第二章 第七話
「いいか、俺が何を言おうとも絶対にこの目隠しは外すなよ」
自ら目隠しをしているこの不気味な男はのぶながだ。
「言われても誰も外さないから安心しろ ちょっとうるさいからそのまま寝ておけ」
俺がそういうとサラが追い打ちをかけてきた。
「あ、海が見えてきたわ」
「おぉ あれが海なのか」/「海!初めて見た」 デルタとユキは大興奮。
「やめろ、そんなこと言うんじゃねぇ 見たくなるだろ」
見たらいいじゃない って三人がのぶながに言っても頑なに目隠しを外さなかった。
なんでも、富士山を見るまで絶対に外の風景は見たくないと自ら視覚を断っているらしい。
「あほくさ あと二時間ほどでつくわよ」
「に、二時間!?トイレとかどうするんだ!?」
「俺が肩を貸してやる ただ、個室には自分で入れ 」
絶えずのぶながの声がうるさかったおかげかわからないが、残りの二時間はあっという間に感じた。
「さ、五合目の駐車場に着いたわよ」
「よし、目隠し外すぞ! ってまぶし!!」
そこには、絵やネットで見た富士山とは全く違う風景が広がっていた。
「あれ?富士山白くねーじゃん」
「雪が降る時期に登れるわけないでしょ 死ぬわよ」
入山禁止時期があるらしい、ちょうど登れる季節で本当に良かった。
「俺は下は見ない!頂上に登ってから景色を見るんだ」
「足元見ないと危ないわよ、頂上に近づくにつれて足場が不安定になるわ。命を落としてしまう人もいるのよ」
「じ、冗談じゃねぇ こんなところで命を落としたくない!」
「えー怖い!私登れるのかな?」
「ユキは多分登れない…わたしと途中の山小屋で休憩になると思うわ」
「そ、そっかぁ 最後まで登ってみたいな」
「頑張れるところまでは一緒にがんばりましょ?でも、高山病には気を付けてね。体調悪くなったら早めに教えてね。」
そういって五合目から山頂を目指し歩き始めた。
歩き始めて5分もしないうちにのぶながが口を開いた。ほんとにお喋りが好きなやつだな。
「でもよ、なんで五合目からなんだよ、一番下から登りたかったぜ」
「ユキもいるのにそんな長時間登れるわけないでしょ?今度はあんたたち二人でいって一から登りなさい」
「そ、それもそうだな。デルタ、いつか二人で登って初日の出ってやつを拝もうぜ」
「ああ、それはぜひ見てみたい」
俺達は固く握手を交わした。なんだかのぶながに先を越されてしまった気分だが、
今日はのぶながの運命を変えてやるんだ。頂上で
富士山を車で登っている最中に違和感があったが、今確信したことがある。
「頂上に近づけば近づくほど草木が少ない。いや、木が全く生えてない」
「さすがデルタ、着目する場所が違うわね。森林限界という物があるのよ」
「森林限界?ユキ、サラ先生が課外学習をしてくれるそうだ、一緒に聞いておこう」
森林限界とは、標高が高くなれば高くなるほど気温が下がったりして、植物特に木が育たなくなる。
日本では標高2500mあたりが森林限界標高と言われているが、寒い地域はもっと低いところが限界高度である。
※わたくしシグが子供のころに実際に富士山に登った時の印象深いことトップ3です。
残り二つはトイレの水を運ぶのが大変だという事、そして最後の一つはこの後ネタにします。
「へぇ知らなかった。もしかして山道が砂利ばっかりなのも関係あるのか?」
「当然あるわ。木って根があるでしょ?斜面では木の根が土砂崩れとかを防いでいる役割があるのよ
地盤の安定を担っているの。それが無いと当然崩れて、残るのは軽い火山灰や重たい岩
土は流れてしまうからさらに育つ植物は限られてくるわ」
なるほどな、なるべくしてこの姿をしているわけか。
「お勉強になった!学校でもみんなに教えてあげよっと」
のぶなが、油断してると、あっという間にユキの学力はお前を越してしまうぞ…
心の中で忠告しながらのぶながの肩を叩いたのであった。
「しかしサラ、富士山のこと詳しいな」
「そう?一般教養よ」
そういってまた歩き始めた。
「見て!雲海になっているわ!」
とサラが指さした。
雲海、雲の海とかいてうんかい。
「すごい…本当に海みたいだ!」
富士山は日本一高い山、それもあって雲海ができると視界が全て雲海なのだ。
これが本当に海みたいに見える。大変幻想的なので機会があればぜひ見てほしい。
のぶながも即座に振り返った。
「こ、これが雲海か…海ってこんな風に見えるのか?」
本物の海を見る前に雲海をみた物はおそらくこの日本ではいないだろう。
しょくにんの中でもおそらく人類、いやしょくにん類初のことであろう。
「デルタ、俺、今、今日この瞬間、初めて生きていることを実感した」
それはよかった。そして俺が今日、お前を外しょくに誘えば、お前の人生はもっと切り開かれる。
「のぶなが、もしかしたらお前の人生は今日から始まったのかもしれないな」
いやまて、
「そういえば前にもお前は、ローストビーフうめぇ!俺は生きててよかったとか、
マナミさんに殺されるかと思ったぜ…生きててよかったとか
これが外の世界か!俺は成し遂げたんだ!俺の外の世界の生活が始まったとか散々言ってなかったか?」
おそらく300回はこの手の歓喜のセリフをのぶながから聞いている。
「え、あ、まぁそんなの気にすんなよ!昔の事だろ?おれは今!この瞬間を生きてるんだ」
「なんとも調子のいいやつだお前は」
ふ、
「なんてことない いつもの会話ね」/「なんてことない いつもの会話 だよね」
サラとユキに笑われる俺たち二人だった。
「さ、サラ!わ、わたしもう限界かも…」
そういってユキは座り込んでしまった。
「無理もないわ、3時間近く歩いているかしら?8歳でこれは根性見せた方よ!
っさ、おんぶしてあげるから山小屋に行きましょう」
そうして山小屋で休憩することにした。
「だいぶ疲れたな、あとどれくらいなんだろう」
「お前は喋りながら歩くから疲れるんだよ」まあのぶながのお喋りに救われた面も間違いなくあるだろう。
「あと2~3時間くらいだって。私とユキがここで帰りを待つから、休憩終わったら二人で行ってきなさい」
「すまないなサラ。俺たちのわがままに二人を付き合わせてしまった」
「いいのよ、実は私も初めてだもん」
「あ、それ!」
サラの手には、初めての富士山の歩き方 という本があった。
「君が詳しい理由が分かった」
「あ、安全のために一応勉強したの!ほら、これ貸すからとっとと行ってきなさい」
そういってサラからガイドの本を受け取った。
「ありがとう」
そうして二人で再び歩き出した。
「さ、あと2時間ちょいで山頂だ、頑張ろうぜ!もうひと踏ん張り!」
お互い励ましあいながら重たくなっていく足を持ち上げて、一歩ずつ着実に山頂目指して登った。




