06
涼介たちがいる場所は、地下四階だったはずだ。
床を彼女が壊したおかげで、今は地下二階。
「あとふたつ降りたところに、みんながいるんだ」
「じゃあ、階段で早く下りよう」
妙に”階段”のところを強調していたように聞こえたけど、頭上の穴を見上げては、コメントは控えておいた。
「でも、地下四階から出るための階段は、全部瓦礫で塞がれてて……アレを退かさないと、リョースケたちは外に出られ……」
出られない。と言いかけて、つい彼女を見てしまった。
先程見た、ダンジョンの床を破壊する様子。
あの力があるなら、瓦礫を退かすことも不可能ではないはずだ。
「やはり、力は全てを解決する」
『待て。脳筋バカ。せめて、壊して問題ないかだけは確認させろ』
「あ、壊すのは問題ないんだ……」
『ん? まぁ、最終的には壊すことにはなるだろ』
彼が言うには、ダンジョンを天然の牢屋として利用しているなら、村人が意図的に、瓦礫で出口に繋がる道を塞いでいる可能性が高い。
捕らえた人間を、投獄するための道を除いて。
『つまり、最終的に、力技は必要になるけど、積み上がってる瓦礫の量を確認して、破壊した後、二次被害が最小限にするってこと。話を聞いてる限り、全員子供な上に、五人もいて、怪我もしてる。無茶するわけにもいかないしな』
正直、彼女以外は、あまり子供たちを助けることに、前向きでないように感じていた。
だけど、それは勘違いだったらしい。
携帯の向こうの彼らも、ちゃんと、涼介たちを助けるための方法を、考えてくれているらしい。
『つーわけで、さっきみたいな、後先考えない破壊行為は、やめてもらえると嬉しいんだけどなァ?』
ただ、先程の行動は、古いダンジョン内で行うのは、さすがに短絡的過ぎたらしく、携帯の向こうの彼は、もう一度、彼女に釘を刺していた。
当の本人は、不貞腐れたような表情で、明後日の方向へ目をやって、聞いていないようだったが。
「…………」
だが、ボクと目が合うと、少しだけ驚いたように目を見開いては、柔らかく微笑んだ。
「?」
「そういえば、名前ってあるの?」
そういえば、状況が状況だったせいで、お互い名前すら名乗っていなかったことを思い出す。
「あるよ」
思い返してみれば、昔から遊ぶ友達はみんな、ボクの名前のことは知っていたし、名乗ったこともなかった。
「ボクはカーフ。よろしくね」
かつて、ボクがされたように名乗り、手を差し出せば、彼女はその手をじっと見た後、
「小樟 明日葉。よろしく。カーフ」
ゆっくりとボクの差し出した手を取った。
携帯の向こうの彼が、時々指示する通り、壁や天井の状態を、携帯で写真を撮り、画像データを送りながら、地下三階へ下りる階段へ辿り着く。
彼が言うには、このダンジョンはだいぶ古く、脆くなっている可能性高いという。
だからこそ、先程、明日葉がやったような、力技はあまりしない方がいいということらしい。
『カーフは、地下四階から上に戻ってくることができるんだよな?』
「うん。できるよ」
『なら、地下三階の状態を確認したら、四階の方からも状態を確認したいな……』
「じゃあ、はい。操作教えておくよ」
「え、あ、うん」
今まで、明日葉が操作していた携帯を渡され、言われた通り、小さな携帯を操作していく。
難しくはなさそうだ。
それにしても、随分とゆっくり進んでいる割には、やはりモンスターの姿は見かけない。
明日葉の言葉もあって、不安は残っているが、今の行動が結果的に、涼介たちを助けることに繋がるのだと、彼らの指示通りに、天井の亀裂へカメラを向ける。
「ん?」
ぱらりと亀裂から、少量だが、土が降ってくる。
カメラから顔を上げれば、亀裂から降っていたはずの土は止まった。
「アスハ。今のって、崩れかけてるってことかな?」
「…………」
明日葉へ振り返れば、明日葉は少しだけ目を細めて、その亀裂を見つめていた。
そして、ボクの視線に気が付くと、少しだけ考えるように視線を逸らすと、手を差し出してきた。
「カーフ、先に子供たちのとこに行ってて」
「え? どうして?」
先程までの話では、地下四階の様子を確認したいという話だったはずだし、地下三階も、まだ半分ほど残っている。
だが、明日葉の様子は、先程とは打って変わり、気長な様子はない。
「何かいる」
”気がする”という曖昧な表現ではない。
断定だった。
「ここに?」
「場所はわからない。けど、確実。子供たちの方にいても困るから、カーフだけでも先に行って」
ボクの手足を切ったり、先程の大穴を開けるところからも、明日葉が強いことはわかるが、彼女をひとり、ここに置いて行けと言われるのは、少しだけ躊躇してしまう。
たとえ、それが彼女自身が言っていたとしても、だ。
そんなボクの心境が伝わってしまったのか、明日葉はボクの方へ目をやると、小さく微笑んだ。
「時間かかりそうだったら、穴ぼこだらけにして、すぐ行くから」
『た゛ーか゛ーら゛ー』
「うん……それは、やめてあげてね」
携帯の向こうの彼が、もう嫌だとばかりの声を上げていた。
しかし、確かに変わった明日葉の雰囲気に、ボクも小さく頷いた。
明日葉のことは心配でも、地下四階にいる彼らのことも心配だ。