第三章 第十二話
第12話
資料室からの帰り道は、行きより短く感じた。
不思議な感覚だ。
そしてみんなの待つ部屋の扉を開ける。
「おお、お帰りデルタ」
部屋に入るなり石川さんが声をかけてくれた。
「あれ、石川さん、俺がデルタって知ってるの?」
あ、そうか、この二人が教えたのか。
「時にデルタ、その名前の由来はなんだ?」
ようやくこの時が来た。わかる人に明かす時が。
「石川さん、もちろん、三角形だ」
「ほう、おにぎりのほうか?」
「ああ、焼きおにぎりだ」
彼になら通じる話題だ。
ほかの誰にも通じなかった。
「あの~さっきから全くわからないんですけど~」
サラはつまらなそーな顔をしている。
「ああ、言ったことなかったな。この名前の由来
これは2つの意味がある」
俺は人差し指を立てた。
「一つ、おにぎりだ。しょくにんぽいだろ?」
ユキもサラも何にも言ってくれなかった。
だがそれでいい。
「二つ、三角形の心臓を持ったエンジンを知っているか?」
俺は手で三角形を作った。
「いや全く…」
サラは俺の顔を見すらしない。
「そうか…あのエンジンを知らないのか。それは勿体ない」
知らぬのか、あの天使の咆哮を。
「787というそれはそれはすごいのがあってだな」
「あ~はいはい、私もユキも興味ないからそれ」
ユキはモニターに映るしょくにん達を観ていた。
「まあデルタ、実にお前らしい名だ。今日は知れてうれしかった」
石川さんは満点の笑顔だ。
「それじゃ、名残惜しいけど帰りましょうか」
石川さんが立ち上がる。
よく見ると白髪も増えてあの頃よりかなり痩せている。
なぜだろう。
「サラさん、ユキちゃん、不束者のデルタをよろしくたのむ」
三人は握手を交わす。
「はい、また会える日を楽しみにしています」
「おじちゃんばいばーい!」
そして再び会議室まで戻ることになった。
「今日は貴重な体験ありがとうございました」
サラのお辞儀の後に俺もユキもお辞儀をした。
「私もデルタ君をみて、
今回のプランを積極的に押せると確信しました」
ここで連絡先を交換した。
「それを言われて俺も提案してみてよかった。
何より、しょくにんたちの幸せを願うばかりだ」
「提案が通ったら、おそらく実験を経て取り入れられるだろう。
その時はぜひユキちゃんにお願いしよう」
「はい!よろしくお願い致します!」
ユキは大袈裟にお辞儀をする。
「それじゃ、気を付けて」
瀬山は駐車場まで送ってくれた。
施設に背を向けた俺は、不思議と何も感じなかった。
それは、再び石川さんにもマナミさんにも会える、
そんな気がしたからだ。
車のエンジンをかけ走り出す。
車内にはラジオが流れていた。
「先日、しょくにん殺しで逮捕された容疑者は、
警察の調べで外しょくの一員だという事がわかりました」
その瞬間頭部に強い衝撃が走るとともに、
前のシートに押しつぶされた。
「さ、サラ、急ブレーキは止めてくれ」
「し!黙ってて!」
「警察の調べに対し、畑田容疑者は、
お金に困っていたからしょくにんの頭部を売って生活の足しにしようとしたと語っている」
「おい、いま何と言った!?畑田と言わなかったか!?」
「そ、そんなまさか!」
ユキはとっさに通信端末を取り出し、
インターネットニュースを確認した。
容赦なくラジオに繋がったスピーカーは振動をし続けた。
「しょくにんを守っている組織がしょくにんを殺して闇市に流して儲けようなんて、
極めて遺憾な事件ですね…」
なにも知らないで知った風な口を利くやつだ。
ふざけるな。
「あ、あった…」
ユキの見せてくれた画面には、
しっかり畑田という名前が書いてあった。
「苗字が同じだという可能性もある。
サラ!660に連絡してみてくれ!」
サラは震えた手つきで端末を操作する。
ツーッツーッツーッという音が
エンジン音を遮って我々の耳に入ってきた。
「カレーラとクモは!?」
俺は西沢に電話をかけた。
呼び出し音がなる度に、心拍が激しくなる、そんな気がした。
「デルタくんか、どうした?」
出た。
「西沢さん、デルタだ。660の行方を知っているか?
畑田の行方を知っているか?」
「…君たちはニュースは見ていないのか?」
「あいにくテレビが壊れてうちにはない。
彼ら二人も知っていることだ」
サラはこの間にラジオを消した。
「畑田がやった…」
サラは大きな声で西沢に用件を伝える。
「西沢君?一時間ぐらい後にそっちにいく、
お邪魔していいかしら?」
「はい、待っています」
通話は終わった。
「前代未聞よ…とにかく一度本部に戻って車を返しましょう」
サラは再び車を走らせた。車内にはエンジン音だけが響き渡った。
そのタコメータが振れるたびに、
俺達の心臓の鼓動も連れて動いた。
あれだけ短いと思った通り道が、
やたら長く感じた。
本部に戻った俺達は小月に軽く挨拶をして帰ることにした。
「やあサラ、デルタ君、ユキちゃん…どうした?
ただならぬ雰囲気だが」
「ねえ、畑田君の事件本当なの!?」
サラは小月に静かに話す。
小月は髭を触りながら答えた。
「知ってしまったか…隠していたわけじゃないんだ。
だが君たちが知らなそうだったからあえて話さなかった」
先日から忙しそうに電話が鳴っていた理由はこれだったか。
「とにかく、西沢くんのところに行って詳しい話を聞いてくる」
「ああ、そうしたほうがいい。
クモ君もカレーラ君も心底不安だろう」
俺達は本部を後にした。
この日ばかりはこのエレベータも良い心地がしなかった。
俺達は西沢の部屋の前に立ち止まりインターホンを押した。
「西沢くん、小月です。入ってもいいかしら?」
ドアがひとりでに開いた。
「デルタ君、ユキちゃん、小月さん いらっしゃい」
西沢は落ち着いた様子だ。
「おお、デルタか、今日はお前と一局打ちたいな」
カレーラはのんびり手を振っている。
クモも奥のへやから出てきた。
俺は西沢の耳を借りた。
「なあ西沢さん、この件あの二人は知っているのか?」
「知っている。一緒にニュースを見ていた」
今度は俺の耳を貸した。
俺達はこの事件の詳細を聞いた。
数日間畑田や660と連絡が取れなかったらしい。
そして朝食を食べている時に しょくにん殺しの男を逮捕 というニュースが流れたという。
「怖いなーしょくにん殺しだってよ、クモ、西沢さん」
その時テレビの前にはカレーラしかいないらしい。
その二日後に畑田の名前が公開された。
死んだしょくにんの個体番号は公表されなかった。
だが、間違いなく660だろう。
保護中のしょくにんを殺害という情報が追加で公開されたからだ。
「今回は間違いなく闇市が絡んでいるわね…」
殺害したしょくにんを買い取る。大問題だ。
闇市にしか物は流せないだろう。
「最近活発化していると俺も聞いている。
畑田の奴も弱みに付け込まれたのかもしれないな…」
西沢は畑田と同期と知ったのは少し後の話だ。
それはショックだろう。
「デルタ、ユキ、うちもテレビ買いましょうか」
テレビが無い生活も案外不便ではなかった。
何よりも食事中に会話がかなり増えた、と俺は思っていた。
「そうだな、有事の際もラジオよりテレビのほうが、
情報を選びやすいと思う」
今回世間に置いて行かれたのは、
間違いなくテレビが無いからだろう。
「小月さん、古いのでよければくれようか?
俺が初任給で買ったテレビ、捨てられずに取っといているんだ」
「いやいや、それは取っておきなさいよ。
帰りにデパ地下寄る予定だったし、そこで見てみるわ」
「そうかい?いいのが無ければ言ってくれ。
いつでもくれるよ」
聞きなれない単語が出てきた。
「待てサラ、でぱちかってなんだ」
ユキはクスクスと笑う、その横でサラが答えた。
「あんたが言っている、地下デパのことよ」
え?どういう意味だ?
「しかしそうなると、
今後外しょくも後ろ指を指されるようになるかもしれないわね…」
事件が真実という事を知った俺たちは、
事件以上に重くのしかかる現実を背負って歩かねばならない。
「西沢君、何か変わったことや、差別的な扱いを受けたら情報回して頂戴。危ない地域があれば行かないようにするわ」
「ええ、お互い気をつけましょう」
「急に悪かったわね、ありがとう」
そして西沢の部屋を後にした俺たちは、
テレビを買うため地下デパによった。
そこそこの大きさでそこそこ安いのを注文したが、
在庫切れとのことで、
配達まで1週間ほど掛かると言われた。




