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第1話 見知らぬ店員

 帰りのショートホームルームの終わりを告げるチャイムが流れる。学級委員長が帰りの挨拶をし終えたと同時に、白石充しらいしみつるは帰り支度を済ませていた鞄を手に取り、友人たちへの挨拶もそこそこに教室を去った。廊下には、友達と明日の授業について話す女子学生、今から遊びに行くのであろう男子学生グループ、大量の書類を抱えながら急ぎ足で職員室へ向かう先生たちがいた。充はその横を過ぎ、グラウンドまで出ると、部活動で鍛えている脚力を行使し、周囲の人々にぶつからないように配慮をしながらも、全速力で学校の最寄りのバス停まで走った。そのバス停までは、充の全速力だと約3分。いつもは、その2分後にバスが来る。このバスを逃すと、30分はバスが来ない。たかが30分と思われるかもしれないが、充にとってはこの時間のバスは絶対に乗らなくてはならないものだった。


 バス停が見えてくると、充は速度を緩めた。バス停には、同じ学校の生徒はまだいないが、主婦や高齢の方々が列を作り、バスを待っていた。充は息を整えながら、スマホを確認する。時刻は、15時43分。バスが来るまで、あと2分。充は、今日も間に合ったと安堵し、額を流れる汗を白いシャツの袖で拭った。

 1週間で唯一、部活が休みとなる水曜日。傍から見ると、充は部活が無いために帰りを急ぐ学生にしか見えないであろう。しかし、彼は家に帰るために急いでいるのではない。さらに言えば、充の通学方法は徒歩で、日常でバスを使うことはない。毎週水曜日のためだけにバスに乗って、充は目的地へ赴くのである。

 充は整理券を取り、後ろから2番目の窓側の席に座ると、ワイヤレスイヤホンを耳につけ、スマホを取り出した。音楽配信アプリを立ち上げ、今流行りのロックバンドの曲を再生すると、充は窓から流れる景色に目を向けた。

 充は、学校から最寄りのバス停を8つ過ぎたバス停で降りる。そこは、充が住む町の2つ隣の町。海の見える静かな郊外である。学校の最寄りのバス停からの乗車時間は、約30分。片道の運賃は200円で、往復400円。これから行く所で最大200円を使うと考えると、その日だけで600円の出費。月5000円のお小遣いの中、月に約4回来る水曜日だけで半分弱のお金が消えるので、勉強や部活が優先とされ、アルバイトが禁止となっている公立高校に通う充には、手痛い出費である。しかし、充の中にはその場所に訪れないという選択肢はなかった。


 充は、運賃箱に200円と整理券を入れ、バスから降りた。この郊外のバス停付近には、娯楽施設や観光名所がないため、基本的に充しか降りる人がいない。そのため、今日も充が降りた後、すぐにバスは発車した。充は、凝り固まった身体をほぐすように伸びをし、深呼吸をした。春の心地よい風のなかに、海の香りを感じる。充は、鞄を左肩に掛け直すと、目的地へと向かった。

 右側には、青く輝く海。今日は快晴で、雲一つない春空だった。波が壁に当たる音や遠くでカモメが鳴く声を聞き、今日は何を買おうか考える。

 歩くこと10分。目的地の目印である赤いベンチが見え始める。それは、所々錆びて、ペンキが剥がれ落ちているが、充にとっては年季が入っていて趣を感じるお気に入りのベンチであった。店舗の屋根に設置された茶色い木の看板は汚れているが、そこに書かれた黒い文字は辛うじて読める。『よっちゃん』―そこは、充が中学2年生の秋頃から通い始め、現在までの約4年間、毎週お世話になっている駄菓子屋である。充は、少し速足で店へと向かった。


 「よっちゃん、来たよー。」

充は木製のガラス戸が全開となっている入口で、この駄菓子屋の店長である「よっちゃん」こと「福富芳江ふくはらよしえ」に挨拶をした。いつもなら、芳江がニコニコと朗らかな笑みで「いらっしゃい」と充を迎えてくれる。しかし、その声はいつまでも聞こえてこなかった。

「あれ?よっちゃん?」

薄暗い店内を見渡す。ラムネやスルメなど、駄菓子が配列された店の内装は変わらない。しかし、その中で唯一、彼女の姿だけが見当たらない。充は、店内へと歩みを進めた。彼女がいつも座っているレジまで進むと、充はそこに彼女の代わりに人がいることに気がついた。その人物は腕を枕替わりに机に突っ伏していた。恐らく、眠っているのだろう。充は、明るい場所から暗い場所に入ったことによる目の見えにくさと、その人物の髪や服が黒色で焦げ茶色の机と上手い具合に同化していたことによって、人がいることに気づかなかった。

(不用心だな。泥棒が来たらどうすんだ。)

充は、この辺りは治安が良いため事件が起こるようなことはないだろうと思いながらも、眠り人の左手にある古くて白いレジを見ながら心配になった。癖のない綺麗な黒髪の持ち主から、小さな寝息が聞こえる。

(起こすの悪いし、よっちゃんもいないなら、今日は帰ろうかな。)

充は、音を立てないように店から出るために入口へと向かう。


「帰っちゃうの?」

突然、背後から男性の声が聞こえ、充の心臓は驚きで跳ねた。急いで振り向くと、先ほどの黒髪の人物が腕を上げて伸びをしていた。

「い、いつから!?」

「さっき起きたよ。安心して、狸寝入りとかじゃないから。」

充の言わんとしていることを汲み取ったのか、青年は答える。青年の寝起き特有のゆったりとしたかすり声から、充はその言葉に嘘はないことを感じ取った。青年は頬杖をつき、深海のように深い紺色の瞳で充を見つめると、甘いテノールの声で言った。

「いらっしゃい、白石充くん。」

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