第十五話「カクカクシカジカ」
昨日からめでたく可憐の「メル友」に昇格した礼音は教室の隅で頭を抱えていた。礼音が頭を悩ませている理由は昨日からなぜか可憐が、礼音と距離を取るようになったからだ。しかも、昨日は三メートルだったが、今日は五メートルに距離が伸びているのだ。
「いったいどうしたらいいんだ」
礼音は今までの人生においての最大のピンチに焦っていた。しかも、考えても分からない。礼音は自分が可憐に好かれているに違いないと思い込んでいたので、何が原因なのかさっぱり見当がつかないでいた。
「まだ元に戻っていないの?」
「恵梨、さすがにこれはどん引きです」
「礼音君さっさと真相を暴露した方がいいと思いますよ」
昼休み、美咲と恵梨と海渡が礼音の席までやってきた。みんな今日も礼音と可憐がおかしいことに内心引いていた。おふざけにしてはこれはひどすぎると……。
「カクカクシカジカ……なんだよ。俺はどうすればいいんだ」
「なるほど。一つ分かるのは、これ以上可憐の距離が広くなると礼音の居場所がこの教室になくなるということぐらいね」
「んな!」
「可憐さんが教室から出るわけには行かないわけですから、礼音君は明日にはベランダにて授業を受けることになりそうですね。ご愁傷さまです」
恵梨は礼音に向かって、両手を合わせてお辞儀をした。礼音は藁にもすがる想いで美咲達に相談することにした。礼音は無性に恵梨のことを引っぱたきたくなったが、自重した。
「頼む。俺にはどうすればいいのか分からない。力を貸してくれ!」
「いいけど、じゃあ力を貸す代わりにフロッピーディスク七十七枚買ってね」
「では帰りに恵梨ん家のラーメンとギョーザを食べにくること」
「僕はですね……」
「分かった。分かった。言うとおりにするから頼む」
みんなで可憐と礼音がなぜこうなったか考えることにした。
「礼音から変なフェロモンが出てるんじゃない? ほら蟻とかおしりから出てるって言うよね。たぶん礼音も何か可憐が嫌うようなフェロモンみたいなのが出てるんだよ」
「昨日になっていきなりかよ」
「え! えーと。今まで十数年間我慢してきたけど、昨日になってもう我慢の限界が来た! たぶんそうだ。そうしよう」
美咲は面倒になってきたのか、適当な論理で煙に巻こうとしていた。
「待ってください。恵梨には分かります。ずばり! 可憐さんは礼音君のことを生理的に受け付けなくなってきたのです」
あまり美咲の理由と大差が無いとは思うが、美咲も恵梨も大概ひどい。いままで俺のことをどう思っていたのか、今分かったと礼音は思った。
「馬鹿ですね。恵梨さん。僕は礼音君と可憐さんとは付き合いが長いのでよく分かりますよ。礼音君、あなたはいったい誰ですか?」
「は!?」
海渡は何を言い出すのかと思ったら、意味不明のことを言い出した。きっと入院しすぎて、頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
「他の人間は騙せるのでしょうが。私は騙されませんよ。この偽物が!」
どこから持ってきたのか海渡は、刀を振りあげて礼音を斬りつけようとしていた。礼音はこいつをどうにかして視線で殺してしまえないだろうかと真剣に考えていた。
「……」
「美咲……俺は今無性に海渡をおろし金で摺り下ろしたい」
「許可します!」
「あああああ……」
美咲の許可が降りたので礼音はおろし金がなかったので、礼音は美咲の持っていたバリカンで海渡の頭を逆モヒカンにした。
「頼むから真剣に考えてくれ! 俺は真面目に困っているんだ!」
「もう飽きたから直接可憐に理由を聞いて来る。ねえ。可憐話があるんだけどー」
「じゃあ最初からそうしろやー!」
礼音は持っていた。バリカンを叩きつけた。ひどい辱めを受けたと礼音は思った。
「なんで僕が、逆モヒカンにならなければならないんですか……」
「これも運命だ……諦めろ」
海渡は自分の頭がとんでもないことになっていたので、半泣きだった。礼音は優しく刈りとられた髪の毛を拾い、そっと植毛した。
十分程したところで、美咲は戻ってきた。
「あのね……可憐の話によると……カクカクシカジカだって」
「そうか。なるほどカクカクシカジカなのか」
「僕はカクカクシカジカだとは思いませんでしたよ」
「な。なんだってー! 恵梨はカクカクシカジカだとは気が付きませんでした」
つまり、美咲の話によると、可憐にも何が原因が分からないのだそうだ。可憐が礼音のことを嫌いになった訳では無いということが分かって、礼音は安堵した。「俺はまだ行ける」と……。
「ただね……可憐の話によるとカクカクシカジカなの」
「もうそれはいい……」
「そう? じゃあ普通に話すけど可憐が言うにはね、最近変な夢を見ることが多くなったみたいなの」
「変な夢?」
「うん。可憐はこう言っていたの。『最近夢を見るの。狭い部屋の中で一日中泣いている人がいて、私はその人をずっと見ているの。ある日、いつものように同じ夢を見ていたんだけど、急にその人は豹変して部屋の中で暴れまくるの。そして、私にこう言うの。勇者を殺せって。そこでいつも私は目が覚めるの。目が覚めると、体は汗でびっしょりなの。私怖い』って」
と美咲は可憐風に涙目でフルフルと小刻みに震えながらモノマネをしながら話した。途中、礼音は美咲のモノマネがあまりにもひどすぎてイライラが頂点に達した。礼音はスイッチを押して、落とし穴に落としてやりたくなったが生憎落とし穴は用意していなかった。
それはそうと可憐の中で何かが起こっているのは、間違いないように思えた。そうでなければ俺とこれほど距離を取るわけが無い。そうに違いないと礼音は自分に必死に言い聞かせた。
結局、四人集まったが、有効な対策は何一つして出なかった。収穫は美咲のモノマネは似てないなということだけだった。
◇
午後、可憐が具合を悪くした。美咲は礼音の体臭がきつすぎるなどと、言っていた。礼音は可憐に近づけないので仕方が無いので、美咲に保健室に連れていくことをお願いした。礼音はまるで我が子を取られたような想いでいっぱいだったが、歯を食いしばりなんとか耐えた。
午後の国語の先生の退屈な授業を聞きながら、礼音は可憐のことを考えていた。可憐は大丈夫だろうか。やはり嫌がられても俺がいけば良かった。美咲になどまかせてはいられない。やはり、可憐には俺がいなければならない。だから、今日は具合を悪くしたんだ。そうだ。きっとそうに違いないと礼音は自分のノートに可憐の名前をびっしりと書き込みながら考えていた。
(保健室と言えばそういえばこの間可憐が別人になった。あれはいったいなんだったんだろうか。そういえば昔、一度……)
「きゃああああああああああ!」
「なんだ……」
どこからともなく女の叫び声があがった。その後、今まで聞いたことが無い轟音が学校中に響き渡った。