08
地下四階の様子は変わっていなくて、相変わらずモンスターの姿もない。
急ぎ、涼介たちの元に向かえば、出てくる前とは違い、泣き声ひとつ聞こえない。
イヤな想像ばかりが頭を過ぎるが、とにかく彼らの元に辿り着けば、玲以外が倒れていた。
「みんな!! 何があったの!?」
最悪な想像が心を埋め尽くすが、泣き腫らした目で見上げた玲は、少しぼんやりとした表情で、ボクを見上げると、また表情を歪め、瞳に涙を浮かべた。
「じゃあ、みんな、泣き疲れて寝てるだけなんだね……よかった……」
落ち着いて、彼らを見れば、確かに玲の言う通り、ちゃんと呼吸をしている。
本当に、泣き疲れて眠っているだけのようだ。
「レイは、ずっと見ててくれたの? 大変だったよね。がんばったね」
頭を撫でれば、玲も安心したように、表情を緩めた。
「兵隊さんが、助けに来てくれたからね。もう、そこまできてるから。あとちょっとだよ。だから、もう少しだけ、がんばれる?」
明日葉のことを伝えれば、玲は少しだけ驚いたような表情をしていたが、ゆっくりと頷くと、眠ってしまっているみんなを起こし始めた。
例え、モンスターがここに現れたとしても、ボクが戦って、時間を稼ぐこともできる。
もし、危なくなったら、全員を抱えて逃げよう。
長距離を移動するのは、難しいかもしれないけど、明日葉のところまでというなら、なんとかなるだろう。
そのためにも、一番やらないといけないのは、足を怪我した涼介の手当てだ。
涼介の怪我をした状況を伝えれば、携帯の向こうの彼が、応急処置の方法を教えてくれた。
「リョースケ。動くから、少し痛いかもしれないけど、我慢してね」
「……こんなの痛くねェって……!」
こんな状態でも、強がる涼介に安心しながら、ボクの体の一部を使って、足を固定する。
「みんな、何か変なものがあったら、すぐに言ってね」
「……あれ、とか……?」
指された先にいたのは、白い幾重もの細い糸のようなものが湧き上がってきては、形を成そうとしている。
モンスターだ。
「逃げるよ!」
妙にアンバランスな形を形成したモンスターは、ボクと目が合うと、笑った。
白い腕が迫ってくるのを叩き落としてから、涼介を抱えて、先に逃げている彼らを追いかける。
「――――――――」
怒っているのか、笑っているのか、わからない叫びが背中に響き、背中を引きちぎられる痛みが走る。
「ッ」
「カーフ……!?」
「大丈夫だよ。こんなの全然痛くない」
銃弾を全身に撃ち込まれる方が、問答無用で全身を切られる方が痛かった。
捕まえられないことに業を煮やしたのか、足を掴まれ、引きちぎられ、バランスを崩して、倒れ込んでしまう。
少し先で倒れた涼介が、慌てて起き上がろうとして、表情を歪ませ、うずくまる。
「このくらい平気さ! リョースケは、みんなと一緒に逃げて! いいね?」
足も背中も、また新しく作り直せばいい。
だが、作り直していく端から、白い腕が、ボクの体に触れ、いともたやすく引きちぎっていく。
相性が悪いのかもしれない。
本能的に、自分と白いモンスターの相性が悪いことを悟ってしまうが、だからといって、逃げられる状況ではない。
「カーフ!!」
片腕の白いモンスターの、白い腕が、自分の奥、触れられちゃいけないところへ迫った、その時だ。
背後から、覚えのある轟音が響いた。
直後、目の前にいたはずの白いモンスターが消えた。
代わりに、目の前に現れたのは、刀。
「アス……は? 腕?」
明日葉だと、視線を上げれば、明日葉の肩に抱えられている、随分と見覚えのある白い腕。
明日葉も、ボクの言葉に、慌てたようにこちらへ振り返ると、その腕を見せてきた。
「こ、これさ、カーフの、腕じゃ、ないよね……?」
「違うけど…………引きちぎったの……? こわ……」
切り口が刀で切ったきれいな断面でもなく、力任せに引きちぎっていたし、手首の部分なんて、無理矢理繋げているようだけど、握りつぶされた跡がある。
「ちが……! ちょっと強く引っ張っただけで! なんか、その……ちぎれたのは、そうなんだけど、さぁ…………カーフの腕だったら、悪いと思って、一応持ってきたの……!! 違うなら謝らなくていいよね!」
そういうことではない気がしたが、ダンジョンの床を破壊していた様子を思い出しては、言葉にするのはやめておいた。
「ネ!」
「……うん」
何より、本当に助けに来てくれたのだから。
「…………いる?」
「え゛っいらない」
でも、それはいらない。