最終章 第三話 デルタ-1
3話 デルタ-1
自分の部屋でPCを開きメールをチェックする。
瀬山からメールが入っていた。
件名 : A-R-001~202 経過観察について
「さて、どのような結果なんだろうか」
この連絡を心待ちにしている。
2年前に実現した施設の見学、
100人のしょくにんに厳選し、
体験学習を行った個体と行っていない個体の、
経過観察をすることになった。
「なあユキ、彼らの経過観察の報告が届いた。一緒に見るか?」
ユキは一目散に部屋に来た。
サラはこの手の話には点で興味が無いようだ。
「どうなってると思う?001~100と102~202の差は」
100番と197番は欠番になっている。おそらく家出したのだろう。
「ん~やっぱバイタル値に何らかの変化があると思う」
さすが研究者志望。
「では、回答を見ようか」
俺たちはメールの本文を開いた。
デルタ様 お世話になっています。 瀬山です。
A-R-001~202までの2年間の観察を続けた結果、
ある傾向が見えてきました。
添付ファイルに纏めましたので、ご確認願います。
俺は最後までメールを読まずにファイルを開いた。
「こ、これは…」
「露骨だね…これは」
001-100までのストレス値等の健康状態を示す数値が、
102-202までの数値と比べると、9割以上良い数字を出していた。
「でもデルくんみてこれ」
ユキが指さしたデータは味覚の数値だ。
何と001-100までは味覚の数値がバラバラになっていた。
「これってつまり、心情の変化で、
施設という環境でも肉の味が安定しなくなったということか」
なんと興味深いなデータなんだ。
「これは吉と出るか凶と出るか、でもすごく面白い結果ね」
ユキも驚いているようだ。
栄養剤でも抑えきれないほど、感情は味覚に直結する。
これは非常に貴重なデータだ。
「俺は瀬山にコンタクトを取る。また進展があれば教えるよ」
再び小月を通じて施設側と連絡を取る日々が続いた。
明くる日のこと、ユキが真剣な眼差しで俺の前に立った。
「デルタ!私と将棋で真剣勝負しよう」
ユキよ、ついに師を超えたいと思うようになったか。
「うれしいな、良いだろう受けて立つ。
今回は死力を尽くそう。持ち時間は無し、積みまでやるからな」
今日は土曜日、長期戦を覚悟した。
「ユキ、先手後手好きなほうを選べ」
「後手」
良い判断だ。守って見せろ、お前の王を。
対局は初手から▲2六歩、△8四歩と進み、▲2五歩△8五歩▲7七角△3三角…という流れで、
角交換から始まる。
「デルくん、これがあなたの本気の打ち筋なの?」
一手一手、無駄な動きをするなよと俺は釘を刺す。
「ああ、実はお前に教えることで、
受けも攻めもどちらも得意になった。
これもお前が教えてくれたことだユキ」
ユキの守りの手は俺と遜色ない。
それだけ教え込んできた。
「ユキ、お前が攻めに回ればお前の勝ち目はない。断言してやる」
お前の打ち筋は耐えてこそ見える廻廊を突くことだ。
これに気が付ければ俺にも勝てるだろう。
ガンガン攻める。守り抜きなさい。
二人の対局は土曜日、日曜日、でも終わることは無かった。
当然休憩やご飯は食べているので打ちっぱなしということは無い。
そして230手を超えたころ、彼女の籠城がぼろぼろに崩れた。
そこからは早かった。
「七手積みね…私の負け…」
彼女は手に持つ銀を打つことなく崩れた。
ユキは1歩手前で守っていれば俺の筋は通らなかった。
「ユキ、本当に強くなった。
ひとつ前の手でその銀を打っていたら俺が積みだった」
泣き崩れる彼女の頭に、
最初に手添えたのはサラだ。
この光景が妙に胸を焼く。
一生涯俺の脳に焼き付く景色だろう。
「ユキ、大きくなったな。次打てば多分俺は負ける。
もう守りで教えることは何もない」
そして俺も、ユキの頭に手を添えた。
たまらずロージーがもらい泣きをしている。
「デルくん、やっぱり攻めも学ばないとだよね」
それに気がつく、重要なことなんだ。
「ああ、ここ一番で詰将棋の形に持っていくのは、
やはり鋭い攻め手が必要だ」
守っていれば必然と詰め路は見えてくる。
だが、時には特攻をかける大胆さも必要だ。
特に相手が守りが得意な場合。
「やっぱデルくんにはまだ勝てそうにないなぁ」
「そんなことは無い、もしかしたら早指しなら負けるかもしれない」
まあ、打ってきた時間が違う。
遥かに昔の俺を超えている。
「こうやって、親から子へ、子から孫へと、
人類はどんどん進化してきたんだな」
後に残る個体が優劣に立つのは至極当たり前のことなのだ。
「俺は、ロージーが俺の研究を理解しようとして、
ユキがしょくにんを学ぼうとしてくれて、
本当にうれしく思う」
幸せだ、率直に思う。
「これが伝承という奴なのか。
その伝承に俺が生きた証拠が残るんだ」
すっかり調子を取り戻したユキは言う。
「ちょっと、何ジジクサイこと言ってるのデルくん…」
俺がまだたどり着いていない境地、
それはサラからの宿題の答えを見つけることだ。
その答えも間もなくたどり着こうとしている。
俺は双子の演奏を聴きながら、
なにか道が開けるような感覚に襲われた。
「ハーモニカがネネで、リコーダーがスズで…」
二人は同じ遺伝子を持ち、
日に産まれ、同じように育ち、同じ物を与えらえれた。
なのになぜ好きな楽器が分かれるんだ。
「なあ、のぶなが、俺とお前何が違うんだろうな」
あんなに近い双子でも趣向が異なるんだ。
のぶながとも道が分かれるのなんて当然のことだ。
「当然?なぜ当然なんだ?」
俺は再び図書館に行ったりして、生物について学んだ。
「なあ、これは何に見える」
1枚の絵を見せ、いろんな人から感想を聞いた。
「みんな、おかずを作った」
同じ料理を作り、一人一人感想を聞いた。
日本だけではなく、世界の国の事を調べた。
そこで結論にたどり着いた。
「平等ではないのだ。差がある。生き物には明確に差が存在する」
そう、遺伝子操作をされ、それでもしょくにんにも個体差は存在する。
「サラ、のぶなが、俺は答えにたどり着いたかもしれない」
立ち上がった!
その衝撃で椅子がひっくり返った。
「図書館では静かにして下さい」
カウンターのお姉さんに怒られてしまった。
俺はノートに書き綴った。
「サラ、帰ったら答え合わせをさせてもらおう」
デルタの筆は2時間ほど止まることは無かった。




