婚約破棄も追放も、多数決で決める時代です
公爵令嬢メアリは自分の婚約者のクチャルが自分以外の女性にデレデレしているのを流石に見ていられなかった。あわや冤罪で断罪か、と思われたメアリに救いの手が伸ばされる。女王陛下アシテは扇を掲げる。それがこの場のすべてを決める評議会の開催、そして多数決開始の合図であった。
※細かいことは気にせず読んでください。
少数の意見を多数の意見だと主張する者などあってはならない。
多数の意見を無視して行われる断罪などあってはならない。
この教訓はおそらく、この国の未来永劫に語り継がれる事であろう。
*****
その日メアリが目にしたのは、王室主催のパーティで、自分をエスコートしなかった婚約者の現状であった。鼻の下を伸ばし、でれでれと女性に対してみっともない顔をさせている婚約者の惨状であった。メアリは今まで我慢してきたが、どうにもこれは許し難かった。
「殿下!これは一体どういうことですか!」
メアリの婚約者、この国の第二王子であるクチャルは、その声に反応し、メアリの方を向いた。しかし先ほどまでのだらしない顔はどこへ行ったのやら。ぎ、と睨みつけるその様は、婚約者に見せるものでは無かった。
「どういうこと、と言ったか?」
「そうです。婚約者である私をエスコートしないばかりか、子爵家の令嬢にそのように密着して……!」
メアリの言う子爵家の令嬢はクチャルがだらしない顔を見せていた相手であり、今、にんまりとした笑顔でメアリを見つめて居る女性であった。彼女の名前はミミカ。メアリは彼女のことを認識はしていたが、挨拶など一度もしたことのない相手であった。
「問題はないだろう、何せミミカは今日この時より、私の婚約者になるのだから!」
「な……!」
クチャルの婚約者はメアリである。それは王とメアリの父の決めた婚約であった。勝手に破棄することはできない、それがたとえ王族であっても。なのにクチャルはまるで決定事項であるかのように言ったのだ。メアリは、信じられない、と呟いた。
「その令嬢は子爵家です、王族との婚約など出来るわけもありません!」
「何を言うか!過去には平民と結婚した王族もいる!」
「それはあくまで過去の異例です!貴方は私と婚約を」
「お前との婚約だって、簡単に破棄できるだろ」
そのつながりは、脆い物であったとメアリは気が付いてしまった。幼少期から、メアリはクチャルの配偶者となるべく厳しい勉強をしてきたのだ。時に自分を追い込み、熱を出してまでダンスレッスンだって受けてきた。クチャルがそれを見たことはない。熱を出したときだって代筆の手紙が届いただけだった。好かれていないのは、分かっていた。けれども結婚してからでも絆は作れると信じてきた。
メアリだけが信じていた。クチャルはずっと、メアリとの婚約破棄を企んできたに違いなかった。
クチャルと比べて、メアリは良くできる子供であった。学べば学ぶほど成績が伸び、今では国内で最も王家に相応しい人物として伝わっているほどだ。それを、クチャルは目の上のたん瘤として見ていた。何をしても上手く行かないから。集中力もなく、意欲もない第二王子。第一王子のスペアなんて呼ばれて育った彼はコンプレックスだらけだった。
その彼を癒したのがミミカだというのか。
「お前は公爵家という立場を利用しミミカを排除しようとしたそうだな」
「そんなことはしておりません!」
「ミミカを疎んじ、階段から突き落としたとしたとも聞いている」
「私が彼女にそんなことをする暇もありません、誰がそんなことを言ったのですか!」
「言ったのだ!ミミカが!お前に突き落とされたと!」
「な……!」
目撃者はいなかったそうだ。でもミミカがそう言ったから、それを信じた。クチャルはそう言った。ミミカはクチャルの後ろで今でもほくそ笑んでいる。メアリは自分がしていないことを罪とされている。していないとメアリが言ってもクチャルは信じなかった。ミミカ言うことは信じて、メアリの言うことを信じなかった。そしてミミカの発言で、婚約破棄を決めた。ミミカと婚約すると決めた。クチャルとミミカの後ろにいる男性らも、メアリを憎いとばかりに睨みつけていた。
「メアリ、いままでご苦労であった。しかしもう二度と、この国の土地を踏むことも許さない」
婚約破棄宣言から実質の追放宣言をうけ、メアリは頭を抱えて倒れそうになった。それを受け止めたのはメアリの兄であった。兄はメアリを気遣うように声をかけたが、クチャルのあまりにもな物言いに、メアリは眩暈が止まらなかった。
「何の騒ぎですか」
パーティホールのど真ん中で言い合いをしていた集団の元に、一人の女性がまっすぐに歩いてきた。周りを囲んでいた野次馬たちは女性に気が付いて道を作る。
この国の女王陛下、アシテであった。
「母上!どうかお聞きください!メアリは俺の婚約者に相応しくありません!どうか婚約の破棄の御決断を!」
アシテは自分の息子であるクチャルを一瞥し、その姿に眉間にしわを寄せた。そうして大きなため息をついた後にメアリを見た。メアリが兄の腕の中でわなわなと震えているのを見て、扇で自分の口を隠した。
「クチャル、ここはどこですか?」
「……え、お、王城のパーティホールです」
「そうです、ここは王城。この国の敷地内です」
「母上……?」
「よってこのことに関して決めるのは、私でもお前でもありません」
アシテはそう言って、扇を上に掲げた。その意味を、クチャルは知らない。ミミカはもちろん知らない。でもメアリとその兄は知っていた。周りにも知っている者がたくさんいる。その意味を。
「これより評議会による多数決を行います」
ぱん、と、扇が閉じられたかと思うと、周りで見ていた人だかりから、複数人の影がゆっくりと歩を進めた。メアリ達を取り囲むようにして現れたのは、五人の人物たちであった。
「公爵代表、ここに」
「侯爵代表、ここに」
「伯爵代表、ここに」
「子爵代表、ここに」
「男爵代表、ここに」
現れたのは、各爵位の代表であった。各爵位の中で最も優秀であり、分別のある考え方が出来、第三者としての優れた観察眼で物事を判断できる五人、それが国の代表、評議会である。
クチャルは評議会の出現に驚いた。何せ評議会は基本的に会議室で行われるため、こんな場所で行われることはないと思っていたからだ。しかし評議会はここで開催された。けれどもクチャルは自分の勝利確信していた。ミミカが正しいと疑っていないからだ。
「王はあくまで国の象徴である。実権は総て評議会に預けている」
アシテは一歩前へと踏み出した。それに合わせて五人も一歩前に出た。そうして彼らは胸元やバッグから各々何かを取り出した。それは宝石が埋め込まれた小さいステッキであった。
「それでは議題その一。第二王子クチャルと公爵家令嬢メアリの婚約について。この二名の婚約は破棄すべきか。破棄すべきと思う者は青を、破棄すべきではないと思う者は赤を」
五名により掲げられたステッキに色が灯る。満場一致の青であった。
「初めて見た者もいるだろうから説明しよう。このステッキは思考に作用して反応する。青に光れと思えば青に光る。赤に光れと思えば赤に光る。ただ不正を許さず、他よりの介入により買収されて光の色を変えようと思っても光らない。ウソ発見器でもあるな」
青であるということは、評議会は二人の婚約を破棄すべきであると決めたということになる。メアリは、そんな、と言って身体から力が抜けて床に崩れ落ちてしまった。兄がそれを支えようとしゃがむ。
だが、議題は次に移る。あくまで先ほどの決定は、議題その一の決定であった。
「議題その二、公爵令嬢メアリはこの国から追放されるべきか。追放されるべきと思う者は青を、追放されるべきではないと思う者は赤を」
メアリは目を閉じた。ここで追放されるか否かが決定してしまう。自分は何も悪いことをしていないのに。ただ、ミミカにデレデレとしているクチャルを放っておいただけなのに。歩み寄るのは後ででも出来ると思っていたのに。今までのメアリのすべてが、ここで否定されるかもしれない。クチャルの言うとおりに事が運ぶかもしれない。それが、耐えがたかった。
「なに!?」
だが、クチャルの焦ったような声に、メアリは顔を上げた。そうするとどうだろう、五名の持つステッキの色は、全員が赤を示しているではないか。つまり、メアリは追放するべきではないと満場一致で決まったのだ。
「あ、あああ、ありがとうございます!」
「メアリ、メアリ、良かったな。これであのバカ王子と婚約破棄できて、なおかつ国に残留できる。大丈夫だ、これからのことは我らの両親やこの兄に任せろ」
メアリは涙ぐんで喜び、兄はそれを抱きしめて共感した。
しかしクチャルは納得いかないという様子であった。メアリとの婚約破棄は認められたのに、どうして追放は駄目なのか。クチャルの愛するミミカをないがしろにしたメアリが、また目の前に現れることがあるかもしれない。それがクチャルにはどうにも許せなかった。
議題はまだある。アシテはクチャルを見て、その後ろにいるミミカを見た。
「議題その三、男爵令嬢ミミカの処遇について」
「……え」
そこで初めて、この騒動が起きてから初めて、ミミカが声を出した。自分の処遇について?一体どういうことなのだろうか、とミミカはアシテを見る。アシテは冷たい目でミミカを見ていた。まるで恨みを持っているように。でもその場で自分の一存で決めることはならない。王は象徴だ。感情で相手を害することは許されない。けれども議題として挙げることは、誰も異を唱えない。
いいやそもそも、議題自体もずっと前から、王の周りでは話し合われてきたのだ。ミミカの存在は、王の周りではすでに問題視されていたのだ。評議会に提出されたのが今だったという話であった。
ミミカは危険だとアシカは気が付いていた。けれども自分の感情一つで動いてはならない。だから、判断をゆだねる。評議会はいつも正しい判断をアシカに見せてくれた。
「男爵令嬢ミミカはこの国から追放されるべきか。追放されるべきと思う者は青を、追放されるべきではないと思う者は赤を」
「待って!」
ミミカは声を上げた。何で自分が追放されるか否かをここで決定されなければならないのか。だってミミカは自分が選ばれた人間であると信じて疑わないのだから。第二王子は婚約者より自分を選んだ。周りの他の男たちだって、自分への愛を囁いている。ミミカが幸せな世界なのだ。そのために世界はあるのだとすら思っている。
けれどもミミカの声はアシテにも評議会にも届かなかった。全員が青。ミミカは追放すべきであるという決定であった。
「な、なんで!というか可笑しくない!?こんなことで私の人生決めないでよ!」
「貴女のわがままでメアリ嬢の人生を決めようとしたのに?」
「メ、メアリ様が悪いことしたから当然です!でも私は」
「静粛に、貴方一個人の意見はここに反映されません。ここは多数決の場。少数の意見は黙っていなさい」
「そんな……!」
メアリはアシテの元へと駆け出しそうなのをこの王城を守る兵士たちがとらえて動けないようにしていた。それはまるで罪人のような扱いであった。先ほどのメアリが受けた気持ちが、ミミカに渡ったのだ。
「ミミカ嬢、貴方は我が愚息クチャルの寵愛を受けている。けれどもそれだけなのですよ」
「寵愛を受けているのが、特別ではなくて何というのですか!?」
「特別なものですか。次の議題に行きましょう。議題その四、第二王子クチャルについて」
これは公平に判断の出来る人物たちによる多数決の場。そこに感情は必要ない。そこに少数の意見は必要ない。いるのはたった五人による判決だけ。貴族の代表たる五人の決定だけ。そこに王族は加われない。その時点で公平ではないのだから。国民の意見として正しくあらねばならない。
「第二王子クチャルを廃嫡とし、この国から追放されるべきか。追放されるべきと思う者は青を、追放されるべきではないと思う者は赤を」
灯った色は青かった。その通りと五人が判断した。クチャルはそれを見つめて、そんな馬鹿なと呟いた。
「き、貴様ら!俺は王族だぞ!その俺を廃嫡だと!追放だと!ふざけるな!撤回しろ!」
誰も心揺さぶられなかった。ただじっとクチャルを見つめている。五人は感情を無くした顔をして、クチャルとミミカを見ていた。この者には国を任せられない。この者にメアリ嬢はふさわしくない。ただこの者にミミカ嬢はふさわしいだろう。この者たちに国内に居場所はない。
クチャルは喚いた。覚えていろと、こんなのは間違っていると叫んでいる。けれどもアシテが扇を開いた音で、びくりと身体を跳ねさせた。アシテの冷たい目がクチャルを見ている。
「私は女王、この国の王。国の行く末を憂い、次の世代に繋ぐ者」
そのまま、アシテは歩き出す。今しがた息子ではなくなったものに向かって。アシテも自分の息子に情がなかったわけではない。上質な教育を受けさせたいと思っていた。上質な精神を宿らせたいと思っていた。しかしクチャルはその思いをないがしろにした。メアリのせいにして自分のせいだとは一度も言わなかった。ミミカに心奪われ、王城のものを明け渡した。公金に手を付けていた。ミミカの実家を優先するように仕向けたことも会ったか。それは、赦されることではなかった。だからアシテは貴族たちと談義し、今回評議会に議論を提出したのである。
アシテは王である。でもこの国のすべての決定権は評議会が持っている。この評議会が生まれたのは、アシテが王になってすぐの事であった。
「お前が第一王子でなくてよかった」
扇で口元を隠していたが、アシテは笑っていた。本音であった。口角をこれでも上げて笑っていた。まるでこの瞬間を待っていたかのように笑っていた。アシテは王である。でも、一人の人間だった。ただ個人感情に流されることはしなかった。そんなことをしてしまってはあの時の再来になってしまう。だから評議会は生まれたのだ。
「これにて評議会を解散とする」
扇を閉じる音をもって、閉会となった。
*
「いやぁお疲れ様でした、いつもより肩こりましたね、ええ」
評議会が閉会し、喚き散らかすミミカとクチャルが兵によって連れていかれたあと、一人の眼鏡をかけ、白衣を着た男性が伸びをした。その男は公爵代表の男であった。
「普段は会議室で行っていましたから、こうも広い空間だと落ち着きませんね」
侯爵代表の高身長で黒いマーメイドドレスの女性は自分の持っていたステッキを扇の様に口元に持って行ってため息をついていた。
「新鮮ではあったがな。しかし王はお怒りのご様子であった」
伯爵代表のガタイがよく剣を腰に付けた傷だらけの男性は腕を組んでいた。目線の先のアシテはいまだ床に崩れたままのメアリを心配して自分で助け起こそうとしていた。
「それでも議長としてご立派でした。……第二王子はアレでしたが」
子爵代表の小太りでありながら身なりをきちんと整えた男性はいつの間にか手にショコラをこれでもかと持って食べていた。
「無事に閉会したので良いということにしましょう!」
男爵代表のフリルたっぷりな可愛らしいドレスを身に着けた少女はにこにこ笑って子爵代表のショコラをひとつ奪って食べた。
評議会が生まれたのは、今から20年ほど前の事であった。一人の女性がその婚約者に一方的に婚約破棄されるという事件から始まった事であった。
ある日、とある男性が平民の女性と恋に落ちた。男性には婚約者がいたが、家同士で決めた婚約だったのでいつでも破棄できると思っていた。しかし女性とその家族が婚約破棄を拒否。怒った男性は女性の罪をでっちあげ、その家族もろとも国外追放するように仕向けたのであった。
しかし男性の妹が調べた限りでは女性に罪は一切なかった。さらに見たと供述した者達も男性に脅された、金を握らされた、平民の女性に誘惑されたと白状し、この冤罪事件は明るみに出た。男性の妹は女性の友人であった。だから、男性が許せなかった。
平民の女性と結婚した男性はその後妹の手によって公金の着服や暴力暴言による相手の支配、また婚約者の女性以外にも冤罪の捏造、さらに殺人にまで手を出していたことが発覚して逮捕された。男性は王国を危機に陥れたとして一年後に処刑となった。男性と結婚した平民の女性もこれに加担していたため男性と同時に処刑された。
その男性がアシテの兄だった。
アシテは兄がした事を許せず、女王としての地位についてすぐに公平に判断できる五人を選んで評議会を作った。議長をアシテとし、貴族たちの中で物事の判断に私情を挟まず、情に流されず、迎えるべき結末を共に見据えることのできる五人、それが各爵位の代表であった。
代表たちは冤罪を許さない。代表たちは正しいことを好む。代表たちはこの国の輝かしい未来だけを見つめて居る。そのため、必要ないものは排除できるだけの冷酷さも持ち得ていた。
「本当にありがとうございました」
自分をないがしろにする婚約者から解放され、追放されずにすんだメアリは兄に支えられながら代表たちに礼を述べた。公爵代表はメアリの親戚であったが、その情を一切加味しないうえでの今回の判断であった。
「メアリ嬢も大変だったねぇ。きっと良縁はすぐ見つかるよ」
さらにメアリの兄と公爵代表は友人であったが、やはりそこは加味しないうえで判断した。ここでメアリが追放されても、公爵代表に罪はない。メアリの兄もそれを分かっていた。分かっていたからこその公平な判断に感謝した。
「さて」
アシテがそう言ってパーティホールの中心に進んだ。それを会場にいる皆が見つめた。
「とんだ茶番が入りましたが、今夜もまだまだ長い。どうぞパーティをお楽しみくださいな」
そう言って、アシテは笑った。見守っていた者達もその笑みにほっと息をついた。しかしこれからの雑談には先ほどの茶番が主となるだろう。舞台に立たされたメアリに同情の目が向けられるだろうが、それでよいのだ。
アシテの兄の婚約者だった女性。それがまさにメアリの母であった。メアリの母は国外追放を言い渡されたのちに隣国で保護されたが、アシテの兄の処刑をきっかけに追放が無かったことになり実家へと戻ってきた。その際も周りの貴族たちはメアリの母に同情をした。後にメアリの母を保護し見初めた隣国の第三王子が追いかけて来てそのまま結婚。今では公爵家の婿として励みメアリの父となった。辛いことがあった後は必ずいいことが舞い込むはずだと皆も願うはずだ。そしてその縁も作られてしかるべきである。
「メアリ」
兄に連れられてパーティホールの端で息を整えていたメアリの元にアシテがやってきた。アシテはメアリのことを自分の娘に様に思っていた。大事な友人の子供であり、自分の息子の婚約者となったのだから。しかしメアリに向かって来る困難を何も対処してあげれなかったとアシテは悔いていた。アシテは王である。評議会を作った以上、実力行使で物事を決めるのはよろしくなかった。だから、メアリが苦しんでいるとわかっていても手を差し伸べてあげれなかった。
でもこれからは、解放されたメアリになら一声かけられる。
「本当にごめんなさいね」
「そ、そんなことをおっしゃらないでください。陛下は公平に私たちをジャッジする指揮を執ってくださった。そのおかげで私はこうして自分の足で立っていられるのですから」
「そう、本当に強い子ね。ああ、貴女が王家に来てくれる日を楽しみにしていたのに」
アシテは王である以上に一人の人間だった。だから本当に、メアリのことを大事に思っていたのだ。
「第一王子は公爵代表の従姉がお嫁に来てくれると決定しているし、第三王子はまだ幼いから同じくらいの子を見繕ってあげたいし……なんなら第一王女と結婚する?」
「陛下、わが国ではまだ同性婚は認めていらっしゃらないでしょう」
「次の議題に上げておくわ」
「陛下?????」
「さすがに冗談よ、貴女にも選ぶ権利はあるわ」
冗談と言ったが、一部は冗談ではなかった。評議会では多数の意見が国民の意見だとしているが、この国ではほんのわずかの少数派だって存在する。同性愛者だってその一部なのだから、王としては耳を傾けないといけない。そうして議題を話し合って評議会に上げるのだ。その決定がどうなっても、正しき五人の決定となれば誰も文句は言わないのだ。
評議会が生まれてから、この国では誰かに判断をゆだねるものが増えたように思う。それは自分の考えを封じてしまうことになりかねないが、誰かの判断によって新たな道が照らされるならばそれでも良いだろう。アシテはまだ見ぬこれからの未来を見つめた。
「姉上、クチャルとミミカの移動が完了しました。罪状決定の裁判の準備も後ほど整えます」
「ありがとうナカセ」
でもやっぱり勤勉で真面目、それでいて柔軟なメアリは王室にほしいなぁ、と考えていた時、アシテに声をかけてくる人物がいた。彼はアシテの20歳も離れた弟であった。突如とした王弟殿下の登場に、メアリもメアリの兄も慌てて頭を下げた。楽にしていいよ、と王弟殿下であるナカセは笑ってメアリを見ていた。
とてもにっこりしている。メアリもつられてにっこりしている。そういえばこの二人は年齢もそこまで離れていないし関係も良好であったはず。二人とも庭園が好きで時々仲良く日向ぼっこをしていたのではなかったか。ナカセはロマンチスト故に婚約者はまだいない。アシテはそれを思い出してにっこりと笑った。ナカセは嫌な予感がした。姉上?と恐々と声をかけた瞬間、アシテが高らかに声を上げた。
「……議題その五!王弟ナカセと公爵令嬢メアリの婚約に賛成の者は大きな拍手を!」
え、とメアリとナカセが声をそろえて言ったが、大きな拍手の音にかき消されてしまった。メアリはアシテの発言の後半が聞き取れていなかったため何事だときょろきょろとしているが、アシテの近くにいたナカセには全部聞こえていた。これが私情と言わずなんというのか!ナカセは顔を真っ赤にさせていた。アシテに、姉上どういうつもりですか!と講義するがアシテはひらりと流した。
「さ、可決されたみたいよ。メアリ、一緒にケーキでも食べましょう?今日は無礼講よ~」
「え?ええ?」
「姉上!お待ちください!姉上!」
メアリの兄はそのやり取りを見ながら、ナカセにならメアリを任せられるのでいいなと思ったが、しかしその強引なやり口に評議会発足当初は大変だったろうなぁと勝手に妄想した。まぁ、メアリの兄はこれからの世代の人間なので、評議会の土台を作り上げたアシテに多大なる称賛と感謝を贈ろうと思った。
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その後評議会でナカセとメアリの婚約が満場一致で可決されたり、クチャルとミミカの国外追放という名の島流しが別途設けられた裁判で判定されたりと慌ただしい日々であったが、アシテはおおむね満足である。
王城のとある会議室。今日も多数決で何かが決まる。それは国のこと、民のこと、個人のこと、数多の議題が提出され、それを流れ作業で判定していく。それでも彼らは間違えない。正しく内容を判断し、正しく国を導き、そして哀しい涙の流れないように努めるのが評議会の役割である。
五人の代表はアシテを見つめる。ステッキを掲げて。青く光らせ、赤く光らせ、または判断できない時は白くしたり虹色にしてみたり。なぜこの色にしたかを議論して最終決断を行う。その色を見つめ、アシテは微笑んだ。
「さて、本日の議題は――」
おわり
最後までご覧いただきありがとうございます。