03・私の水
翌日、水恵は化粧水を使うのをためらった。だが、肌の乾燥がひどく、他の物は効果が継承水に比べると全くと言って良いほど無いから、ついボトルに手が伸びた。「一回くらいなら大丈夫」と心の中で自分を納得させ、コットンに液体を染み込ませた。だが、塗っている最中に異変に気づいた。コットンが、何かに吸い取られるように、みるみる乾いていく。慌ててボトルを見ると、液体の量が目に見えて減っていた。
その夜、鏡の異変はさらに顕著になった。鏡に映る自分の顔が、時折、知らない女の顔に変わるのだ。長い黒髪に覆われた、青白い顔。目だけが異様に大きく、じっと水恵を見つめていた。水恵は叫び声を上げ、鏡から離れたが、背後で水が滴る音が聞こえてくる。振り返ると、蛇口を閉めているはずの洗面台から水滴が落ちていた。
恐怖に駆られ、水恵は化粧水のボトルをゴミ箱に捨てた。だが、翌朝、ボトルは洗面台に戻っていた。ラベルには「継承水」の文字が血のように赤く滲んでいた。水恵は震える手でボトルを掴み、排水溝に液体を流し込んだ。だが、液体は排水溝を逆流し、長い髪の毛が混じった、腐臭を漂わせた黒い水を吐き出す。水はゆっくりと形を成し鏡の中の女の姿になった。
「返して……私の水を……」
低く、湿った声が床を這うのだった。