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第2話 次の約束

 充は自分の名前を一切口に出していないのに、見ず知らずの青年は確かに充の名を口に出していた。充は、そのことに対して困惑で声が出なかった。充の内心は顔に出ていたのだろう。青年は、静かに笑いを零した。

「ふふふ、ごめん。そんなに困惑されるとは思っていなくてさ。ばあちゃんから君のことは聞いてたんだよ。水曜日のこの時間帯に2つ隣の町から来て、駄菓子を買ってくれる子がいるって。」

「ばあちゃん?」

「そう、君が呼んでいる「よっちゃん」こと福富芳江は、俺のばあちゃん。俺は、孫の福山翔ふくやましょう。気軽に名前で呼んで。」

充は思い出した。芳江には一緒に住んでいる孫が一人いて、充と同じ歳だと話していたことを。それと同時に、充はこの場にその本人がいないことを思い出した。

「そういえば、よっちゃんは?」

翔は、レジに目を向けた。充が翔の目線を辿ると、焦げ茶色の木製の写真立てがあった。その中には、芳江と5年前に亡くなった芳江の旦那である福原義和ふくはらよしかずが写った写真が飾られている。開業したばかりの駄菓子屋を背景に撮られた写真の中の二人は、どちらも幸せそうな笑みを浮かべており、写真を見ている側もつられて微笑んでしまうような素敵な写真である。駄菓子屋「よっちゃん」は二人の名前から取ってつけたのだとはにかみながら話す芳江を、当時の充は微笑ましく聞いていた。

「ばあちゃん、2週間から体調崩して、今は東京の大きな病院に入院しているんだ。精密な検査が必要だから。」

充は、先週、新入生への部活の勧誘などに追われ、この駄菓子屋に来ることができなかった。充は、自分の知らぬ間に大変なことが起きていたことを知り、胸を痛めた。

「ばあちゃんの代わりとして、今は母さんがお店の経営しているんだけど、水曜日のこの時間は茶道教室の日だから、水曜のこの時間帯だけは俺が店番することになったんだ。」

翔は充に視線を戻した。

「学校終わってから店番してんの?」

「うん。俺の通っている高校、ここから徒歩で10分もかからないから、母さんと入れ替わりでって感じ。」

「大変じゃね?」

「そうでもないよ。2時間くらいの店番で、お客さんも滅多に来なくてのんびりできるし。何より、お小遣いもらえるしね。気楽なアルバイトだよ。」

だから翔はあんなに無防備に気持ちよく眠っていたのだなと、充は納得した。

「それより、今日は駄菓子買わないの?」

「あ、そうだった。」

翔の言葉に、充は片道30分かけてここまで来ている本来の目的を思い出した。充は、店内に目を向ける。

「んー、前来た時はチョコレート買ったから、別のにしようかな。あーでも、このチョコレートも捨て難いな。」

チョコレートにスナック菓子、ラムネ等、豊富な種類の駄菓子が揃えられているこの店で、充は何を買うかいつも悩む。腕を組みながら、無意識で独り言を呟き考え込む充を、翔は微笑ましく見つめていた。

「なぁ、翔は今、何の駄菓子が食べたい?」

「え、俺?」

充は翔に尋ねた。自分に話を振られると思っていなかった翔は、思わず聞き返した。

「中々決められない時、いつもよっちゃんに決めてもらっててさ。」

充は眉を下げて恥ずかしそうに笑う。

「そうだな。俺は、今だったらラムネが食べたいかも。」

「ラムネか、いいな!よし!」

充は、ラムネが置いてある棚に行き、瓶型のラムネ商品を2つ取った。容器の中から、カラカラとラムネがぶつかる音が聞こえる。

「これお願いします!」

「はーい。」

充は会計を済ませ、おつりと2つのラムネを受け取った後、翔にラムネを1つ渡した。

「どうしたの?」

「あげる。」

「え、何で?」

「んー...友達記念日?」

充は何と言うか迷った後、疑問形で翔にそう言った。

「…あはは!」

翔は声を上げて笑った。 純粋な、心から楽しいと思っているような笑いだと、充は思った。

「まだ会って数分しか経っていないのに、俺達、友達になったの?」

「あ、わりぃ!嫌だったか?」

充は悪びれたように眉を下げた。

「全然。むしろ逆。嬉しいよ。」

翔は充の手からラムネを受け取る。

「ありがとう。」

翔は充に微笑んだ。先程までとは違う、気を許したような微笑みに、充は心が温かくなるのを感じた。


 海の見える店前のベンチに二人で座る。まだ4月ということもあり、空は橙色に染まり始めていた。充がキャップを開けると、ラムネの爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。容器からラムネを1粒掌に取り出して、口に入れる。甘いラムネの味が口に広がり、少しずつ溶けていく。数十秒で溶けてしまうのが、少しだけ名残惜しく感じる。充は、また1粒取り出し、口に入れた。

「充は、1粒ずつ食べる派?」

「うん、翔は?」

「俺は、まとめて食べる派。」

翔は、掌に3粒取り出して、口に入れた。

「じゃあ、噛む派?」

「俺は、噛む派。充は?」

「俺は舐める派かな。」

遠くでカモメが鳴いた。4月の涼しい潮風が吹いている。波の音を聞き、海を見ながら、何気ない会話を楽しむ。それが、充と芳江の好きな過ごし方だった。それは、芳江と血の繋がった翔も同じであった。

 太陽が水平線に沈もうとしていた。もうそろそろ充は帰らなければならない。

「なぁ、翔。俺さ、来週もここに来ていい?」

充は、ずっと考えていた。自分がここに来ることによって、翔の時間を邪魔することになっていないか。もしそうであるならば、しばらくはここに来るのをやめようと思っていた。

「もちろん。充が来たい時に来ていいよ。俺はここにいるから。」

充は、右隣に座る翔を見た。西日に照らされた翔は、優しく微笑み、充を見つめていた。その微笑みと言葉から、充は芳江の面影を感じ取った。

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