第四話「恵梨VS美空(後編)」
美空は地下室の鋼鉄製の扉の前でしばらく呆然としていた。しかし、自分が今日恵梨との対戦をしなくてはならないことを思い出し、美空は扉を押したり、引いたり、ノックしてみたり、調べるコマンドを連打したり、秘密の抜け道が無いかしばらく探していたがやはり無かった。
「兄さん。ひどい! 何の恨みがあってこんなことを」
思わず泣きそうになったが、美空は兄を魔の手から救うためにここで自分が諦めてはいけないと思った。ただこの扉をどうやって突破すればいいのか美空はしばらく考えていた。
「もう、この方法しかないか」
美空は背中の刀を取り出し、扉に向かって構えた。美空の愛刀『雷切』である。雷を切ったとされるその刀で美空は数々のものを切り裂いてきた。マグロ、イワシ、豚肉、牛肉、キャベツ、きゅうり、じゃがいも、トマト等々『雷切』に切れぬものなどなかった。美空の料理のうまさの秘密は『雷切』の刀の切れ味であった。『雷切』はうまいように食物繊維を分断し、肉のうまみを逃さなかった。ただ、今回の相手は分が悪すぎる。いくら相当な年数を有している扉とはいえ、鋼鉄製だ。『雷切』といえども、太刀打ち出来るとは限らない。そもそもこんな堅い物を切って刃こぼれでもしたらどうしようか、今晩の夕食に影響がでかねない。『雷切』の切れ味になれてしまうと普通の料理包丁など、お話にならない。
「でも……やるしかない!」
兄のために美空は意を決し、扉に斬りかかった。ものすごい音を立てながら、扉は断末魔の叫びをあげた。美空も手応えありと肌で感じた。この手応えはレンコンを切った時の感触によく似ている。野菜でも魚でもおいしいものは人間に食べられないような一癖を持っている。レンコンもそうだ。あの硬い皮は自分のうまみを悟られないように堅い皮で覆っている。中身がスカスカの癖に……スカスカの癖にだ。
それはさておいて、美空は扉を凝視した。扉は健在だった。多少傷は付いているが、美空はあざ笑うかのように昭和の親父のような威圧感を保っていた。
「私の刀が効かないなんて……」
美空は肩をがっくりと落として項垂れた。結局私の剣技は、野菜しか切れないんだ。安心したのは『雷切』が刃こぼれしていないことだ。『雷切』に変わる包丁などこの世に存在しないので美空はひどく安心した。
「さて……と」
美空は懐から携帯電話を取り出し、タッチパネルを操作して電話をかけた。
「もしもし、プリン悪いけど地下室の扉開けてもらえます……。何? 今すぐ……そう、私急いでるの! 十秒以内ね。ダッシュね」
美空は最初からこうすれば良かったと思ったなと思いつつ、扉に背中を預けて座り込んだ。
◇
朝三時五十分頃、ラーメン屋『るい~だ』店内。恵梨と美咲はシュークリームの仕込みを終えて、美空の到着を待ちかねていた。
「来ないですね……」
可憐と海渡は先ほど到着し、店内の装飾に躍起になっていた。今は店の中に『世紀の決戦生き残るのはどちらだ! 八時間耐久シュークリーム大食い対決!』という横断幕を海渡に協力してもらって掲げていた。可憐が昨日思いついて急遽用意したものらしい。まるっこい可愛らしい字で書かれているので、なんとも緊張感がない。しかも途中墨が無くなったのか、『八時間耐久~』の部分が赤い墨で書かれている。
恵梨は早く始めたいようで用意された席で足をぶらぶらと揺らしていた。恵梨の格好は最近お気に入りの『るい~だ』の鉢巻に上は調理服のミニスカート姿だった。白い調理服と鉢巻がミスマッチで、どうにもできそこないのコスプレにしか見えない。
「恵梨……頑張るよ。礼音くん」
恵梨は首に掛けているロケットの中の写真に祈った。中には満面の笑みの礼音の写真が入っていた。ロケットを握りしめて、今は亡き礼音に強く祈った。必ず勝てますように、『るい~だ』が全国展開できますようにと……。
可憐は横断幕の飾り付けが終わると、恵梨の近くの席に座って、家から持ってきた仏壇に飾るようなサイズの無邪気な笑顔の礼音の写真を持って座った。
「礼音……」
可憐は愛おしそうに写真を右手で撫でた。まるで今はいない人を懐かしんでいるようにも見える。
「縁起でもねえ!! 生きてるよ俺は!」
「冗談ですよ!」
「うん。冗談だよ」
その様子を見て、礼音が車椅子をコロコロと転がして可憐達が座っている所にやってきた。礼音は恵梨たちが心配で病院を無断で抜けだしてきたのだ。決して、主人公の座を海渡に奪われそうになってきているのが心配になってきたのではない。ましてや今は空気にも近い存在になっている自分自身が許せなくて来たのではないのだ。
「いや。雰囲気でるかなって。ははは」
恵梨が自分の頭を触りながら、カラカラと笑った。礼音は「こいつ足が治ったら絶対逆エビ固めを決め手を決めてやる」と心のなかで思った。そこに息を切らして美空がやってきた。
「はあ……はあ。すみません。遅れました」
実は『渡軍団』のプリンに車で送ってもらったのだが、『るい~だ』の三百メートル前で降ろしてもらってここまで全力失踪してきたのだ。
「美空さん……。なぜここに」
「残念ね。兄さん、私に破れない扉は無いの」
そう言うと美空は背中から『雷切』を掲げた。『雷切』は店の中に入り込んだ光によって輝いている。雷を切ったとも言われている名刀。あの鋼鉄製の扉を切ったというのかそんなバナナと海渡は思った。
「怖いです。この子……」
恵梨は美空が刀を持っている姿を見て、何か予感めいたものを感じていた。この予感が的中するのはもう少し後の話である。
◇
全員が揃った所で美空の司会のもと、八時間耐久シュークリーム大食い対決が開始されようとしていた。カウンターの席の前に長テーブルが置かれ、恵梨と美空が並ぶような形で座っている。その両者の前には山盛りのシュークリームが置かれていた。海渡と可憐と礼音は近くの席で見守っていた。
「……特にルールは無いですけど、とにかくどんな手を使ってでも相手よりも多くシュークリームを食べた方が勝ちよ。途中トラップゾーンの外れシュークリームがありますのでなんとか、乗り切ってください」
そう言うと美咲は変わった色をしたシュークリームを掲げた。見ると中身が真っ赤なシュークリームや真っ黒なシュークリームやギョーザ風? シュークリームのような訳の分からないものが混じっていた。
「今回のシュークリームは恵梨さんのパパ手作りです」
ミュータントのような筋肉質の男が厨房の奥から出てきた。シュークリームよりもタコスを作るのが得意そうな体をしている。
補足事項として今回使用されるシュークリームは手のひら大のかなり大きなシュークリームだ。普通の人間ならば一個を食べきるのも結構苦労しそうな大きさだ。まあ普通の人間ならばだが……。
「食べていればおそらく飽きが来ると思いますので、こちらに各種調味料を用意しましたのでお好みで使ってください。もちろん使っても使わなくてもいいですけど」
美咲は様々な調味料を紹介した。塩、胡椒、味噌、醤油、豆板醤、フレンチドレッシング、砂糖、ケチャップ、酢、酒、マスタード、マヨネーズ、めんつゆ、大根おろし、ココナッツミルク、牛乳、漬物、スナック、ジュース、水、?汁、四万十川の天然水などなど考えられるくらいの調味料を恵梨達の座るテーブルいっぱいに用意していた。
「そして、今回シュークリームのカウントは美空さんに海渡がチェッカーとして入りまして、恵梨ちゃんには可憐ちゃんがチェッカーとして入ります」
可憐と海渡が立ち上がり、それぞれ担当の者の席の近くに座った。海渡と可憐が日本野鳥の会御用達の数取器にてぽちぽちとカウントするのだ。本来は美咲がやる予定だったのだが、可憐がどうしてもぽちぽちしたいと聞かなかったので、美咲はチェッカーの役割を譲ることになったのだ。礼音も足が本調子だったなら、俺もぽちぽちしてえなと心の中で思っていた。かつて礼音は意味もなく、数取器を購入し、意味もなく家の前の交通量調査をしたことがある経験を持っていた。車が一日に三台しか通らなかったので、殆ど座っていただけの苦い経験が今役に立つなと思ったのだが、足が本調子ではないので仕方が無いなと勝手に納得していた。
「それでは。行きますよ。よーい! スタート!」
「絶対に勝つです。バクバクバク……」
「兄さん……見ていてくださいね。私の食べざまを」
美咲の合図で八時間耐久シュークリーム大食い対決が開始された。思い思いの方法で美空と恵梨は食べている。シュークリームがものすごい速さで消えて行った。恵梨はシュークリーム三つ一気食いという離れ技を披露している。両手でシュークリームを掴むと無理やり口元に押しこんで、飲み込むという方法だ。どういう構造で食べているのか不明だが、とにかく尋常ではない速さだ。
それに多少遅れているが美空は一つずつ確実に食べている。一つずつではあるが、左手と右手を使い、左手でシュークリームを頬張っている間に右手で次のシュークリームを補充し、左手が食べ終わると、右手でシュークリームを食べるという動作を交互に素早い動きで繰り返していた。
両者ともみるみるシュークリームの山が消えて行った。今も厨房はシュークリームの生産でてんてこ舞いになっている。恵梨の親父さんは絶対にシュークリームを切らすわけには行かないとラーメン屋のプロ根性を見せつけて、シュークリーム作りに躍起になっていた。
◇
一時間後。
始めはそれほどの差ではなかったのだが、恵梨と美空の食べた量の差がかなり開いていた。さすがに恵梨の三つ一気食いの前に美空は限界を感じずにはいられなかった。まだお腹には余裕があるが、高速で回転する手がさすがに一時間も経つと鈍り出している。その差がシュークリームを食べる差になっているようだった。しかし、神は美空を見放してはいなかった。恵梨のチェッカーをしている可憐がうつらうつらと眠そうにしているのだ。
「私、眠くなったよ」
「可憐ちゃん。寝ないでください」
「私、昨日 レベル上げをやってたの。だから眠いの。おやすみなさい」
「可憐ちゃん。寝ないでったら」
「ZZZZZZZ」
可憐が途中で寝るというアクシデントが勃発した。起きないと恵梨のシュークリームを食べた数はカウントされない大ピンチである。
「残念ね。恵梨さんチェッカーがいないとどんなに食べられてもカウントはされない。もう私の勝ちは決まったようなものですね」
「可憐ちゃん。起きてったら」
「もう食べられないよ~」
「そんな伝説の台詞を喋べらなくてもいいですから! 早く起きてください」
恵梨はガクガクと可憐を揺すったが、可憐は起きる様子はなかった。『徹ゲーは駄目絶対!』である。
仕方が無いので、恵梨は可憐の顔をパンダのように黒く塗りつぶしてあげることにした。耳をつけて可憐パンダの完成。いたずらをされていることにも気づかず可憐はすやすやと気持よさそうに眠っていた。
◇
二時間経過。美空がついに逆転した。その間恵梨は「うー。うー」言いながら腕立て伏せをしていた。筋肉を燃焼させればお腹が空くはずと店の中を走りまわったり、礼音の車椅子を押したりなど無駄に動き回っていた。
「さよなら……礼音……は!」
可憐は急に覚醒した。悪い夢を見ていたのか汗びっしょりだった。
「可憐ちゃん早くカウントしてください」
「ごめんね。恵梨ちゃん。私ね……昨日レベル上げ――」
「それはもう聞いたから早くしてください」
恵梨は再び、シュークリーム三つ一気食いを始めた。可憐も眠い目を擦りながらもカウントをしている。
礼音は厨房で「小僧! モタモタするな!」と罵られながら、半泣きでシュークリーム作りの手伝いをしていた。美咲はゲラゲラと笑いながら店に置いてある漫画の雑誌を読んでいた。
「げ! 何ですか。辛! こんなもの食えますか!」
恵梨は真っ赤なシュークリームを思わず、投げ飛ばしていた。どうやらトラップゾーンに到達したらしい。恵梨は運悪くハバネロシュークリームを引き当ててしまったようだ。
「恵梨。減点ね。マイナス百個よ」
「嘘ですよね。こんなの絶対に無理です」
「私なんだか目の前がくらくらしてきました……」
美空はうっとりとした目でシュークリームを食べ続けている。美空の方は酒入りシュークリームのようだ。その姿を見て、海渡が苦い顔をしていた。
「お酒入りですか。まずいですね」
「海渡。何がまずいの?」
海渡の独り言に美咲が聞いた。
「美空さんは酒癖が異常に悪いのですよ。前にもお祭りの時にうっかり御神酒を飲んでしまって周りのものを全て斬りつけて大変だったことがありました」
「あんたなんでそんなこと黙っていたのよ!」
美咲は海渡の襟元に掴みかかった。
「ぐ……ぐるしいです。僕は聞いていませんでしたよ。お酒が入っているなんて……」
「全く使えないわね。美空ストップよ! ストーープ! スト……。あれ」
美咲は海渡を放り出すと、美空を止めようと叫んだ。美空はゆらゆらと立ち上がると背中から『雷切』を取り出している。
「あ~。兄さんが三人に増えました~。わつぃの兄さんはどれですかぁ」
「はあはあ。美空さん。僕は一人しかいませんよ。いいですか落ち着いてください。まずその刀をしまってください」
「恵梨さんが五人に~卑怯です~。このままだとぉ……私負けてちまいます。だったら一人殺してもいいですよね~」
ふらふらと立ち上がると恵梨に向けて雷切を振りかぶった。シュークリームを頬張っていた恵梨は慌てて席から立ち上がり、美空から離れた。
「え。ちょ、ちょっと待った恵梨は一人しかいないですよ」
「嘘をつかないでくだはいよ。ほぉら~今度は十人に増えまちた~。は!」
美空は刀を振り下ろした。刀は恵梨のすぐ近くに置いてある店のマスコット遊び人の金色の超合金を一刀両断した。
「こりでぃ。後、九人です~」
美空はとても酔っているとは思えない動作で武道家(男)魔法使い(女)賢者(男)魔物使い、黒魔道士、羊使い、二宮さん家の金次郎君の超合金を突いたり、斬りつけたりして次々と破壊していった。
「あとは~。もう一体だけでつね~」
「もう勘弁してください。お金なら払いますからもう許してくださいー」
恵梨は泣きながら懇願したが、美空は聞く耳を持っていないようだった。じりじりと恵梨に迫った。それをとめようと海渡は「村雨」で美空に斬りかかった。
「止めてください。美空さん……いくらこのるい~だが早く潰れしまえと思っていたとしても直接的すぎますよ。もう少しオブラートに包んでください」
「兄さんは~。いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもぉ~。そうやってわたっいの邪魔する。ハ! セイ!」
「邪魔をしているのではありません。美空さんいいですから刀をしまいなさい。このままではるい~だが潰れてしまいます。ふ!」
店の中で美空と海渡の激戦が繰り広げられた。礼音達は店の外に避難して成り行きを見守ることしかできなかった。店の中は斬りつけられてひどい有様だ。
「わ、分かりました。恵梨の負けです。これ以上店を壊さないでください。許してください」
恵梨は海渡達に向けて土下座をした。でももう遅いようだった。この戦闘民族渡兄妹は誰にも止められない。
「聞いてないわ……恵梨悪い夢だと思って諦めなさい。私たちは見ていることしかできないのよ」
「わ……私の三階建ての夢が……全国展開が……」
恵梨が夢破れて絶望している間に渡兄妹の壮絶な斬り合いは店が崩壊するまで続けられた。




