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節約カップルの愛の形

作者: 夜凪アリス
掲載日:2025/10/26

金曜の夜、駅前の居酒屋。


ざわめきと笑い声が入り混じる中、奥のテーブルでグラスを打ち鳴らす2人の女性の笑い声がひときわ響いていた。


「かんぱーいっ!」

「かんぱーい! あ〜、やっぱ仕事終わりのビールは世界救うわ〜!」


看護師の真帆は、泡の乗ったグラスをぐいっとあおる。

向かいに座る佳奈は、市役所勤めの堅実女子──なのに、口を開けばやたらと爆笑をかっさらうタイプだ。


「で? この前言ってた“節約生活”どうなったの?」

「順調順調。今月はお菓子も全部手作り。カフェ代ゼロ円生活よ」

「マジで!? あのコーヒー好きの佳奈が?」

「そうよ。家で豆挽いて、彼と二人で“おうちカフェ”してんの。かわいいでしょ?」

「え〜、想像できない。あんたが“砂糖どうする?”とか聞いてる姿、コントにしか見えないんだけど」

「うるさい。意外と乙女なの、私は」


佳奈はポテトをつまみながら、にやりと笑った。

その笑いには何かを企んでいる気配がある。

真帆はその気配を見逃さない。


「で、どうせオチあるでしょ?」

「さすが。あるよ。」

「ほら来た! どうせ彼氏になんかやらかしたでしょ?」

「……やらかしたのは、むしろあっち。」


真帆のグラスが止まる。

佳奈の口角がさらに上がる。

この流れは、あの“佳奈劇場”の始まりだ。


「結婚式のために節約しようねって話したの、覚えてる?」

「うん。えらいえらい。堅実カップルって感じだったじゃん。」

「でしょ? だから、カードの明細チェックしたのよ。家計簿のためにね。」

「……うんうん?」

「そしたら、出てきたのよ。」

「え? なにが?」

「“エロ動画・女王様特集”って文字が。」


「ぶはっ!!!」

真帆はビールを盛大に吹き出した。

店員が振り返るほどの勢いだ。

「ちょ、ちょっと待って! 女王様!? よりによって!?」

「そう。よりによってよ。」

「やば、笑い死ぬ……っ。あんたの彼氏、ドM認定〜〜〜!!」

「でしょ? 私も二度見した。いや、三度見したね。」


佳奈は枝豆を一粒つまんで、わざとゆっくり口に放り込む。

その間すら“演出”みたいだ。


「でね、私、静か〜に聞いたの。“ねえ、節約するって言ったのに、なんでこんな無駄遣いするかなぁ?”って。」

「きたきた! お仕置き口調!」

「そしたら彼、顔真っ青よ。『あ、いや、それは……』って言い訳にならない言い訳を始めるわけ。」

「もうそれだけでおかしい!」

「だから言ってやったの。“そんなに女王様が好きなら、私が撮ってあげようか?あんたのお尻ペンペンされてるとこ”って」

「ぶははははっ!!待って、腹痛い!あんた、言葉のキレが最高!」

「彼ね、“えっ、な、何言って…”って顔真っ赤にしてたの」

「想像できる!動揺の仕方までリアル!」


「で、その後、“さぁ、反省会よ”ってリビングに正座させた」

「え、まさか……ほんとに撮ったの!?」

「もちろん」

「佳奈さん!?あなた節約の方向性間違ってる!(笑)」

「違うのよ、真帆。スタジオ代もいらない、衣装も不要、撮影機材はスマホ。これぞ究極のコスパ撮影」

「経済的すぎる(笑)」

「で、追撃よ。“いっつもお仕置きされてるくせに。なんでそんなの見るかな。そういうの見るくらいなら、自分で節約版つくればいいのよ”って言ってやったの。」

「節約版ってなに!! 爆笑すぎるんだけど!!!」

「しかもね、“ほら、お膝に来なさい。今からお尻百叩き撮影するわよ”って言ったら、本気でビクッとしてた。」

「ひぃぃぃぃぃ!!! 佳奈、あんたもう完全に女王様じゃん!!」


店の隅のサラリーマンが笑い声に振り向く。

佳奈は気にもせず、枝豆のさやを器に投げ入れた。


「いや、でもね、ほんとに不思議でしょ? そんな動画なんて見なくても、ついこないだ自分が“反省会”されたばかりなのにね。」

「もう何年もでしょ? 学ばないね、その彼氏!」

「そうなのよ! もう何年間も続いてるのに、“あの顔”見た瞬間に反省モード入るのにさ。」

「学習能力ゼロか。あんたの彼、愛すべきポンコツすぎる。」


真帆はテーブルを叩いて笑い転げる。

涙をぬぐいながら、腹を抱える。

「やっぱ佳奈劇場は最高だわ……これ聞くために生きてる気がする。」

「褒め言葉として受け取るわ。」


「で、撮ったあとどうしたの?」

「毎晩上映会よ」

「上映会!?(笑)」

「そう。“こないだのお尻百叩き、見直しておきましょうか”って言って再生するの」

「もうそれ、教育番組じゃん」

「彼、最初は“お願いやめて”って言ってたけど、最近は自ら“上映の準備できました”って報告してくる」

「それもう完全に調教済み(笑)」

「でしょ?もうね、彼の中で“節約=愛のムチ”になってるのよ」

「新しい教育方針すぎる!」


「まあ、ちゃんと話し合ったわ。“節約生活”の意味を改めて確認したの。お金の使い方にも“愛の方向性”ってあるじゃない?」

「なにその名言。ポスターにしたい。」

「でもね、可愛いのよ。お仕置き中はずっと涙目でみつめてくるし、次の日から、“コーヒー淹れといたよ”って朝から優しすぎる。」

「完全に飼い慣らされてるじゃん。」

「違うの。“愛の形”よ。」

「はいはい、愛の形、ね。……いやー、ほんと毎回笑わせてくれる。」


店員が新しいビールを運んでくる。

ジョッキがテーブルに置かれる音が心地よい。

真帆は笑いすぎて頬が痛いのに、もう一杯頼んでしまう。


「ていうか、あんたの彼氏、私だったらちょっと無理かも。」

「そう? でも、けっこう可愛いわよ。反省のときだけ。」

「反省のとき限定て!」

「でもね、最近はほんといい子なの。お菓子作り手伝ってくれるし、カフェ気分で節約してるし。」

「え、彼もお菓子作るの?」

「うん。“泡立て器マスター”って自称してる。」

「可愛いじゃん!」

「可愛いけど、調子に乗るとすぐ“反省会”になるのよ。」

「もうそれ、愛情の一形態として確立してるね。」


2人はしばらく笑い転げながら、枝豆と唐揚げをつまんでいた。

居酒屋のざわめきの中で、佳奈の話はまるで小劇場のコントのように展開していく。


「でもね、真帆。私思うの。」

「なにを?」

「節約って、我慢することじゃないのよね。」

「ほう?」

「楽しみ方を変えること。だって、お金をかけなくても楽しめること、いっぱいあるでしょ?」

「うん。確かに。」

「“反省会”もそのひとつよ。」

「おい!!!」

真帆はグラスを置いて爆笑。

「それを節約の一環に入れるな!!」

「でも事実じゃない? 動画買うより、身近で楽しく反省できるんだから。」

「確かに節約効果は抜群だけどさ!!」


笑い声が止まらない。

周りのテーブルからも、つられてクスクス笑いが起きるほど。


佳奈は、ふっとグラスを見つめて言った。

「でもね、ほんとに彼には感謝してるの。こうして笑い話にできるのも、あの人が真面目に受け止めてくれるから。」

「……うん、なんかいいね、それ。」

「ドSとか言われるけどさ、ちゃんと支え合ってる感じはあるのよ。節約も、結婚式も、これからの生活も。」

「いいじゃん。笑いあり愛あり、最高のカップルだわ。」

「でしょ?」

「でも、次の反省会は動画じゃなくて、脚本にして出したら? “節約カップルの反省劇”とか。」

「採用! 主演・私、助演・うちの彼。監督は真帆ね。」

「いや、監督ムリ! 絶対吹き出してNG出しまくる!」


2人はまた乾杯した。

居酒屋の灯りが温かく揺れて、笑い声が夜に溶けていく。


その夜、店を出る頃には、真帆の腹筋は笑いすぎで筋肉痛になっていた。

でも彼女は満足そうに言った。


「やっぱ、佳奈劇場は最高だわ。結婚しても、絶対シリーズ続けてね。」

「もちろん。“節約シリーズ第二章・新婚反省編”をお楽しみに!」


2人は顔を見合わせて、また爆笑した。

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