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4月7日

 今年も4月7日がやって来る。

 俺はこの季節、花粉症に苦しみながら強引に思い出にふたをする努力していた。

 15年前の4月7日、その人俺は絵里香(エリカ)という女性と交際を始めた。アプリで出会って顔を会わせたらお互いに同じカードゲームをやっていると知って俺は家に遊びにおいでよ!と言ってしまった。まだ知り合って4日なのに

「私ら付き合ってないじゃん!」

 と言われた俺は

「じゃあ、付き合う?」

 なんて色気も減ったくりもない告白を自然公園のど真ん中でして、絵里香に大爆笑をされた。もちろんその後にちゃんとした告白したけど…なんてことを思い出しながら2ケ月ぶりに行くドールクラブに足を運ぶ。

 秋葉原のメイド街の中にある雑居ビルの3階そこに俺が通うドール制作教室がある。扉を開けると様々なドール達が並べられている。目の大きなドールやアニメ顔のドール、その中に俺の作った異形のドールも飾られていた。

「中野さん!こんにちは!お久しぶりですね!」

 扉についたベルの音を聞いてカーテンから顔を出したのはこの教室の先生、宮野先生だ。平成のホストみたいな見た目だがすごく優しくくだらないことでよく笑うゲラな先生。相変わらずちょっとチャラついた平成イケメンみたいな格好をしてる。

「うっす!」

 一言挨拶すると俺も先生のいるカーテンの向こうへ行った。中にはすでに4人、いや、6人席についていた。手前の席には山口さんというすんごくおしゃべりでドールを作りに来てるのか、おしゃべりをしに来てるのかわからないようなお局さんが俺に2か月なんで来なかったのか元気してたのかとか色々話しかけてきたが俺は作り笑顔で適当に相槌を打ってやりすごす。俺は自分の棚から作りかけのドールを取り出し、棚から一番近い席に着いた。‐3列ほど並んでいる長テーブルの一番後ろ‐いつもの俺の席だが今日は俺の隣に見知らぬ子供達がすわっていた。

「こんにちは…」

 多分兄妹であろう2人組の兄らしき少年が俺に挨拶をした

「ども…」

 大人げないのは分かっているがこんな小さな‐多分小6か中1くらいの子‐にも人見知りを発動してしまう

「俺…僕、酒田絵人(サカタカイト)って言います、こっちは妹の琴葉(コトハ)です」

 やはり兄妹だったようで絵人は琴葉にほら挨拶しろと促している。妹の琴葉は恥ずかしそうに兄の陰に隠れて小さく俺に会釈をした。すると前の前の席‐一列目‐に座っている山口さんがニコニコしながら俺に話しかけてきた。

「この2人ね、先月から通っているのよ!来年の母の日にお母さんにお人形プレゼントするんですって!」

 うちの子らもこんな風に思いやりがあればいいのにねぇなんて言いながら自分のドールの設計図を書き始めた。この教室はドール制作教室だが、俺や山口さんの様に年単位で通っている人らはドール制作のスペースとして利用している。

「すごいじゃん、頑張ってね」

 俺がそう言うと二人は頭が落ちるんじゃないかってくらい勢い良く頷いた。絵人は先生に何度も何度も聞きながらたまに手伝ってもらいながら設計図と自分の手の中のドール部品を睨みながら見比べている。その隣で琴葉はドール設計図のコピーに服の絵を書いては消して、書いては消してを繰り返してやっぱりこちらも設計図を睨みつけていた。その2人の姿がそっくりで面白くて思わずクスリと笑ってしまった。酒田兄妹が俺を凝視してきたのは言うまでもない。

「ごめんごめん」

 笑ってしまったことに一応謝るとさらに兄妹はキョトン顔で俺を見た

「いや、2人があまりにも真剣な顔でやってるのがそっくりで」

 そういうと琴葉は顔を赤くして設計図に顔を突っ伏した。きっとものすごい恥ずかしがり屋なんだろう

「ドール1から作るの?市販のドールを改造すれば楽なのに」

 ふと疑問に思ったことを2人に尋ねてみると

「来年ママの40歳の誕生日なの!1から作ったほうがママ喜ぶの!」

 そう言って琴葉は初めて俺の前で笑ったがすかさず絵人が「こら!言葉使い!」と言うと琴葉は小さく「ごめんなさい」と謝った

「いいよ別に」

 と俺が笑うと

「いや、年上の人には敬語を使えって母ちゃんに言われてるので」

 そう言った絵人の顔は何故か無駄にキリっとしていた。

 その後は皆黙々と作業をしていたら先生の「皆さん、もうそろそろお時間なので準備お願いします」と言う声が教室内に響いた。あっという間に2時間がたっていたようだ。この教室は2時間30分の枠で2時間経つと先生が生徒に道具の片づけ、教室内の掃除の為に作業を止めるのだ。先生の言葉を皮切りに皆自分のドールや席の片付けを始める。俺は棚にドールを置いて帰っているが中には持って帰る生徒も居る。『中野』と書かれた俺の棚の隣には『K&K』のシールが貼ってある棚がある酒田兄妹の棚だ。そうか、母へのプレゼントだから家に持って帰れないのか…と思いながら俺は箒を手に掃き掃除を始める。

「ずっと気になっていたけど、よくこの教室通えるわね!週に1回通えるけど月謝高いでしょここ?きっと優しいお父さんなのね!」

 山口さんがそういうと酒田兄妹はほんの一瞬表情が暗くなったが、絵人は慣れたような口ぶりで

「お…僕た親居ないんです、ばあちゃんが出してくれてるんですよ、高いけど習うなら一流の人にって!」

 その言葉を聞いた山口さんは気まずそうな顔をしたが、思ったことをすぐに口に出すおしゃべりババアにはいい薬だろう。にしてもこの兄妹の祖母はしっかりしてるな、なんせ俺が平成イケメンと呼んでいる宮野先生はドール業界では名の知れていて、日本だけでなく、海外でも展示会を開く実力者だ。一流ときいた先生は「そんなぁ一流だなんてぇ」とニヤニヤいや、ニタニタしていて気色悪い。

「ありがとうございました!さようなら」

 生徒たちが口々に先生に挨拶をして帰路に就く。俺も教室を出て秋葉原の街を見て回ろうと思ったら俺の羽織っているカーディガンを誰かが引っ張ってきた。

「ん?」

 引っ張られている先を見ると琴葉がいた

「あの…駅まで一緒に行ってくれませんか?」

 駅まではそう遠くもないし、道も入り組んだところに教室があるわけでもないが、夜になるとこの町は少し顔を変えるから分からないのだろう

「道わからないの?」

 そう聞くと琴葉は

「お兄ちゃん毎回夜になると道間違えるんです。それにお姉さんいっぱいで怖くて…」

 と教えてくれた

「こと!余計な事言うなよ!」

 と絵人は琴葉に小さく言っている。カードショップによって帰ろうと思ったけど、この兄弟と一緒に帰ることにした。

 どうやら琴葉はおしゃべりな性格のようで俺と絵人に挟まれながら色々話してきた。どうやらこの兄妹の母はシングルマザーながら子供の参観日や運動会は必ず出席していて、キッズ服のデザイナーの仕事は忙しく残業の多い仕事らしいが残業のない日は必ず手料理を作ってくれるらしく、母が必ず残業の火曜日と木曜日にドール教室に通っているそうだ。その日の夕飯は絵人が作るらしい。

「絵人ご飯作れんの?すげぇじゃん!」

 そう言うと絵人は少し恥ずかしそうにはにかむ

「琴葉も簡単な料理はできるけど火を使うとき心配だから結局僕が料理したほうが早いんです」

 すげぇな俺なんてできなくはないけどレトルトの飯で済ませちゃうしなんて考えているとあっという間に駅についた。

「ありがとうございました。また木曜日に!」

 絵人と琴葉は元気よく俺に挨拶をすると総武線の方へ向かった。兄の腰ベルトを掴みはぐれない様に必死について回ってる琴葉がいやにかわいく見えた。俺は山手線に乗り池袋へ。池袋で東武東上線に乗り換え成増駅で降りる。俺の家は中半端なところにあり住所は埼玉だ駅から歩いて約25分そこに俺の住むアパートがあるこの家ももう何年住んでいるんだろうかもう20年くらい住んでる気がする。親の反対を押し切って上京してそこからこの安アパートに越してきた。1Kの狭い部屋だがここには沢山の思い出が詰まっていて引っ越すタイミングを失っている。この部屋に俺のお気に入りのドール達を飾っていてもう一つ、古びたドレスの人形がある、このドールは俺が上京して一目惚れしたドールだ。金の髪は軽いウェーブ、緑の目は大きく、白いドレスに黒のレザージャケットを羽織ったかっこいいドールだ。小さい頃から好きだった殺人人形のガールフレンドのドール。10万近くしたが俺は必死に働いて買ったお気に入りだった。男の趣味がドール収集なんて周りから見れば引かれるのは分かってる。だから昔の俺は人を家に呼ぶ際ドール達を押し入れに隠していた。もちろん絵里香と付き合う前も色んな人と付き合ったり、家にデリヘルを呼んだりもしたが、毎回、毎回俺はドール達を隠していた。

 ある日のこと絵里香が家に遊びに来た日があった。俺は正直綺麗好きなほうじゃないので絵里香に家の片づけを手伝ってもらっていた。そして絵里香は不意に押し入れに手をかけたのだ。もちろん止めに入ったが、勢いよく開かれた押し入れには俺が隠したドール達が横たわっていた。

 そして、それを見た絵里香はびっくりしてしばらくフリーズすると、右目から一筋の涙を流した。





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