第三章 第十一話
第11話
会議室にぽつんと残された俺たちは、
ただただぼんやりと壁を眺めていた。
「あ、そうだ、ユキどうだ?ここが俺が育った施設だぞ」
なんとなく沈黙が苦しくてつい口が勝手に開いた。
「デルくん、それはさっきも聞いた」
やれやれとため息をつくユキ。
「う~ん、そうだねぇ…外しょくのオフィスに似ているかな?」
「そうね、まあオフィスなんてどこもこんな感じよきっと」
サラも沈黙に耐えられなかったのであろう。
彼女の役目は、ただの運転手になってしまったからだ。
「俺はここでは怖いときにしか涙を流したことが無いんだ」
うれしいとき、怖いときはどうしても涙が出てしまう。
人間も同じだろうきっと。
コンコンとノックオンが聞こえた。
「デルタくん、施設長から許可が下りた。いこうか」
俺たちは椅子から立ち上がり、別の部屋に連れていかれた。
そこには大きなモニターがいくつも並んで、
しょくにんたちの廊下や部屋が映し出されていた。
そこで椅子に座ってPCを入力している人がいた。
「石川さん!」
俺は後ろ姿だけ見て声をかけてしまった。
その男は振り返ると、立ち上がった。
「ん?お、おお…787 戻ってきたのか?」
「石川さん、覚えてくれてたんですね!」
俺は何年振りに会ったかわからないその人に、
とっさに握手をしてしまった。
「787、生きていてくれてよかった。元気そうで何よりだ」
「黙って出ていってごめんなさい。
ほんとは石川さんには言いたかったんだ」
でも、こうしてまた会えた。
この日の感動は死ぬまで忘れないだろう。
「そういえばのぶながはどうした?」
おお、彼も覚えていてくれたのか。
「ああ、彼は活旗党の議員の仕事の手伝いをしている」
活旗党か…と言い。
「ふむ、彼らしいな。まあまあ座りなさい。
後ろのお嬢さんたちもそこらへん座って」
いくつか置いてある丸い椅子に腰かけた。
「この赤い髪の女性はサラ、
俺を助けてくれた外しょくの人だ。そして家族だ」
サラは初めましてと挨拶をした。
「そしてこの子はユキ、俺たちの子供さ」
ユキはいつもの調子で挨拶をした。
「サラさん、ユキちゃん、
こいつらは変なやつだろうが、今後ともよろしくお願いしたい」
おいおい、なぜあんたが頭を下げるんだ。
「石川さんと話したいことはたくさんあるんだが、
一つ聞いてもいいか?」
ああ、といわれたので遠慮なく聞くことにした。
「石川さんは家族や子供はいるのか?」
彼は少し天井を見つめた。
「ああ、いる。娘が二人と息子が一人。
もう三人とも成人している」
成人…という事は、18歳を過ぎているという事だ。
「知らなかったな、ぜひ会ってみたい」
でも、と彼は少し寂しそうな顔をした。
「でも三人とも出ていってしまった。
まあ子供としては当たり前の選択だ」
「そうか、でも離れていても家族だ。それは変わりない」
「息子はな、5年ぐらい前だったかな、突然出ていってしまってな」
石川さんは話をつづけた。
「音信不通だった。生きているのか、死んでいるのかわからない。
不安だったんだ」
石川さんにもそんな過去があったなんて。
「でも、つい最近俺の前にまた顔を見せてくれたんだ」
「それは良かった!生きていてくれて何よりだな」
少しばかり昔話をした。
「あ、そうだ、マナミさんにも伝えなきゃいけないことがあったんだ。ちょっと行ってくるよ」
俺は席を立った。
「サラ、ユキ、さっきの通り、
しょくにんとすれ違う可能性があるため二人は待っていてくれ」
じゃ!と言い残して俺は部屋を出た。
俺は瀬山に連れられて資料室まで来た。
本当は俺たちが過ごした部屋もすこし見てみたかったが、
それを聞くことができなかった。
多分 NG と言われるからだ。
資料室の自動扉が開いた。
彼女はいつも通り受付カウンターに座っていた。
「マナミさん、覚えているか?」
彼女は顔を上げるなり無言で立ち上がった。
親指を立てて後ろの部屋を指した。
黙ってついていく。瀬山も一緒だ。
他のしょくにんに聞かれたくないからだろう。
「まさか787が、のぶながにそそのかされて、
出ていくなんて思っていなかったわ」
名前を憶えてもらっているなんてこんなにうれしいものなのか。
「マナミさん、俺は今デルタって名前なんだ」
あ、石川さんに名前言ってなかった。あとで言おう。
「そうか、デルタか…良い名前だ。ところであのバカは?」
バカと言うのは一人しか思い付かない。
「あ~あいつは活旗党で、議員の仕事を手伝っている」
「らしいな。相変わらず騒いで困らせているんだろうな」
ズバリ正解だろう。俺も彼の活躍は知らないんだけどな。
「俺がマナミさんに会いたかった理由は2つだ。
1つはあのバカの生存報告。これは次に話すことに繋がる」
俺は指を2本立てた。
「二つめ、あのバカ資料室の本を勝手に外に持ち出したままだ。
それを伝えたかった」
マナミは赤い髪をかきあげた。
「本?ここ数年紛失書は無いはずだ。
棚卸しているから間違いはない」
そんなはずはない。
「資料室で見つけたと言っていた。
真っ赤の表紙の本だ。わからないか?」
「ふーんのぶなががね、そんな貸し出し図書は無いが」
じゃああいつの持っていた本は何だったんだ?
「まあいいか、それなら。ところでマナミさんは子供はいるのか?」
「あんたね、女に向かってデリカシーの無いこと、
ひらひら聞くもんじゃないのよ」
あの目つき…知っている。サラに怒られる時の目つきだ。
「まあでもそこまで知っているなら話そうか。
いるよ、たくさんいる。でも今は未婚だ」
「たくさんいる?」
これは、複雑な事情というやつなのだろうか?
「私は適齢期まで卵子を提供していた。ここまで言えばわかるか?」
「しょくにんを産んでいた…ということか」
彼女はうなずいた。
「もしかしてのぶながはマナミさんの子か?」
はっはっはと彼女は笑う。
「可能性はある、
というのも普通は産まれたしょくにんの事は知らさせて貰えない」
もしかするとマナミさんは俺の母という可能性があるということか
「なぜ知らせて貰えないのだ?」
「簡単だ、情が移るからだな」
情が移る…どういう意味だろう。
俺の顔を見たマナミは語りだした。
「お前やのぶなががあたしの息子だとわかったら可愛がってしまう。そうなると施設に不公平が産まれる。それを避けるためだ」
なるほど、納得した。
「血は繋がって無いが俺にも家族がいる、
サラにユキ 二人とも掛け替えの無い存在だ」
「ちなみにマナミさんは人間の子供はいるのか?」
彼女はなかなかスタイルも良ければ綺麗だ。
「いたんだがな、仕事に打ち込みすぎて、
旦那が子供連れて出ていったさ」
はっはっはと笑っている。
彼女のこんな姿は見たことがない。
案外感情の表現が激しい。
マナミは俺を見つめた。
「デルタ、愛を証明できるようになったとき、あのバカを連れてもう一度ここに遊びに来い。酒でも飲もう」
この時の意味を理解できた事は二つだ。
今度はのぶながも連れてこいということ。もう一つは、
「マナミさん、酒は毒だ。飲めない」
マナミは笑った。彼女のこんな顔見たことがない。
「そんなもん飲んでも死にゃしないよ!
あたしゃ元研究員だ、無害だ酒は」
彼女は立ち上がった。
「ほら、大事な家族が待っているんだろ?さあ行きな」
あ、待ってくれと彼女は言った。
「一応のぶながに、本を読み終えたら感想文を描いてちゃんとここに戻しに来いって伝えといてくれ」
「わかった、伝えておく!また来るよ、今度はあのバカと」
そして俺は自分を待っている人の元へ戻った。




