節約カップルの愛の形
金曜の夜、駅前の居酒屋。
ざわめきと笑い声が入り混じる中、奥のテーブルでグラスを打ち鳴らす2人の女性の笑い声がひときわ響いていた。
「かんぱーいっ!」
「かんぱーい! あ〜、やっぱ仕事終わりのビールは世界救うわ〜!」
看護師の真帆は、泡の乗ったグラスをぐいっとあおる。
向かいに座る佳奈は、市役所勤めの堅実女子──なのに、口を開けばやたらと爆笑をかっさらうタイプだ。
「で? この前言ってた“節約生活”どうなったの?」
「順調順調。今月はお菓子も全部手作り。カフェ代ゼロ円生活よ」
「マジで!? あのコーヒー好きの佳奈が?」
「そうよ。家で豆挽いて、彼と二人で“おうちカフェ”してんの。かわいいでしょ?」
「え〜、想像できない。あんたが“砂糖どうする?”とか聞いてる姿、コントにしか見えないんだけど」
「うるさい。意外と乙女なの、私は」
佳奈はポテトをつまみながら、にやりと笑った。
その笑いには何かを企んでいる気配がある。
真帆はその気配を見逃さない。
「で、どうせオチあるでしょ?」
「さすが。あるよ。」
「ほら来た! どうせ彼氏になんかやらかしたでしょ?」
「……やらかしたのは、むしろあっち。」
真帆のグラスが止まる。
佳奈の口角がさらに上がる。
この流れは、あの“佳奈劇場”の始まりだ。
「結婚式のために節約しようねって話したの、覚えてる?」
「うん。えらいえらい。堅実カップルって感じだったじゃん。」
「でしょ? だから、カードの明細チェックしたのよ。家計簿のためにね。」
「……うんうん?」
「そしたら、出てきたのよ。」
「え? なにが?」
「“エロ動画・女王様特集”って文字が。」
「ぶはっ!!!」
真帆はビールを盛大に吹き出した。
店員が振り返るほどの勢いだ。
「ちょ、ちょっと待って! 女王様!? よりによって!?」
「そう。よりによってよ。」
「やば、笑い死ぬ……っ。あんたの彼氏、ドM認定〜〜〜!!」
「でしょ? 私も二度見した。いや、三度見したね。」
佳奈は枝豆を一粒つまんで、わざとゆっくり口に放り込む。
その間すら“演出”みたいだ。
「でね、私、静か〜に聞いたの。“ねえ、節約するって言ったのに、なんでこんな無駄遣いするかなぁ?”って。」
「きたきた! お仕置き口調!」
「そしたら彼、顔真っ青よ。『あ、いや、それは……』って言い訳にならない言い訳を始めるわけ。」
「もうそれだけでおかしい!」
「だから言ってやったの。“そんなに女王様が好きなら、私が撮ってあげようか?あんたのお尻ペンペンされてるとこ”って」
「ぶははははっ!!待って、腹痛い!あんた、言葉のキレが最高!」
「彼ね、“えっ、な、何言って…”って顔真っ赤にしてたの」
「想像できる!動揺の仕方までリアル!」
「で、その後、“さぁ、反省会よ”ってリビングに正座させた」
「え、まさか……ほんとに撮ったの!?」
「もちろん」
「佳奈さん!?あなた節約の方向性間違ってる!(笑)」
「違うのよ、真帆。スタジオ代もいらない、衣装も不要、撮影機材はスマホ。これぞ究極のコスパ撮影」
「経済的すぎる(笑)」
「で、追撃よ。“いっつもお仕置きされてるくせに。なんでそんなの見るかな。そういうの見るくらいなら、自分で節約版つくればいいのよ”って言ってやったの。」
「節約版ってなに!! 爆笑すぎるんだけど!!!」
「しかもね、“ほら、お膝に来なさい。今からお尻百叩き撮影するわよ”って言ったら、本気でビクッとしてた。」
「ひぃぃぃぃぃ!!! 佳奈、あんたもう完全に女王様じゃん!!」
店の隅のサラリーマンが笑い声に振り向く。
佳奈は気にもせず、枝豆のさやを器に投げ入れた。
「いや、でもね、ほんとに不思議でしょ? そんな動画なんて見なくても、ついこないだ自分が“反省会”されたばかりなのにね。」
「もう何年もでしょ? 学ばないね、その彼氏!」
「そうなのよ! もう何年間も続いてるのに、“あの顔”見た瞬間に反省モード入るのにさ。」
「学習能力ゼロか。あんたの彼、愛すべきポンコツすぎる。」
真帆はテーブルを叩いて笑い転げる。
涙をぬぐいながら、腹を抱える。
「やっぱ佳奈劇場は最高だわ……これ聞くために生きてる気がする。」
「褒め言葉として受け取るわ。」
「で、撮ったあとどうしたの?」
「毎晩上映会よ」
「上映会!?(笑)」
「そう。“こないだのお尻百叩き、見直しておきましょうか”って言って再生するの」
「もうそれ、教育番組じゃん」
「彼、最初は“お願いやめて”って言ってたけど、最近は自ら“上映の準備できました”って報告してくる」
「それもう完全に調教済み(笑)」
「でしょ?もうね、彼の中で“節約=愛のムチ”になってるのよ」
「新しい教育方針すぎる!」
「まあ、ちゃんと話し合ったわ。“節約生活”の意味を改めて確認したの。お金の使い方にも“愛の方向性”ってあるじゃない?」
「なにその名言。ポスターにしたい。」
「でもね、可愛いのよ。お仕置き中はずっと涙目でみつめてくるし、次の日から、“コーヒー淹れといたよ”って朝から優しすぎる。」
「完全に飼い慣らされてるじゃん。」
「違うの。“愛の形”よ。」
「はいはい、愛の形、ね。……いやー、ほんと毎回笑わせてくれる。」
店員が新しいビールを運んでくる。
ジョッキがテーブルに置かれる音が心地よい。
真帆は笑いすぎて頬が痛いのに、もう一杯頼んでしまう。
「ていうか、あんたの彼氏、私だったらちょっと無理かも。」
「そう? でも、けっこう可愛いわよ。反省のときだけ。」
「反省のとき限定て!」
「でもね、最近はほんといい子なの。お菓子作り手伝ってくれるし、カフェ気分で節約してるし。」
「え、彼もお菓子作るの?」
「うん。“泡立て器マスター”って自称してる。」
「可愛いじゃん!」
「可愛いけど、調子に乗るとすぐ“反省会”になるのよ。」
「もうそれ、愛情の一形態として確立してるね。」
2人はしばらく笑い転げながら、枝豆と唐揚げをつまんでいた。
居酒屋のざわめきの中で、佳奈の話はまるで小劇場のコントのように展開していく。
「でもね、真帆。私思うの。」
「なにを?」
「節約って、我慢することじゃないのよね。」
「ほう?」
「楽しみ方を変えること。だって、お金をかけなくても楽しめること、いっぱいあるでしょ?」
「うん。確かに。」
「“反省会”もそのひとつよ。」
「おい!!!」
真帆はグラスを置いて爆笑。
「それを節約の一環に入れるな!!」
「でも事実じゃない? 動画買うより、身近で楽しく反省できるんだから。」
「確かに節約効果は抜群だけどさ!!」
笑い声が止まらない。
周りのテーブルからも、つられてクスクス笑いが起きるほど。
佳奈は、ふっとグラスを見つめて言った。
「でもね、ほんとに彼には感謝してるの。こうして笑い話にできるのも、あの人が真面目に受け止めてくれるから。」
「……うん、なんかいいね、それ。」
「ドSとか言われるけどさ、ちゃんと支え合ってる感じはあるのよ。節約も、結婚式も、これからの生活も。」
「いいじゃん。笑いあり愛あり、最高のカップルだわ。」
「でしょ?」
「でも、次の反省会は動画じゃなくて、脚本にして出したら? “節約カップルの反省劇”とか。」
「採用! 主演・私、助演・うちの彼。監督は真帆ね。」
「いや、監督ムリ! 絶対吹き出してNG出しまくる!」
2人はまた乾杯した。
居酒屋の灯りが温かく揺れて、笑い声が夜に溶けていく。
その夜、店を出る頃には、真帆の腹筋は笑いすぎで筋肉痛になっていた。
でも彼女は満足そうに言った。
「やっぱ、佳奈劇場は最高だわ。結婚しても、絶対シリーズ続けてね。」
「もちろん。“節約シリーズ第二章・新婚反省編”をお楽しみに!」
2人は顔を見合わせて、また爆笑した。




