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体にまとわりつく溶岩を振り払い、顔を上げれば、開けた視界がズレる。
明日葉は慌てて、ガスマスクを支えると、簪をひとつ抜くと、ガスマスクを止めているベルトに突き刺した。
「よし」
壊れてないと頷くと、目の前の赤く、形作ったヴォルグレームスへ向き直る。
服は、先程まとわりついた溶岩のせいで、一部が禿げている。
耐熱性能に優れていると言っていたが、さすがに長時間触れていれば、耐えきれるものではないらしい。
「……」
ひとつ、大きく息を吸い、刀を構える。
周囲は、2階層のような水ではなく、そのほとんどが溶岩だ。
明日葉であっても、さすがにあの中に落とされれば、ただでは済まない。
明日葉が踏み込んだ直後、ヴォルグレームスも、大きく手を広げ、周囲から溶岩の波をかけるように、溶岩の池を揺らした。
明日葉の刀が、ヴォルグレームスに触れる瞬間、触れた部分が黒く、硬く変化する。
「ギッ」
慌てたように、ヴォルグレームスは体をよじるが、黒く変色した溶岩が叩き割られ、もうひと振りが頭を突き刺す。
核を破壊した手ごたえはない。
その認識と同時に、刀を翻し、振り抜くが、核の感覚はない。
ゴーレムへの有効な攻撃手段は、核の破壊だ。
銃火器などによる、体を形成している部分を削ることも重要な攻撃方法だが、核が残っていれば、容易に復活する。
『ヴォルグレームスは、体が溶岩で形成されてる。その核の位置は、一定じゃないって考えた方がいい。カーフ君みたいにね』
備前に教えられたヴォルグレームスの核の位置。
体が流動的な溶岩である限り、核の位置も一定ではない。
物理的な攻撃も本来、大した効果はないが、刀に冷却機能をつけているおかげで、高温のヴォルグレームスの体に触れれば、その部分だけは固形になり、破壊できる。
体の素材が大量にあるこの場所では、大した意味を持たないが、それでも痛覚が存在しているなら、少なくとも警戒される。
「おんなじゴーレムのくせに……」
同じゴーレムであるカーフが、切られれば痛いと言っているし、切られるのは好きじゃないと言っていた。
ならば、ヴォルグレームスも、その感覚はあるはずだ。
「まぁ、カーフは、アマルガムゴーレムだし? いい子だしぃ?」
返事など返ってこない自慢をしながら、明日葉はもう一度、刀を振った。
とにかく、数と速さだ。
熱さ、痛みは忘れて、装備の耐久が来るよりも早く、核の位置を特定する。
「――――」
いつもよりも視界の悪い状況で、性急に攻撃していた明日葉は、その死角から現れたヴォルグレームスの腕に対応するのが、少し遅れた。
身をよじった時には、既に遅く、ヴォルグレームスの腕は、明日葉のガスマスクを側面から叩きつける。
「ダッッ……!」
体を床に回転させながら、受け身を取れば、視界が音を立てて広がった。
地面に転がったガスマスクは、熱に歪んでいる。
「やっぱり、これ使いにく――」
文句を言いかけて、目の痛みに、目を閉じかけて、迫る赤い腕に、片目だけで弾く。
息を吸えば、喉や肺に痛みが走る。
「…………」
これ以上、息を吸ってはいけない。
露出した肌を、触れてもいないのに、焼くような痛み。
「ふぅ……」
そっと、緊急用の酸素ボンベへ手を伸ばす。
使ったなら、すぐに決着をつけるか、逃げるか。
それを咥えながら、酸素を大きく吸い込むと、明日葉は閉じていた片目を開き、天井から降ってくる、その姿を見た。
白と緑の入り混じった腕は、大きく振りかぶり、ヴォルグレームスを地面に叩きつけた。
「カー、フ……?」
予想外のカーフの登場に、明日葉が目を白黒させれば、カーフの腕がどろりと歪んで、溶け始めた。
「アスハ! 上に上がって! ここ、毒ガスが充満してる!!」
備前の予測だ。
ヴォルグレームスが、明日葉を確実に殺そうとするならば、空気よりも重い硫化水素という毒ガスを、最も低い3階層に貯め、そこに明日葉を誘い、殺す。
カーフに、毒ガスの匂いもわからなければ、本当に存在するかはわからない。
だが、片目を閉じ、開いた目は赤く充血し、時々苦しそうに咳き込む明日葉の様子は、何かしらの異常があることを証明していた。
なにより、カーフの体すら、すぐに形を歪めるほどの高温のモンスターと、間近で長時間も戦えるはずがない。
少しでも、条件のいい場所へと叫べば、それを阻むように、叩きつけた腕の周囲から溢れ出す溶岩。
それに、カーフは腕を開き、周囲の地面ごと大きく掴むと、明日葉とは反対方向に投げ飛ばした。
「ジャマ、するなよ!!」
霞んだ視界ですら、粘着質な水音と共に、溶岩が飛沫を上げたのは見えた。
「アスハ! 急ごう!」
明日葉が唖然とする中、駆け寄ってきたカーフに、明日葉も頷くと、2階層へ上がる階段へ走る。
ヴォルグレームスも、明日葉たちが2階層へ上がるのを阻止したいらしく、溶岩の触手が向かってきた。
「アスハ!」
その触手のひとつが、酸素ボンベを掠め、しゅっと空気の抜ける音が響いた。
酸素が無くなる。
明日葉は、少しでも長く保つように、反射的に息を止めた。




