第三章 第一話 役割
ジャン=ポール・サルトルは、「人間は自由であることを運命づけられている」と言ったらしい。
だが、「人は自分の行動のすべてに責任を負わなければならないからだ」とも言ったという。
自由を求めて駆け出した彼に発生する責任とは何か、彼はその重圧に耐えきれるか。
一方俺はこの場に残り、奉仕することを選んだ。これは自由を選んだのか、束縛を選んだのか。
俺たちはこの答えにまだたどり着けず、4年の歳月が流れた。
第三章 第一話
「しょくにんにとっての幸せって何だろう」
収穫台に乗りながらつい心の声が漏れてしまった。
「ん~そうね~私も人間にとっての幸せってなにかよく考えたこと無いわ」
彼女は答えながら俺の左腕の繊維をそぎ落とす。
もちろん痛みはなく、すこしくすぐったいような感覚だ。
産まれてから18年以上経過したが、この、こそばい感覚にはなれない。
もしかしからこの感覚はごく微量の痛みなのかもしれないな。
「サラ、君にとって、幸せってなんだい?」
「私の幸せか…」
考え込んでしまったサラはすこし黙った。
「俺は、難民に君が作った物を配り、食べてもらっている時のあの顔を見るのが幸せに感じていると思う」
もちろんその料理には俺の肉も使っている。
「今が一番幸せってことね?それはよかったじゃない」
そういう間に左腕の収穫が終わった。
「そうね…そう言われると私は、私の幸せって…」
…
「デルタ 収穫終わったわよ」
と肩を叩かれて目が覚めた。
「あ、あれ?また寝てた?」
「ええぐっすりとね」
「そうか、施設で収穫中に寝たことなんて一度もなかったんだ」
幼いころはただの恐怖、
慣れてかっらは収穫されることに何も思わなかった。
「でも、サラに収穫されることになってから、俺は何回か寝ているな収穫中に」
なんでだろう。何が違うんだろう。
単に静かな環境だからだろうか。
施設の収穫台は自動式で、モータやインバータのメカノイズが部屋中に響くからだろうか。
ピンポーン
「あ、ユキが返ってきたね。私このまま肉加工するから迎えに行ってきて」
俺はささっと服を着てユキを出迎えた。
「ただいま~修学旅行前なのに宿題すっごいんだけど…」
ユキはあっという間に小学6年生になった。
サラと背丈の差がどんどん縮まる一方だ。
「お帰り。千葉の東京湾沿いだっけ?」
「そうそう。平和プラント見学。おみやげ何がいい?」
そんな話をしているとサラもリビングにやってきた。
「私が産まれる前、戦前の大昔の事だけど、栃木の日光東照宮にいくことが多かったみたいよ」
東照宮は授業で教えられる以前に、
のぶながから存在は教えてもらっていた。
でもその東照宮も核攻撃によって跡形もなくなってしまった。
復旧も計画しているそうだが、予算不足で未だに実現していない。
「私は赤レンガ倉庫に行ったわ。あそこは被害がなかったからその後も残ったのよ」
ではなぜ千葉県にいくかというと、時は30年以上遡る。
真昼間の14時頃、3基の飛行機から3つの核爆弾が投下された。
落とされたのは軍事基地ではなく、
東京湾の千葉県の工業団地が一瞬のうちに灰塵に帰した。
3つの鉄の塊と、3つの鉄の筒、こんなちっぽけな物が、
たくさんの破壊を生み出した。
これが核戦争となった第三次世界大戦で、
日本に一番最初に落ちた核、そして日本史上3度目に受けた核攻撃だった。
軍事施設ではなくプラントが一番最初に狙われたことで、
戦争の無慈悲さと深刻さを国民すべてが痛感したという。
一部工業プラントが残ったので、広島の原爆ドームのように、
戦争の爪痕や、今後の平和の象徴を祈って、見学できるような形で修復されたのだ。
そしていつの日か修学旅行先として選ばれるようになった。
「のぶのぶにもね、修学旅行行くって伝えたら」
[ああ、俺も去年仕事で京都にいったぞ!]
「なんて返ってきたの。京都は中学校でいくところなのにね」
ユキは嬉しそうに話していた。
「相変わらずトンチンカンなやつだな彼は」
のぶながが出て行ってから4年、一度も顔を見せたこともない。
「ユキがのぶながの生存報告をしてくれるから、
俺から連絡取ることも滅多にないんだ」
当然彼から連絡来た事なんか一度もない。
「あいつ、今どこにいるのかしらね…最後に連絡来たのは安土城の写真を送ってきたのが最後かしら」
まってくれ。
「それって彼から連絡をくれたのか?半年ぐらい前の事じゃないか」
「ええ、メールが入っていたわ」
「なんというやつだ。薄情者。あれだけの時を過ごしてきたのに離れたとたんこれか」
二人はふふふと笑った。
なんてことない。いつもの3人の会話だ。
「しかし、今頃あいつ、どこで何をしているんだろうな」
ユキはのぶながには、今どこにいるの? などの場所の確認はしないらしい。
なぜなら、近くにいると分かれば会いたくなってしまうからだという。
12歳になってもかわいいやつだな。
「あ、そうだ、ちょうどユキが旅行中は外しょく新宿本部の棚卸があるからねデルタ」
「あ、そうか、もう棚卸の時期か」
エリア外しょくにん保護財団 通称 外しょく 俺とサラが所属している組織だ。
家出したしょくにんと、戦争難民のフォローケアを行っている団体だ。
「しかし君はいつまで経っても、ついでのように重要なことを伝えるんだな」
もう少し俺も準備期間というのが欲しいのだ。
「デルくん。そういえば明日から三日間、お昼はお弁当持参だからよろしくね!これプリント」
「おいサラ、ユキは君にどんどん似てきたな。もうすこし早く言ってくれユキ」
ユキから渡された学校からのお便りは、2週間前に配られた物で、
給食センター改装のため給食お休みのお知らせが書いてあった。
「はぁ、ちょっと地下デパでお弁当の食材買ってきます」
「あ、私も行きたい!修学旅行のおやつ見たいわ!」
二人で行くことにした。
一通り食材をかごに入れ、会計を済ましエコバッグに詰めていた。
「デルくんごめん。私ちょっとお手洗い!」
といってユキは行ってしまった。
「しかし人間はトイレの回数が多い、
やはり再生力にエネルギーを使ってしまうから、
俺たちは排便排尿の回数が極端に少ないのだろうか」
などと考えている間にエコバッグパンパンに詰め終わり、
エスカレータ付近のベンチ腰を掛けた。
そしたらいきなり男が隣に座ってきた。
「うわ、びっくりした。他のベンチ空いてますよ」
とその男に言うと、
「君、しょくにんか」と言われた。
おそらく訳もなく俺の隣に座ることはないだろう。
警戒しながら聞いた。
「そうですが、あなたは誰だ」
「俺は武田。知ってるか?」
武田と名乗った男をじっくりと見てみた。
スーツを着て、逆立つ髪が頭に貼りついている。テカテカのその髪は整髪料で固めている。
「ん~見ない顔だが、どこにでもいそうなサラリーマンに見えるが」
「はっはっは そうか、まあそれでいい」
武田は顔の表情一つ変えなかった。
「ところでこんな所でしょくにんが何をしているんだ?」
頭の中でアラートが鳴る様に感じた。
異様な雰囲気だ。悟られぬように平常を装う。
「買い物だ。これ持つの手伝ってくれるのか?」
「どこで暮らしている」
こちらの話は興味ないってか。
武田という男の意図が見えない。
「人間と住んでいる。この買い物も頼まれたものだ」
「ふっ家出中の保護しょくにんか」
なんていう言い方をする男だ。これをのぶながが聞いていたら間違いなく口論になっていただろう。
「お前たちを生かす金はどこから出ているか知ってるか」
舐めるな、俺は外しょくだぞ。
「施設にいるしょくにんは活かせてもらっている代わりに肉を提供している。
1人当たり25年で元が取れる。そこからは黒字運営だ」
外しょくに入ってから知ったことだ。
「ほう、勤勉なしょくにんだな。
じゃあお前はどうだ、その施設から抜け出して、損失じゃないか」
施設にとって、俺とのぶながの分は回収できなかっただろう。
ゆえに少しだけ心が痛む。
「身勝手なやつだな。勝手に施設から出て迷惑かけて、保護されて税金むさぼって」
なんなんだこの男は、しょくにんに恨みでもあるのだろうか。
「ああ、最初はそうだったかもしれないが、一応外しょくに所属している。4年間」
そういい返した途端、男は深く腰掛けた。
「そうか、働いているのか。なら最初からそう言ってくれ」
そしてまっすぐ前を見て男は口を開いた。
「この地獄のような世の中で、のうのうと悩みもなく苦も無く、天国のような場所で生きているしょくにんが、どうしても許せねえんだ」
確かにこの男の言う通りかもしれない。
「確かにあんたの言う通りかもしれない。合理的な意見だ」
「お前、名は?」
「デルタだ。武田さん」
「そうか」
「デルくんごめんねーお待たせ!」
いいところでユキが戻ってきてくれた。
「連れか、邪魔をしたな。俺しょくいにんは嫌いだが、お前みたいに働くにんげんは嫌いじゃないぜ」
そう言い残すと男は立ち上がってどこかへ行った。
「あの人…どっかで見たことあるような…」
「ほんとか?ユキ」
「思い出せないけど、どこかでみた」
ま、この地下デパを利用する人だから、案外近くに住んでいるのかもしれない。
「もしかしたら地下デパで合ったことがあるのかもな。さあ帰ろうか」
俺達は地下デパを後にした。
パンパンになったエコバッグ。これで破けたら全くエコじゃないが。
歩いている途中、 ふと100mぐらい先の階段に目が行った。
「あ、急に思い出した。そういえばこの先の階段で俺とのぶながは転げ落ちたんだ。
それが一番最初に地下に来たとき。そしてサラと出会ったんだ」
「え、転んだの?ださい出会いだね」
ケラケラ笑っていた。
「そうだぞ!さらに俺は肩を撃たれて腕が取れていたんだ」
ブラックジョークにしてはグロテスク、だが事実だ。
「そのあと…私を助けてくれたんだよね?」
「そうだ。人間に直接肉を食べさせたのは初めてだった」
「懐かしいね!何年前の事なんだろう」
二人で懐かしんでいた。
そのとき。何か破裂音が聞こえた。
「こ、これって銃声か? ユキ!念のため離れよう」
そして階段の死角に移動し階段のほうを見ていると…
「やばい!33番、首から血を流している!」
「いいから走れ!」俺は声の限り叫んだ。
そして階段を下りる音が聞こえた。
「ユキ!サラに電話だ!いますぐに!13番B番地の階段だ!」
「う、うん!」
ユキは焦る手付きでサラに電話をかけるのであった。




