないがそれは紀元前の野蛮人がやることだ。人間何事も親身になって話し合えば解決できる。俺はそう信じている。俺はその信念に基づいて可憐を説得にかかった。
「可憐。止めるんだ。争いは何も生まない。後に残るのは憎しみだけだ」
「……」
「可憐。俺が悪かった。お前のチューリップの「金村君」と「フェルナンデス」を引っこ抜いたのは俺だ。だから許してくれ」
「……」
「可憐。これが終わったらお前が行きたがっていたホームセンターに一緒に行こう。この前は買わなかった黒土を3袋までなら買ってもいいからさ。だから正気に戻るんだ」
「……」
俺の説得は可憐には届いていないだろうか。俺の言葉は大気に吸い込まれて砕けていった。後に残ったのは虚しさだけだった。
「ぐふ。……。礼音君。僕はもう……持たない……。後は頼んだよ」
崩れ落ちる海渡。刀を杖にして何とか自分を支えている。彼は10分しか持たなかった。居合い抜きの天才の海渡の弱点は体の弱さだった。仕方が無いので俺が海渡を背負って何とか廃材を避けまくる。
「くそ。海渡を担いでいたんじゃ。長くは持たない。恵梨! 恵梨―! 海渡を頼む! 恵梨! どうした! 聞こえないのかー!」
俺は必死に恵梨を呼んだが恵梨はいつまで経っても俺の呼びかけには応えてくれなかった。恵梨の居る方角を見ると恵梨は遠くで本を読んでいた。どうやら本に集中しているようで俺の声が聞こえないらしい。俺たちが死にそうになっているのに恐ろしく無関心だ。俺はこの時、絶対に死ぬわけにはいかないと決意した。
「美咲。大丈夫か……」
「全然。平気だよ。こんなこと。アンテナの取り付けの方がもっと大変だっての!」
「そうか。地デジ化で忙しいもんな」
「忙しいってもんじゃないよ。みんなして直前になってアンテナ変えやがってアンテナを取り付ける身にもなってみろってもんだよ」
俺にアンテナ取り付けの愚痴を言われても困る。今がどういう状況だか分かっているんだいるのだろうか。この女は。
この状態が1時間程続いてようやく可憐の覚醒が収まり、眠りに入った。こうなると可憐は当分起きない。短くても1日以上は眠りにつく。
「はあ。はあ。やっと終わったな。このやろうもっと鍛えやがれ」
「すまんな。礼音君。鍛えてはいるんだが。ごほごほ」
「みんな。大丈夫ですか。絆創膏ありますよって。ごふ」
とりあえず恵梨は殴っておいて死にそうな礼音は美咲に任せた。俺は可憐を背負って家まで連れていった。真木家の前まで来ると俺の親父とおふくろとじいさんと可憐の親父が家の前で立っていた。どうやら今日何があったか俺の親父達は知っているらしい。
可憐の親父は無言で可憐を受け取ると俺の親父とじいさんと一緒に真木家に入っていった。おふくろは俺に有無を言わさず俺を家まで引っ張っていった。家に着くとおふくろは俺にすぐに寝るように言い渡しおふくろも家から出て行った。俺は自分の部屋の窓から可憐の部屋を見つめた。カーテンがしっかりと閉められているので中の様子が全く分からない。たぶん親父達は今後の可憐の処遇について話し合っているのだろう。俺が口を挟めないのが歯がゆい。
「まさか。殺したりはしないよな」
俺は不安でいっぱいで寝ることはできなかった。可憐の部屋の電気はいつまでも消えることはなかった。俺は疲れからかいつの間にか寝てしまっていた。