第9話「さよなら海渡よ。永遠に……」
俺たちは順調に勝ち進んでついに決勝まで来た。美咲と可憐の投手リレーで何とか勝ち抜いてこられた。嬉しい誤算だったのが美咲だ。美咲は恐らく百五十キロ程のボールを投げてバッターを三振にし、打てばホームランを量産した。これが練習の成果なのだろうか。俺は改めて美咲の恐ろしさを再認識した。
俺は美咲のボールのあまりの痛さに攻撃の時は水で冷やしていた。美咲のボールは早いだけではなく、重くてキャッチすると骨にまで響くのだ。
ついに野村との対決までやってきた。なぜ俺がそこまで野村にこだわるか。それは俺の志麻家と野村とは祖先の代からのライバルの家系にあるからだ。世間的には勇者は俺の家系だという認識だが勇者は当時、何人か選出されていたのだ。その中で有名だったのが俺の祖先の志麻と野村だったのだ。おれの先祖が先に魔王を倒して俺の家だけ目立っているので、野村家は疎ましく思っていた。ただ最近は全ての面で野村家に差を付けられている。俺も昔から野村の所にだけは負けるなと、教育されていた。恐らく野村も同じような境遇にあるのだと思う。例え、学校の野球であってもそれは変わらない。何であれ野村にだけは負ける訳には行かないのだ。
うちのチームの先行で試合が開始された。相手の女ピッチャーはゴリラみたいな体格をした女で百三十キロ程の速球と多彩な変化球で俺たちを翻弄した。去年もこのピッチャーだったがさらに今年は磨きがかかっているようだ。
相当、俺たちのことを研究しているようで俺も全くタイミングが合わず、一回表は三者凡退で終わってしまった。
一回の裏、先発は可憐。ナックルで相手チームでゴロを打たせる。さすがに可憐の指も大分限界にきているようだが何とか耐えて一回の裏は三者凡退に抑えた。やはりバッターは野村以外、それほど大したやつはいないようだ。
「可憐。いいぞ。この調子だ」
「うん。指痛いけど頑張る」
可憐は手をひらひらとさせて笑いかけてきた。その顔は痛みなのか少し引きつっていたが、可憐には何とか頑張ってもらうしかない。
二回の表、バッターは四番の海渡。ここは最低でもホームランを打ってもらわないと困る。
「海渡! 体に当ててでもホームランを打て!」
「礼音君。そんな無茶な」
「無茶でも何でもいい。とにかくホームランだ」
俺は必死に海渡にホームランのサインを送る。親指を逆さに立てて、下に振り下ろす。それがホームランのサインだ。海渡は諦めたように左バッターボックスに入る。いつになく目が真剣だ。
相手のゴリラみたいなピッチャーがセットポジションに入る。しかし、その時、キャッチャーが立ち上がった。
「何だと……」
これは敬遠の合図だ。二回も表から敬遠。それほど海渡が警戒されているのは分かるが、これは球技大会だ。野村のやつはそれほどまでに勝ちたいか。
一球目は大きくハズレてボール。二球目もボール。俺はたまらず叫んだ。
「海渡! どうした。もっとオーラを見せつけて球を引きつけろ!」
俺は打つ構えを見せて手本を見せてやる。ボールは待つものでは無い。引きつけるものだ。海渡は両手を広げてお手上げのポーズを見せる。
結局、俺のアドバイスも虚しく、海渡はフォアボールで一塁まで行った。塁に出た海渡ほど邪魔なものはない。何せ満足に走れないからだ。
次のバッターがゴロを打たされてダブルプレーになってしまった。うなだれて返ってくる海渡。俺はそこに追い打ちをかけた。
「海渡。なんだ。その無様な走りは。もっとスライディングして、セカンドをスパイクしてダブルプレーを阻止しろよ。情けない。こうだ。見ていろ」
俺は海渡にスライディングのお手本を見せてやった。
「うるさいよ! 礼音!」
「いで!」
俺は美咲にバットで頭を殴られた。思わず意識を失いそうになった。
「お前。何バットで殴ってやがる」
俺はたまらず美咲に食ってかかる。ここは男として、いや勇者の血を引くものとしてはここは引けない。
「あんた。うるさいんだよ。ちょっと黙っててよ」
「何だと。俺はな、海渡の怠慢プレーが許せないからアドバイスしてやっただけだ。文句あるか」
「あるわよ。あんたなんてさっき三球三振だったじゃない。しかも一回もバット振らせてもらえなくて、見送り三振なんてみっともない」
「お前だって三振だっただろうが。大して変わらねえだろ」
「私はバットに一回かすりました。あんたと一緒にしないでくださいー」
美咲は今まで見たことがない、憎たらしい顔をして俺を侮蔑する。この女大概にしろよ。俺はすっかり頭に血が登ってしまった。
「あの~。海渡君。美咲さんチェンジだよ」
「「うるさい! 今大事な所なん(なの)だ」」
いつの間にかチェンジになっていたが、俺たちは審判に警告されるまで言い合いをしていた。結局、俺が負けてしまった。女と口争いをして勝てる訳がない。
二回の裏、先頭バッターは野村憲。俺は野村の所だけ、ピッチャーを美咲に交代させた。さすがに可憐では小細工は通用しないと思ったからだ。
「あら。勝負してくれるの。ありがとよ」
野村が右バッターボックスにつくと俺にそんなことを言った。憎たらしいやつだ。俺は何とか野村に怪我をさせられないかそれだけを考えていた。まともにやっていたら必ず負ける。とりあえずホームランだけ打たれなければいい。俺は外中心のリードを取った。
美咲がセットポジションに入り、投げる。俺のリード通りにいいボールが来た。野村は一球目にも関わらず、思い切りバットを振った。
「やばい」
快音が響き渡り、左中間方向に打球が飛んでいった。まさか、入ってしまうのか。
「戻れ! 入るな」
俺は叫んだ。野村は打球を目で追いながら素早く一塁を回る。ボールは何とか美咲がキャッチした。もう少し伸びていたらホームランだった。
「ち、少し詰まったか」
野村は悔しそうに自分のベンチに戻っていった。どうやら思っていたほど、美咲のボールに差し込まれていたようだ。それを引っ張る野村も只者ではない。この試合、やはり野村を何とかしないといけないようだ。早い回で何とかノックアウトしないといけない。
四回の裏、ついにそのチャンスが回ってきた。ツーアウト二塁、バッターは五番の菊池。ちなみに二塁のランナーは野村だ。ここで俺は可憐に耳打ちする。
『わざと打たせろ。普通の握りのボールでいい』
『なんで?』
『いいから。俺に任せろ。俺に考えがある』
可憐は意味が分からないようで首をひねっている。たぶん話しても分からないだろう。俺はここを勝負所だと感じた。ここでどうしても野村をノックアウトしたいのだ。
可憐がセットポジションに入り、ただのやまなりの普通の回転のボールが投げられる。さすがのバッターも二巡目なので目が慣れたようで一球目から振る。バッターはボールを捉えて、そのボールはセンターで転がる。
「バックホーム!」
野村が三塁を蹴ってこちらに突っ込んでくる。ついに来た。予想道理の展開だ。センターの美咲からものすごいボールが返ってきた。
「死ねええええええええええええええ! 礼音おおおおおおん」
スライディングキック。野村のスパイクが怪しく光る。今日のために用意した特注品のスパイク。どんなものでもスパスパと切れるスパイクだ。こんなものを食らったらさすがの俺でもひとたまりもないだろう。
「俺を舐めるなああああああああああああああああああ!
それに対して俺はキャッチャーミットに仕込んだ鉄の板を利用して、タッチに(殴りに)行く。俺は野村の動きを読んで、ジャンプしてスライディングを避ける。残念ながら右太ももはえぐられてが、傷は浅い。そこに俺は野村の顔面をタッチに行く。
「もらったああああ!!」
会心の一撃が野村に加わる。ものすごい手応えがあった。野村は吹っ飛んで倒れる。やった。勝った。
「ア、アウト」
審判が自信なさそうにアウトを宣告する。
「礼音……ただで済むと思う……よ。絶対に後悔させてやる」
野村は意識を失う直前にそんなことを言っていた。
「担架だ。担架を持ってこい。泡を吹いているぞ!」
野村は意識不明で担架で退場した。全て俺の計算通りだ。俺はホームベースでほくそ笑んだ。
「よし。次の回、点取るぞ」
俺は邪魔者がいなくなったので、次こそ点を取るために意気込んでベンチに戻ろとした所で審判に止められた。
「君、退場」
「何―!」
俺はどうやら悪質な反則で退場になった。チームメイトから惜しみない拍手で送られ、グランドの外から応援することになった。これでは作戦が立てられない。
五回表、気落ちしたゴリラのような相手ピッチャーが海渡からホームランをもらう。海渡は血を吐きながらグランドを回る。
「いいぞ! 海渡! それだ。やればできるじゃねえか。なぜ、今までやらなかった」
俺は賞賛の声を海渡に送ってやる。さすが戦士の血を引いているだけはある。ここぞという時に活躍するやつだ。海渡はホームベースをタッチした所で倒れた。海渡も担架で病院に運ばれた。次に会えるのがいつになるのか分からない。俺は思わず、救急車に向かって手を合わせた。
「戻ってこいよ。海渡。必ずな」
この試合は病院送りが二人、退場が一人の壮絶な試合となった。しかし、一点さえ取ってしまえばこちらのものだ。
最終回、最後は可憐が締めて試合終了となった。
「優勝だああああ!」
俺は金網をよじ登り、みんなに駆け寄る。俺たちは可憐を胴上げした。うれしさのあまり三十回も胴上げしてしまった。可憐は気絶してしまったが、終始うれしそうだった。その笑顔を見ただけで失ったものは多かったが勝ってよかったと思った。
MVPは美咲だった。ホームラン五本に点を取られたのが野村に打たれたホームランの一点だけ、とにかく、今日の美咲はキレキレだった。女子ソフトボールから熱烈な受けていたのは言うまでもない。
可憐もピッチャーとして活躍し、試合中は可憐への声援が聞こえていた。きっとこの勝利が今後の可憐の生活にいい影響になると、俺は野村への反則プレーの件で職員室に向かう道すがら考えていた。