番外編お隣は魔王家D「第一話 美空襲来!」
第一話「美空襲来!」
「兄……さん……お願い……ら起……て!」
どこかからか声が聞こえてくる。よく聞きなれた声で聞いていると安心するような声だ。僕はこの声を知っているような気がする。でもざーざーと雑音がうるさくてよく聞こえない。その声に耳を澄ませようとすると雑音が大きくなる。この声の正体をつきとめるために何度かチャレンジしてみたのだが、結局その声の正体は分からなかった。
それよりも僕はどこにいるのだろうか。僕は何も無いのっぺりとした空間に横になっている。これは夢の中なのだろうか。体を起こそうとするが、貼り付けられたように体が動かない。雑音と謎の声が聞こえるので具合が悪くなりそうだ。夢なら早く覚めて欲しい。
確か僕にはやらなければならないことがあったはずだ。海渡が強く念じると目の前が突然開けて、まばゆいばかりの光が入ってきた。それを境に海渡の意識は閉ざされた。
◇
勇者記念学園、そこに一人の少女が転校してきた。その名は渡美空。渡海渡の妹にして……妹だ。母親の反対を押し切って今日、無理やり転校してきた。理由は体の弱い兄が心配で心配で心配で心配で心配で心配で……仕方なかったからだ。一月前兄の後押しもあり、実家を離れて別居中の母親の所に行ったのだが、一月と持たなかった。
美空は兄のことを思うと、好物ののど飴も喉を通らなかった。兄から離れて三日後にはイライラが頂点に達し、母親の実家の庭の庭石を、全て海渡の石像にしてしまったほどだ。日に日にやせ細って、DVを行ってくる美空にほとほと困った母親は、泣く泣く美空を手放すことを決意した。
美空は兄を驚かそうと、そのことを兄に告げなかった。父親にも「言ったら殺すからね(でれーん)」と電話と手紙で口止めをしておいた。
そして、ついに今日ようやく、転校の手続きも整い勇者記念学園の校門前に来ていた。美空はここで兄を待ち構えて感動の再開を果たすつもりでいた。
「兄さん。驚くだろうな……ふふ」
兄さんのことを思うだけで不思議と笑みがこぼれてしまった。まさに夢にまで見た兄との再会。やはり私は兄とは離れるべきではなかった。もう私は二度と兄とは離れるつもりはない。その意気込みでここに立っていた。
しかし、一向に兄は現れなかった。校門のど真ん中で待ち構えている謎の白装束を着た少女に登校してくる生徒達は何事かと奇異な視線を向けていたのだが、美空にはどうでもよかった。早く兄が来ないか来ないかと待ち構えていた。
そこに担架を運んでくる三、四人の集団がものすごい勢いでこちらに向かってくるのが見えた。
「どけ! どけ! 邪魔だ!」
口汚く、周りの人間を蹴散らすながら目付きの悪い男が一人。
「みんな。ごめんね。どかないと踏み潰すよ」
口調は柔らかいがこちらも人を殺しそうな目付きで担架を持って目付きの悪い男が蹴散らした人を踏み潰しながら通る女が一人。
「みなさん。ごめんなさい通りますね」
ひたすら担架を持った二人の非道を謝り続ける銀髪の赤い瞳の少女が一人。
「まいどです。通りますね」
『るい~だ』と書いた鉢巻を締めた少女がその後を足早に通り過ぎていった。その担架に乗せられているのが、血を吐いているがりがりの男。紛れもない美空の兄渡海渡であった。
「え……。兄さ……ふげ!」
「邪魔だ。何校門の前で立っていやがる! 人の迷惑を考えやがれ!」
「これだから最近のガキは邪魔よ」
「ごめんね。白い人さん」
「まいど~」
美空は兄に駆け寄ろうとしたが、目付きの悪い男に跳ね飛ばされ、口汚く罵られた。目付きの悪い、人を二、三人殺してそうな女にはガキ呼ばわれされた。せっかくクリーニングしたての真っ白な白装束も目付きの悪い男に跳ね飛ばされた衝撃で土にまみれ汚くなってしまった。
「な、なんなの! あの非常識な人は!」
美空の咆哮が校門前に響き渡り、晴れて美空は兄と物理的に衝撃的な再会を果たした。不幸なことに邂逅は二秒ほどであったが、なんともドラマチックで再会だった。
「兄さん……待っていてね。必ず助けだしますから」
◇
所変わって学校の保健室。
「大丈夫か! 海渡傷は浅いぞ!」
目付きの悪い男こと志麻礼音は海渡を気持ち悪くなるほど、揺さぶっていた。
「礼音くん。僕は大丈夫です……から……あまり揺さぶらないでください」
「そうよ。もっと病人を労りなさいよ」
目付きの悪い女こと小林美咲は礼音を海渡から引き離した。その横で銀髪の少女こと真木可憐が心配そうに見つめていた。
「それよりも授業始まりますよぉぉー」
鉢巻を巻いた女こと金沢恵梨はつまらなそうに保健室にある回転椅子でくるくるとものすごいスピードで回転していた。
その様子をドアの隙間から見ていた少女がいた。
「に、兄さんが汚されている……」
ドアの隙間から覗いていた美空は兄が弄ばれている様子を見て、ひどく憤慨していた。しかも、私以外に世話を焼くものなどいないと思っていたらとんだ伏兵がいた。
「兄さんを近づこうとするものは誰であろうと許さない」
美空は保健室のドアを開け放ち、ずかずかと兄の元へと駆け寄っていった。礼音達は謎の少女の乱入に呆然としていた。
「あのどなた……ですか?」
美空のただならぬ剣幕にさすがの礼音も及び腰であった。
「あなたこそ誰ですか? 私は海渡の妹の渡美空です」
「「「妹ぉ!」」」
礼音達はあまりのことに驚いていた。まさか海渡に妹がいるなどとは聞いていなかったからだ。しかも、こんなに可愛……いや、そんなことは問題ではない。その妹がなぜこの場所にいるのかだ。
「あの……その妹さんがなぜこちらに」
「よくもあなたはそんな台詞が吐けますね。厚かましい!」
「ちょ!」
美空は礼音に向けて懐から刀を抜いた。礼音は銃刀法違反の現場に立ちあってしまった。
「何するのよ!」
「あなたもですよ。兄さんにひどいことをして許さない」
「……と……えー」
脇から口出しをしてきた目付きの悪い女にも美空は刀を向けた。礼音達はこの銃刀法違反女をどうしようかと考えてい
た。美空は今にも泣きそうになってぶるぶると震えていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「なんのこっちゃいな~」
一人を除いて無言の睨み合いが続いた。やがて美空が刀をおろして言った。
「いいでしょう……」
「何が?」
「私に勝ったら兄さんを好きにしてもいいです」
「どうなったらそういう結論に至るのですか!」
礼音の突っ込みも虚しく響き、再び保健室は静寂が支配した。礼音はさて、この困った女をどうするのか考えあぐねていた。
「いいわ。勝負しましょう」
「おい。待てって」
「ただし、勝負の方法はこちらに任せてもらうわよ」
「だから待てよ。なんでそうなるんだよ」
「それでいいです。私は絶対に負けませんから」
「俺は知らねえからな」
美咲と美空はゼロ距離でにらみ合いを始めた。そんなこと昭和の不良しかやらないと思うのだが……。
「あわわわ。美咲ちゃん喧嘩はだめだよ」
可憐は美咲と美空の一触即発な様子を見て、わたわたとしていた。
「可憐。これは戦いなのよ。この戦いに負けたら海渡が取られちゃうのよ。いいの?」
「それは困るよ」
「だったら戦わなくちゃ……いけないのよ! 手に入れたいものがあるなら力づくで奪いとるのよ!」
「だからなんでそこで戦わないといけないんだよ」
「なるほど。さすが美咲ちゃんだね」
美咲は上手いこと言ったようなつもりだったが、まったくうまくはなかった。しかし、可憐はなぜか納得してしまった。
「美空さんとやら、では放課後に屋上まで来なさい」
「分かりました。逃げないでくださいよ」
「魔王記念学園の空気清浄機と言われたこの私が逃げる訳ないじゃない。笑わせないでよ」
「兄さん。また来るからね。それでは放課後に……」
名残惜しそうにしながら美空は保健室を出て行った。礼音はなぜか自信満々の美咲を生暖かい目で見つめていた。魔王記念学園の空気清浄機って……。
そんなことが起こっているとは知らずに海渡は気持よさそうにすやすやと眠っていた。海渡は無性に怒りが込み上げてきて、寝ている海渡の顔にちょび髭を書いてやり、カールを巻いたもみあげをつけたしてやった。
「それでどうするんだよ。美咲」
「大丈夫。私は負ける勝負はしない女よ」
美咲は窓辺に腕を組んで立ち、言った。言葉は力強かったが、膝は震えていたのを礼音は見逃さなかった。あの真剣の刀を持った女にどうやって勝つ気なのだろうか。
「礼音……危なかったら助けてね」
「はい。はい。分かったよ」
かくして、美咲は海渡の妹の美空と放課後に対決することになった。なぜか海渡を賭けて。美咲は恵梨と可憐に何事か耳打ちをしていた。
「……をお願い……」
礼音は放課後が来るのが不安で仕方がなかった。