07
カーフが、地下四階へ下りるための唯一の通路だという、罠を加工したであろう落とし穴へ下りていくのを見送ると、明日葉は近くの壁へ目をやった。
「ヘイ。コマンド。この壁、壊していい?」
『ダメです』
携帯の向こう側で、ダンジョンの調査や治療班などの準備をしてくれているであろう、仲間へ問いかければ、相変わらずの即答が返ってきた。
『せめて、人工的に塞いだ場所を壊すか聞いてくれよ……』
「それならいいの?」
『…………』
どうせ、いつも通り、すぐに否定されるのかと思ったが、意外にも沈黙が返ってきた。
「え、いいの?」
『緊急なら』
少し意外な答えに、むしろ、明日葉の方が不思議そうに首を傾げた。
『妙にきれいなんだよ。そのダンジョン』
「きれい?」
『不活化したダンジョンは、魔力が通わなくなるから、手入れのされてない家みたいなもんなんだよ』
明日葉から送られてきた画像は、ところどころに亀裂が入り、ダンジョンとしての劣化が見られる。
だが、軍部の所持している100年以上前に、不活性化しているダンジョンとしては、劣化具合が足りない。
『軍部にも、そのダンジョンの活動時の情報はなかったが、周囲の信仰や産業から、おそらく、土や木に関する自然系モンスターの可能性が高い』
自然系のモンスターが蔓延るダンジョンの場合、ダンジョン内のモンスターは、周囲で確認されるモンスターの分布と関連する場合が多い。
『極めつけに、明日葉。お前の、ここまで来ても、場所が分からないって発言だ』
確実にいるのに、方角すらもわからない感覚。
隠密性の高いモンスター、特に擬態能力が高いモンスターに多く見られる傾向だ。
『それらを合わせると、そのダンジョンに住むモンスターは――』
その言葉を遮るように、明日葉へ迫る何か。
『ゴーレム』
腕だ。
『それなら、土や岩で構成されたダンジョンの劣化具合と年数が合わないのにも、説明がつく』
魔力の再活性化による再構成ではなく、モンスター自身が、物理的に修繕しているのだから。
「ゴーレムって、もっとゴツゴツしてなかったけ……?」
『有名なタイプはな』
明日葉は、伸びてくる手を避け、横からその腕を握りしめる。
土や岩とも違う、少し弾力のある、先程、カーフと握手した時と似たような感触。
「…………」
握った腕とは別の腕が、また廊下の奥の暗闇から、こちらに向かって伸びてくる。
その腕が迫る中、明日葉は、握った腕を思いっきり引っ張れば、手ごたえが無くなると同時に、廊下の奥から呻きのような叫び声が響き、迫っていた腕が奥へと消えていく。
残ったのは、少し強く握り過ぎて、変形してしまった腕の切れ端だけ。
「…………カーフじゃ、ないよね……?」
持ち上げても、反応することはなく、だらりと力なく垂れている。
「……たぶん、うん……たぶん…………たぶん……」
大分引きつった表情で、その腕を見つめていた明日葉だったが、大きく息を吐き出すと、一応、持って行っておこうと、腕を肩にかけたのだった。