お隣は魔王家番外編2~海渡編3~
渡家の玄関の前には美空の父親、渡拓海が立ちはだかっていた。いつもの悪趣味な紫色のスーツではなく、真っ白なスーツを着ていた。
「兄さんは私のものです。言ったはずですよね。私と兄さんを引き離すつもりならあなたを殺すって。私は本気ですよ」
美空の父親は右手に秘蔵のコレクション「鬼切」を携えていた。美空の父親には洗車の他に刀集めの趣味があった。最初は単なる興味でしかなかったのだが、いつしか取り付かれるように刀を蒐集し、どこから手に入れたのかわからない国宝級のものまでもあった。
美空の父親は「鬼斬」を真一文字に構えた。しかし、剣術に関しては専門外であった。父親の死んだ兄は剣術に優れていたが、拓海は剣術の素質はまるで無かった。昔、じいさんに教えてもらった型は覚えているので、それらしくは構えられるのだが、万が一にでも美空に勝てるはずがなかった。
「美空。お前に渡家の剣術の真髄を見せてやる」
美空の父親はすり足でじりじりと美空に詰め寄った。父親がまるで剣術ができないことは知っていたので、美空はいかにも戦える風を装っている父親の姿に非常に腹を立てていた。それと不慣れなすり足など使っている父親の姿が不憫に見えてきたのだ。
父親は刀を真一文字に構えているが、腰は引けていた
チャキ
「ひっ……」
美空は刀を鳴らして威嚇した。その音を聞いて、父親はぶるぶると体を震わせた。いくら剣術はできなくても、美空と自分との実力差は分かっていた。だが海渡を書斎に残してきた以上、ここは体を張ってでも止めなければいけなかった。
「美空よ。謝るのなら今のうちだぞ。父も鬼ではない。大人しく母親の所へ行け」
父親安っぽい挑発をして美空を揺さぶろうとした。だが、そんな作戦に乗る美空ではなかった。美空は心の中で名刀「鬼斬」が泣いていると思った。
美空は父がこんなのでは無かったら今頃は母親と幸せに暮らしているのにと思った。兄が父の元に残ると言ったので美空も母親に付いて行かずに渡家に残った。そうでなかったら今すぐにでもこの家を出て行きたかった。
「あんたは許せない! さっさとどいてよ」
「兄と居たければ私を倒していきNA」
「あ。ポルシェに猫が乗ってる」
「なにいいいいいいい。どこだ。その糞猫は! ワックスかけたばかりなんだぞ」
「隙ありぃぃぃ!」
がら空きの向こうすねをクリティカルヒットした。かなり加減をして峰打ちを食らわせた。骨にまで影響は無いと思うが、かなり痛いはずだ。向こう三ヶ月は風呂に入るたびに骨に染みて、的な歩行もできないはずだと美空は目算した。
「ぐはあああ。しまったあああああ。さすがだ。私を超えるとはな。しかし、これは……痛い。兄さんとても痛いです」
脛を抑えながら、みっともなく悶絶しながら父親は倒れた。美空は汚いものでも見るような目で父親を見下ろすと、父親を避けて家に向かった。
「通るからね」
「……どうするつもりだ」
父親の今まで聞いたことのない低いトーンの声に美空はぞっとした。
「え……どうするって? あなたには関係ないでしょう」
「分かっていると思うが、あれはお前の兄だ。それともうすぐ死ぬ。執着し過ぎると後で辛いだけだぞ。私のことが憎いかもしれんが、これはお前のためでもあるんだ」
「だからって! 私は放っておけない」
「私の死んだ兄も私にもったいないくらいの良い兄だった。何でもできて頭も良かった。私もよく兄と比べられたもんだ。じいさんにはよく言われた。何で兄に斑点ができたんだろうなって。私だったら良かったにとな」
「……」
「私の兄は死ぬ直前になって失踪した。きっと死ぬ姿を見せたくなかったんだろうな。私は必死に探したけど見つからなかった。見つけたときはもう亡くなっていた。私たちに遺書を残してな。海渡に斑点をあるのが分かった時に、私は頭が真っ白になった。なんで兄の次は私の息子がって。私は海渡にはあまり感情移入しないようにした。斑点のある人間は二十歳までには死ぬ。次は私には耐えられそうに無い」
「だからって私は兄さんのことは放っておけない。あんたがなんて言おうと私は行くからね」
「ああ。行け。そうして後悔すればいい。私の昔のように……」
「死ね! くそ親父!」
「ぐぼっ!」
父親の腹部に刀の柄の部分を突き立ててトドメを差した。美空は玄関に入りドアを閉めた。
美空にも痛い程分かっていた。考えないようにしていたけれど、兄さんはもうすぐ死んでしまう。あんなに私に優しくて誰よりも生きているべき人なのに……。
美空は知らず知らずのうちに涙が流れていた。もう止まらなかった。今までの兄との記憶がフラッシュバックし、涙が止めどなく流れた。
涙をぬぐって私は決意した。美空は最後まで兄の側にいると。
「兄さん待っててね」
美空は「雷切」を抱え、兄の元へと駆けた。