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お隣は魔王家  作者: kaji
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第1話「魔王は自然を愛す」

 俺の先祖は勇者だ。かつては魔王を見事に打ち倒して英雄になったがそれも今は昔、世代が代わるごとに人々から勇者の権威は薄れ、今に至ってはただの普通の人に成り下がっている。俺も勇者の血筋は付いているが血を受け継いでいるだけで別に特別な能力は持ちあわせていない。ただ俺たち勇者の一族には一つの決まりごとが残っている。


『日々鍛錬を怠らず、魔王を常に監視し、有事の際は魔王を撃て』


俺たち一族はこの格言を守り、日々の鍛錬を怠らず魔王を常に監視することになった。その結果俺たちの家の隣に魔王の一族が住んでいる。なぜ勇者の家の隣に魔王が住んでいるのかわからないが俺のじいさんが言うにはその方が便利だからという単純な理由だった。まあそうだろうけどもそれでも隣同士で住まなくてもいいんじゃないかと思う。

 俺は毎日の鍛錬の剣の素振り、ジョギング、筋トレをしてからご飯を食べて隣の魔王一家の家に向かう。魔王一家の家と言っても別に特別な家でもなんでもない。ただの普通の家だ。手で開けられそうもない門もないし、危険な怪物を放し飼いにしてもいない。ただの普通の一般家庭の家だ。

 俺は『真木』という表札の魔王一家の家の門をくぐりそのまま庭に向かう。そこで魔王一家の一人であり、俺の幼馴染みでもある真木可憐を迎えに行くのだ。

 真木家の庭に行くと白い頭をした女の子が草むしりをしていた。髪が垂れ下がり表情が良く見えない。真木可憐は魔王の血を引いている癖に自然をとても愛している。特に畑いじりがとてもお気に入りのようで暇があれば畑に出てせっせと草をむしる。水をやる。俺はよくやるもんだと感心していた。


「可憐。そろそろ行かないと遅刻するぞ」

「……ん」


俺の声を聞いて可憐は顔を上げた。白い髪の中からルビーのような赤い瞳が二つこちらを伺ってきた。


「……時間? 礼音……ちょっと待ってて今準備するから」


そう言うと可憐は俺の返事を待たずに家の中に消えていってしまった。

 数分後、可憐は戻ってきたダルそうに体をこれでもかと言うくらいに脱力して出てきた。いつもダルそうだが今日は特にダルそうだ。


「可憐。どうした。今日は調子わるそうじゃないか?」

「……」

「可憐?」

「……」


どうやら可憐はあまりのダルさに返事ができないようだ。その代わりに察しなさいよという恨みがましい目を俺に向けてきた。きっと昨日『木村太郎の畑の育て方ワンポイントレッスン』を見て夜寝るのが遅くなったのかも知れない。可憐はあの番組の熱烈な視聴者だ。5分間だけの短い番組だが可憐はあの糞つまらない番組を欠かさず録画し、暇があればリピート再生している。


「どうだ。今年は豊作か?」

「……」

「明日は雨が降るらしいから水をやる必要ないな」

「……」


可憐は俺の会話に首をわずかに上下左右に振って肯定、否定の動作を作る。なんだか旗から見ると俺が一方的に会話して可憐に無視される可哀想な男に見えるがそんなことは無い。きっと無いはずだ。

 学校の近くまで来ると同じ制服を来た奴らが多くなってきた。みんな僕たちを見てひそひそと噂をしたり、目を逸らしたりしている。俺があまりにもかっこいいからとかそんな理由では無く、可憐が魔王の血を引いているからだ。可憐は魔王の血を引いているせいでみんなから意味もなく嫌われている。それを可憐も知っているので可憐は学校に着くまでの道すがら何も喋らない。俺も諦めて何も話さないことにした。可憐がそれを望んでいるからだ。

俺はよくみんなに可憐のことを弁解したが誰も理解してくれなかった。きっと理屈では無いのだろう。俺もよく可憐といることで批難されることがあるが余計なお世話だ。俺が誰と仲良くしようが俺の勝手だ。できることなら可憐を批難するやつは一人ずつ殴ってやりたいがそうも行かないので結局は黙っていることにした。

 なんとか学校までたどり着き自分の教室に入る。一瞬俺たちに目線が集まるがすぐに元に戻った。中には露骨に今日も来たのかという目付きをするやつもいるがいちいち腹なんて立てても居られない。俺は可憐と連れ立って自分たちの席に座った。俺の席は窓際の後ろの方でその右隣は可憐の席だ。偶然では無く、魔王の血を引く可憐を監視するということで特別にその席配置になった。

 俺たちが席に着いた所でいつもの3人組がこちらにやってきた。


「どうしたの? 可憐元気ないですね?」

「どうせ。礼音が何かしたんでしょ?」

「ああ。礼音セクハラは良くないよ。セクハラは犯罪ですよ。ごほごほ」


一人は金沢恵梨。彼女の先祖は勇者のパーティーの僧侶だった。ただ今は俺同様回復魔法も何も使えない。ただ代わりに彼女は絆創膏などを持って歩いている。本人曰く魔法使えないから絆創膏をもって歩いているという意味の分からない弁解をしている。

もう一人は小林美咲。彼女の先祖は魔法使いだ。美咲も魔法は使えない。ただ、美咲はかなりの家電好きだ。『科学は魔法だよ』が彼女の口癖となっている。なんとも時を経てずいぶんと俗っぽくなった魔法使いだなといつも思っている。

 もう一人は渡海渡。彼の先祖は戦士だ。戦士と言っても本人はかなりガリガリの人間で体が弱い。頻繁に学校を休んでいるので学校の出席数は結構ぎりぎりだ。彼の先祖は今の彼のことを見てどう見ているだろうか。非常に気になるところだ。


「うるさいな。俺がセクハラなんてやるわけないだろ。いつものあれだよ。あれ」

「あれか」

「あれね」

「ああ。あれだよ」

「あれなら仕方がないな」

「あれなら無闇に話しかけない方がいいな」

「あ。ああそうだな」


何かあらぬ誤解を受けているような気もしないではないが仲間というのはありがたいものだ。可憐はと言うと会話には加わらず最近の愛読書の『トマトの神秘~ミニトマト編~』に熱中している。

 社会の時間。今日は勇者の第三次遠征の話だった。この第三次遠征で勇者は魔王を倒し世界は平和になった。俺の先祖の話だがものすごく居心地が悪い。だってそうだろう自分のおじいさんの活躍をみんなの前で発表されたら恥ずかしいだろう。それがどんな功績であったとしてもだ。俺からすれば俺のじいさんが 152年に囲碁大会で優勝しました。これはとてもすごい快挙です。この日を記念してこの日を囲碁の日として国民の休日にしました。『囲(1)碁(5)で勝利ニ(2)ンマリじじい』で覚えてください。

 俺がそんなくだらない妄想をしていると海渡が弱々しく手を挙げた。


「せ。先生。具合……が悪いので保健室。ごほ。ごほ。行っていいですか。ぐふぉ」

「あ。ああ。いいが渡。だい……丈夫か」

「すみません。では……行ってきます。ごほごほ」


海渡は壁に手を付いて何とか教室から出て行った。あれでよく普通の生活ができるものだといつも感心してしまう。前に海渡に聞いたことがあるのだが僕の具合の悪いのは病気では無いのですよ。と意味深なことを言っていた。

 放課後、恵梨の実家のラーメンを食べに行くことになった。なんでも新作の創作ラーメンができたとのことで試食をして欲しいそうだ。

 復活した海渡と恵梨の実家ラーメン屋「るい~だ」に行く。どこにでもありそうな町のボロいラーメン屋だ。ただ違うのはここの家の十人は勇者のパーティーの僧侶の血を引いていてたまに恐ろしい創作ラーメンをメニューに加えるという点だ。

 4人でカウンター席に座って恵梨は親父と一緒にラーメンを作り始める。俺は心の中で頼むから甘いもの系統のラーメンは勘弁してくれと先祖の勇者様に祈った。


「恵梨。今度はまともなラーメンなんだろうな。この間のジャムマーガリンラーメンはひどかったぞ。パンじゃあるまいしお前の頭はどうなってるんだ」

「今回のは自信があります。期待していてください」

「楽しみですね。ごほごほ。恵梨さんのラーメンはいつもいい夢見させてもらってますから」

「お前は食べない方がいいんじゃないか。この間だって無理して完食して1週間休んだだろ」

「まあ食べて見ようよ。早く出してちょうだい」

「はい。お待ちどう様です。今回は自信があるんですよ」

「自信……あるんだ」


俺達の前にはこってりとした味噌ラーメンの上に載せられた超巨大パフェが出現した。俺を始めみんな絶句している。恵梨は自信満々でしてやったりとした表情をしている。恵梨の親父に助けを求めようとしたがいつの間にかどこかにいなくなっていた。


「はい。早く食べてください。これが良かったら正式にメニューに加えることになってます」

「恵梨。お前これもちろん試食はしたんだよな?」

「ええ。もちろんです」

「……目眩とか息切れとか吐き気とかはしなかった……?」

「まさか。そんなものをみなさんに食べさせるわけはありませんよ。さあ。どうぞ遠慮しないでください」


もちろんってこいつ絶対に舌おかしい。遠慮じゃなくて畏怖しているんですよ。隣の海渡はいつもどおり具合悪そうだし、美咲はやたらとキョロキョロしている。いや。これどっきりじゃないから。いつまでたっても助けは来ないから。可憐はというと上にあるメニューを見ている。何か気になるメニューでもあるのだろうか。


「おい。美咲お前食べて見ろよ。親友だろ」

「ここで親友とか関係ねえし。お前男だろ。ここでがぶっと行って男気見せて見ろよ」

「これがぶっと行ったら逝ってしまうってマジで」

「だったらパフェから遠い所でもいいから食べろよ。ほら恵梨が不安そうにしてるじゃないか」

「……メンマください」

「え!」


俺と美咲がどっちが先に逝くか相談していた所で可憐が空気を読まずにメンマを注文した。さっきからメニューを見ていたのはメンマを探していたのか。


「はい。どうぞです。可憐はメンマが好きですよね」

「ありがとう」


可憐はパフェの載ったラーメンをどけるとメンマをポリポリと食べだした。こいつ。まさかメンマでごまかすつもりか。


「礼音君。美咲君。食べないなら……。僕がお先に食べますよ。ごほごほ」

「いやいやいやいやいや。止めておけってお前は死にたいのか!」


俺は慌てて海渡を止めた。


「恵梨君のラーメン食べない訳には行きませんよ。ではお先に。ずるずる。意外と。ごほごほ。……。いけ……」


俺が止めたにも関わらず海渡はご丁寧にパフェの一番載っている所を食べた。


「ど。どうでしょうか?」

「……」

「海渡?」


海渡は止まっていた。よく見るとラーメンを食べながら気絶していた。


「ああ。男だぜ。本当の男だ。海渡はよ。礼音私たちも続くぞ」

「そうだな。死ぬときは一緒だぞ」


俺たちは一気にラーメンを啜った。なぜか味は覚えていない。気がついたら地面に寝ていた。


「みんな。ごめんね。パフェラーメンは見送ることにします」

「ああ。頼むよ。それと頼むからお前はもうラーメンを作るな」

「ひどいです。絶対に次はぎゃふんと言わせてあげます。覚悟してくださいね」

「ある意味ぎゃふんって言ってるから」

「おい。礼音。右手から血が出ているぞ」

「うん? 本当だ。気絶した時に擦ったのかな」

「……」

「大変です。今絆創膏持ってきますね」


見ると右手の甲から少し出血していた。俺がティッシュで血を拭っていると視線を感じた。可憐がじっと俺の血を見ているのだ。可憐の目が怪しく光る。まずいな。発作が起きるかもしれない。


「可憐! 可憐!」

「う……うう」


俺は立ち上がって可憐を揺さぶった。触って見て分かったがものすごく可憐の体は熱くなっていた。どうやら初期段階に入ってしまったようだ。


「美咲。まずい。可憐を移動させるから手伝ってくれ」

「わ。分かった」

「僕は……どうすればいい」

「お前はいいから休んでろ!」

「あれ! 礼音君。絆創膏持ってきたよ」


俺と美咲とで可憐を抱えてラーメン屋から出た。このままだと恵梨のラーメン屋が潰されてしまう。できるだけ人気が無くて建物が少ない所に移動しないといけない。俺の頭の中で一瞬『有事の際は魔王を撃て』という言葉がよぎった。俺はいつか可憐を撃たなければ行けないのかも知れない。

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