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直後、呼吸を止めた明日葉のわき腹に、柔らかい何かが触れると、強い力で引き寄せられ、次の瞬間には、暗く狭い空間に押し込められていた。
「……へ?」
状況が何もわからないが、揺れる狭い空間に、携帯の画面を明るくすると、目の前に、今朝作った人形と白い核。
「カーフだ……」
「ちょっと、大人しくしてて!」
指先を、人形に触れさせた途端、全身から響く声に、明日葉は驚きながらも頷いた。
どうやら、ここはカーフの胴体の中らしい。
すごく揺れているが、少しひんやりとして、冷たくて、少し草木の匂いがする。
「ぁ……」
気が付けば、明日葉は普通に呼吸をしていた。
まだ少し目は痛むが、先程までのような、息を吸うたびに喉や肺が焼かれるような痛みはない。
大きく、深く息を吸って、呼吸を整える。
「よし、もう大丈夫」
「バカなの!? 大丈夫なわけないだろ!!」
カーフたちは、2階層まで戻ってきていたが、来た時よりもずっと溶岩が赤く輝いている。
また姿は無くなっているが、ヴォルグレームスも、追いかけてきているはず。
「でも、ここから上には行けないよ」
「なんで!? 上に逃げたら、ビゼンだっているよ!?」
「でも、みんなが住んでた家とかもあるよ。だから、ここで決着をつけるの」
1階層に戻れば、備前や他の隊員も準備してるだろうし、装備だって補充できるかもしれない。
でも、それはヴォルグレームスを1階層へ連れて行ってしまうことで、少なくとも、先程までの町並みは壊れるだろう。
「毒ガスがないなら、余裕だし」
「そんなの、ボクはわからないもん」
ボクは、人間じゃないから。
「息止めて、片目を閉じればいける」
「さっき、いけてなかったじゃん」
変に自信満々で、根拠もない言葉。
「”三度目の正直”って言葉があってね」
「”二度あることは三度ある”しか知らない」
「じゃあ、私の勝ちぃ」
カーフ人形をつつきながら笑う明日葉は、そっと指を放すと、カーフの内側を軽く叩く。
「というわけで、出してー」
「ヤダ」
「カーフ……」
拗ねるような声のカーフに、明日葉は、窘めるように、先程よりも少し早めに内側を叩く。
「ヤダよ! どうして、キミは、いつもひとりで行こうとするんだ!」
手を伸ばせば、平然と取るくせに、自分から伸ばしてはくれない。
本当に明日葉が辛い時に、君は、手を伸ばしてはくれない。
「相棒なんだろ!?」
声を荒げるカーフに、明日葉は、内側を叩いていた手を止めると、視線を下げ、そっと手を下した。
「ボクも一緒に戦う」
静かなカーフの言葉に、明日葉は、そっと両手を顔に当てる。
その口元は、微かに震え、引きつっているようだった。
「わ、私、また突っ走ってた……?」
そして、ゆっくりと恥ずかしそうに漏らされた言葉に、カーフもつい、逃げる足を止めてしまった。
突っ走っていないつもりだったの……?
ひとりでヴォルグレームスを倒しに行こうとしたり、外に出ようとしたりしたくせに?
「だって、カーフ、いつも一緒に来てくれてたから、気にしてなかったというか、その、えっと、そっか……そっかぁ……」
顔を見なくても、恥ずかしそうに震わせている声に、表情は想像がついた。
「……キミ、相当な口下手?」
「春茂よりマシ!!」
「ビゼンは口達者でしょ。比べるレベルじゃないよ」
「嘘だよォ!? 嘘だ! 絶対、嘘!!」
「はいはい……わかったから、アスハ、作戦を考えよう」
1階層へ逃げないというなら、逃げられる時間にも限りがある。
なにより、3階層のように、2階層まで毒ガスが充満する前に、ヴォルグレームスを見つけて、倒さなければいけない。
冗談を言っている時間はないのだ。
*****
カーフが周囲を見渡しながら、溶岩の中にヴォルグレームスがいないかを確認していると、突然足が崩れる。
視線を足元にやれば、足元に局所的に広がっている溶岩。
この熱で、体が溶けたらしい。
「別に、溶けたくらいで……!」
すぐに足の形を整えて、バランスを取れば、広がっていた溶岩から、湧き出るように現れたヴォルグレームスが、カーフを見下ろしながら嗤う。
ようやく捕まえたとばかりに、その熱く輝く手を、カーフに近づけ、焼き潰そうと触れるその瞬間だ。
ヴォルグレームスの全身が黒く、膠着した。
「!?」
突然のことに、ヴォルグレームスも驚いた様子だが、その視線はすぐに下に向いた。
自分の腹部辺り、そこに刀が刺さっている。
『この刀ね、近江がヴォルグレームス対策に、冷却装置をつけてくれてるから、ものすごく冷えてるの。刺すと、冷えて固まる』
カーフの内側から突き刺された刀が、ヴォルグレームスの体を、黒く冷やしていた。
『でも、核は冷えないし、固まらない。だから、これで変化がない場所が、核の場所』
目の前のヴォルグレームスの表面は、全身が黒い。
カーフは、両腕をヴォルグレームスのひび割れた表面に突き刺し、割く。
中はまだ赤いが、刺されたままの刀のせいか、点々と黒く変色している部分もある。
その中、一切黒く変色せず、赤く輝いている場所。
「見つけた!」
核はあそこだと、カーフが新しく伸ばした手。
それを拒む赤い手が、カーフへ迫った時、新しくカーフの内側から生えてきた刀は、カーフごと赤い手を切った。
切られたカーフの中から出てきた明日葉は、黒く大きく割かれたヴォルグレームスの赤く輝く一点。
それを見つめると、振り抜いた刀を返すと、その核に向かって振り下ろした。
「――」
確かに感じた手応え。
その手応えに、明日葉は小さく息を吐き出し、吸おうとして、口を抑えられた。
「だから、ダメだって!」
「…………」
毒ガスがあるかもしれないと、慌てるカーフに、明日葉は、視線を上に向けた後、口を抑えていたカーフの腕を持ち上げる。
「ヘンな匂いはするけど、息はできそう」
「ほ、本当……?」
首を伸ばして覗き込むカーフに、明日葉もその頭を撫でる。
そして、少しずつ黒くなっていくヴォルグレームスへ視線を落とすと、
「帰ろっか」
ようやく、気が抜けたような表情をした。




