十七話「俺は可憐が撃てるのか……後編」
今までの平穏な日常からは考えられない事態が起こっていた。校舎は破壊され、それを破壊しているのが、巨人だ。可憐の出現させた巨人は名を『アポロン』という。体中に巻かれた包帯と鎖は痛々しさも感じさせる。かつてはユオンと共に戦ったパーティーの一人ではあったが、魔王目前にして志半ばで散った。ユオンが出現させた巨人は『ヘラクレス』。鉄の鎧に身を包み、右手に棍棒を携えている。かつては魔王の使い魔であったが、とある事情があって、遊音は魔王から一部の力をもらった。その産物の一つが巨人『ヘラクレス』であった。
「それにしてもアポロンとはな。死者を冒涜する行為許せん」
アポロンは明るい性格のいいやつだった。志半ばで散ったので、勇者の一員としては数えられていない。得意武器が鎖鎌。それが、なぜ魔王の使い魔となっているか。分からないが、こんなことが許されるはずがない。
「魔王……今度こそ永遠に眠らせてやるのじゃ」
遊音は決意を込めて奥歯をぎしりと噛み締めた。
◇
「はあ、はあ、はあ」
礼音は巨人に向かって、走っていた。今まで茫然自失だった礼音も自分を取り戻していた。呆けている場合ではない。可憐を助けられるのは俺だけだ。その想いだけで礼音は巨人に向かって走った。礼音に何ができるという訳ではない。もしかしたら死ぬかも知れない。でも走らずにはいられなかった。
礼音は巨人を見つめた。いつの間にか巨人が二体に増えていた。一つは鉄の鎧を纏った巨人。もう一つは包帯と鎖に巻かれた巨人。礼音は鉄の鎧の巨人には見覚えがある気がしたが、記憶がぼんやりとしてはっきりしなかった。まるで夢を見ているような、とてもこの世のものの出来事だとは思えなかった。
しばらく走ると、校舎の瓦礫の山の中に海渡達がいるのが見えた。礼音は慌てて駆け寄った。
「おい。しっかりしろ。海渡! 美咲!」
「遅いですよ。礼音君」
「なんで……可憐があんな目に合わないと……いけないの」
美咲は体中から血を流しながら泣いていた。血と涙が混じりあい、まるで美咲は血の涙を流しているように見えた。美咲に乗っている瓦礫を取り除けようとしたところで、礼音は何者かに突き飛ばされた。
「どいてください! 兄さん大丈夫ですか!」
礼音が起き上がると一人の少女が海渡に駆け寄っていた。白装束の黒髪の少女。海渡の妹美空だった。美空は兄の危機を感じ取り、学校までやってきていた。これも兄妹愛の為せる技なのかも知れない。
「美空さん。なんで……ここに」
「そんなことはいいですから捕まってください」
美空は海渡をまるで物のように軽々と担いだ。少女の白装束は海渡の血で赤く染まった。
「お……おい、海渡をどこに連れて行く気だ」
「あなたには関係ないです! こんな目に合わせたあなたは絶対に許さない。この疫病神!」
「え……」
思いも寄らない罵倒を受けて、礼音は止まってしまった。その間に海渡は名も知らない少女にどこかに連れて行かれた。ごめん。海渡。お幸せに。
「おい。美咲、しっかりしろ」
美空だけは何とか自分の手で助けたい。礼音は何とか美咲の上に乗っていた瓦礫を取り除いた。礼音は美咲を抱き抱えた。美咲の体はいつものような熱が感じられず、少し冷たくなっていた。死なないで欲しいと礼音は思った。
「私ね……心残りがあるの」
「な……なんだ! 言ってみろ!」
ここで美咲が死んでしまうようなことがあったら礼音はどんな願いでも叶えてやろうと思った。
「あのね……こんなことならベータを処分しておくん……だった」
「お、おい。美咲……。美咲! 美咲! それが最後の言葉かよ。返事しろよ。おい! おい!」
美咲はそう言うと意識を失った。礼音は大切な親友を失ってしまった。自分の利益しか考えていない女だったが、礼音にとってはかけがえのない親友だった。
「美咲……お前の死は無駄にしない」
礼音は美咲をそっと瓦礫の上に乗せて、体の前で手を組んでやった。礼音は振り返らず、巨人に向けて駆けた。
「礼音……私まだ死んでないよ」
◇
巨人同士の戦いは遊音のヘラクレスが優勢であった。元より巨人としての格の違いで終始有利に進めていた。ただ、それに伴う遊音に対しての体への影響は計り知れないものだった。体に激痛が走り、吐き気がした。遊音は歯を食いしばり、何とか意識だけは失わないようにしていた。
「ぐ……」
「ユオンよ。どうした? 顔色が悪いのではないのか」
可憐は自分の巨人が劣勢にも関わらず、余裕の表情は崩してはいなかった。
「わしが……このまま押し切るぞ」
「ユオン……我は許さない」
「いつまで……こだわっているのじゃ……その体は可憐ちゃんのものじゃ。離れんか」
「そうか。では後ろのやつを踏み潰す」
遊音の背後にはいつの間にか礼音がいた。礼音は長い距離を走ってきて、息を切らしていた。
「礼音……しまった」
巨人アポロンは礼音を踏み潰そうとした。遊音はヘラクレスで止めようとしたが、アポロンの方が一歩早い。
「ユオンよ。そこで悔しがっているがいい!」
巨人アポロンは礼音を今まさに踏み潰そうとしている。礼音も必死に逃げているが、アポロンの足に捕らえられようとしていた。礼音は覚悟を決めて、目をぎゅっと瞑った。
「ぐううううううう。そんな……まさか……礼音! 逃げて!」
可憐の声が聞こえたような気がして目を開けると、アポロンが礼音を踏潰そうとしている直前で停止していた。
「ユオン……我はまた再び……」
その言葉を合図に巨人アポロンは消失した。肩に乗っていた可憐は足場を無くし、落下していく。可憐は気絶しているようで、身動きしない。それを礼音は慌てて間一髪受け止めた。
「可憐……よかった」
礼音は自分の腕の中で気絶している可憐を見て、安堵した。大事な人を守ることができた感触を得ることができて、礼音は涙した。
「礼音……良かったのう」
「じいさん! 大丈夫か」
じいさんは地面に横たわっていた。体は細かく痙攣し、熱い程に熱を発していた。
「礼音……」
背後から声が聞こえたので、礼音は振り向いた。そこには見慣れた人物が見たことの無い格好をして立っていた。
「……親父?」
「礼音。可憐ちゃんを引き渡せ」
親父の後ろにみたこともない服装の連中がいた。真っ黒な防護服に身を包んだ集団。なぜ親父がその連中と一緒にいるのか分からなかった。その数百人以上はいるように見えた。礼音たちを逃がさないように隙間なく囲んでいた。親父は礼音に剣を突きつけて、威嚇した。
「もう一度言う。礼音。可憐ちゃんを引き渡せ」
「礼音。紫音に引き渡すんじゃ」
礼音は仕方がなく、可憐を親父に引き渡した。腕の中にあった温かい温もりは一瞬にして無くなってしまった。
「可憐をどうするんだ!」
「……。可憐は然るべき場所に幽閉する。こんな騒ぎを起こしたんだ。当然だろう。よし。連れていけ」
「止めろ。やめてくれ!」
「礼音。お前は一族の恥さらしだ」
「ぐ……!」
親父の言葉が礼音の胸に突き刺さった。小さな頃から魔王を倒すために教育されてきた礼音には自分のやったことが一族の教えに背くことだということは十分に分かっていた。しかし、礼音は可憐に刃を向けることはどうしてもできなかった。もう一度、可憐が覚醒しようとも礼音は可憐を傷つけることなどできそうにないと思った。
「可憐を連れていかないでくれ! お願いだ! 海渡! 美咲! 親父を止めてくれ」
礼音の必死の叫びは虚しく響いた。無様ではあるが叫ばずにはいられなかった。
「礼音くん……」
いつの間にか恵梨が来ていた。恵梨はいつのものような笑顔ではなく、真っ青だった。服にも血がこびりついており、疲れきっているように見えた。
「恵梨! 頼む。親父を止めてくれよ」
礼音は恵梨にすがるように掴みかかった。
「恵梨には無理です……」
「そんな……可憐はどうなるんだ……。そうだ。海渡は、美咲はどうしたんだ?」
「……」
「恵梨?」
「海渡くんと美咲ちゃんは巨人と戦って病院に運ばれましたよ。礼音くんは見送ったじゃないですか」
「それも可憐がやったっていう……のか」
「結果的にはそうなります」
礼音はあまりの出来事に訳が分からなくなっていた。
「恵梨お前はなんでそう冷静なんだ」
「恵梨だって悔しいです。恵梨は見ていることしかできませんでした」
「そうだ。じいさんだ。じいさんなら何とかしてくれる。じいさん……じいさんどこだ!」
「礼音くんのおじいさんは意識不明ではありませんが、魔法で体を酷使しすぎたようで、ご自宅に運ばれました。それも 礼音くんも見ていたのでは無いですか?」
「そんな……可憐……ああああああああああああああ!」
こんな結末って無いじゃないか。俺はただみんなと仲良くやっていきたかっただけなんだ。そこに一通のメールが礼音と恵梨の携帯に届いた。可憐からだった。そこには短く一言だけメッセージが書かれていた。
『さようなら』
礼音は涙が止められなかった。段々と意識が遠くなってきた。これは悪い夢なんだ。早く目を覚ませ。俺がいるのはこんな世界じゃないんだ。せめて夢の中でも優しい夢を見たい。
「礼音くん! 礼音くん! しっかりしてください!」
意識の間で恵梨の声を聞こえる。うるさいな。俺は早く可憐のいる世界に戻りたいんだ。可憐のいない世界なんていらない。あってはならないんだ。
「可憐……」
礼音はそう呟くと、右手で携帯を握り締めながら、自分の意識を閉ざした。
Pass ……。
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To be continued