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準備をしていただけあり、避難は迅速に行われていた。
「落ち着いて! この辺りに、モンスターは確認されてません! 焦らず、誘導に従ってください!」
1階層に確認されていなかった、ゴーレムの出現もあり、混乱こそあったが、これで住人の避難は9割方終了したはずだ。
ゆかりは、最後の住人の背中を見送ると、携帯を取り出す。
明日葉が階層を破壊するまでは、確かに繋がっていたはずだが、今は繋がっていない。
戦闘中で、手が離せないのか、それとも、また別の理由か。
「ゆかりちゃん」
肩に乗せられた手に、顔を上げれば、窘めるような表情を浮かべる備前の顔。
「ごめんなさい。大丈夫よ。避難者の名簿での確認はできた?」
不安そうな表情を隠し、避難した住人たちを確認している隊員へ、声をかけるゆかりを安心したように見送る備前は、小さく長く息を吐き出した。
そして、銃を構え、入口を警備する隊員たちに声をかける。
「じゃあ、僕は、逃げ遅れた人がいないか、確認してくるよ。そっちもわかり次第、連絡ちょうだいね」
「はっ、はい!? 備前さんも避難を……!」
予想外な言葉に、素っ頓狂な声を上げる隊員たち。
当たり前だ。備前は、軍部の東部統括責任者で、本来なら、この場にいる誰よりも、先に避難すべき対象なのだから。
「いやいや、もし、ヴォルグレームスがこっちに来てたら、僕ぐらいしか、対応できるのいないでしょ」
「それはそうですが……」
呆れたように答える備前に、隊員たちも、言葉に詰まってしまう。
かつて、”力の明石、技の備前”と呼ばれるほどに、実力を持っていた備前の実力は、折り紙付きだ。
それこそ、寵愛子である明日葉の、制御できていない力程度であれば、御せる程度には。
「そっちの指揮は、ゆかりちゃんに任せるからさ」
「せめて、護衛を」
「跳弾する援護は、不要だよ」
気楽に手を振って、戻ろうとする備前に、護衛だけでもと叫ぶ隊員に、呆れたように備前は答えるが、ふと聞こえた人とは違う重い足音に目をやる。
大型のゴーレムが、逃げる人を追って、ここまで来たらしい。
「心配いらないって」
自分の身の丈よりも大きなゴーレム。
「僕も――」
備前は、刀へ手をやると、
「ちゃんと強いから」
一振りで、ゴーレムを両断した。
「同じゴーレムとはいえ、カーフ君とは、随分違うもんだね」
明確な敵意と殺意が、備前に刺さる。
「君らも、言葉を話せたら少しは違うのか……いや、ダメだな。君らは、悪意しか持っていなさそうだ」
振り下ろされる拳を避けながら、刀を突き刺す。
ゴーレムの数は、明らかに多い。
1階層は、住人がいたため、詳細にモンスターの数は、管理されていたはずだ。
自然系のモンスターであるゴーレムのため、多少の漏れはあるにしろ、この数を漏らしたとは思えない。
ただ、ゴーレムの種類としては、溶岩が混じっているものはなく、土や岩で形成されているものがほとんどだ。
これで、溶岩でも混じっていた日には、手間がかかるというものだが、それは無さそうだ。
「ビゼン!」
またこちらに向かって来ていたゴーレムは、飛んできた岩に砕かれ、倒れ込む。
「怪我はない!?」
その岩を投げた張本人は、備前の事を心配そうに見下ろすと、まだ蠢いているゴーレムたちを巨大な手で包み込むと、数秒もしない内に、その場所からは消えた。
「あぁ、カーフ君も無事だったみたいだね」
便利だな。という言葉は出さず、笑みを浮かべれば、カーフも安心したように表情を緩めた。
「ボクは平気! それより、アスハは!? ユカリも! 他の人も!」
「落ち着きなさいな。深呼吸でもしてさ。はい。吸って~吐いて~そう。いい調子」
素直に言うことを聞くカーフに、どこか既視感を覚えるが、茶化すことはせず、今の状況を簡潔に説明していく。
「明日葉は、今、ヴォルグレームスのところに行ってる。戦闘に関しては、わからない」
はっきりと口にする備前に、カーフは不安そうな表情をするが、備前はそのまま続けた。
「ゴーレムが突然現れた件も含めて、同じゴーレムである、ヴォルグレームスがここにいる可能性も否定はできない。カーフ君は、見てない?」
「ううん。見てない」
「そう」
ゴーレムの勢いは収まってきている。
ヴォルグレームスがここにいる様子もない。
このまま行けば、数十分後には、明日葉への援軍を送ることも可能だ。
「…………カーフ君」
ヴォルグレームスが、自分の城で、生活をしている人間たちを一人残らず殺すために、危険分子である明日葉をおびき出したわけじゃなければ。
もし、最初から、ヴォルグレームスの目的が、自分を殺しかけた明日葉に向いていたなら。
自分の命を危ぶまれる存在が、近くにいる方が恐ろしいと感じたなら。
いくら、明日葉であっても、人間。
戦い続け、体力が尽きれば、動けなくなるし、毒ガスの中にいれば、死ぬ。
高温の水に浸かれば、皮膚が爛れる。
この数年、ヴォルグレームスが、明日葉を倒す方法を考え続けていたのなら。
「今すぐに、明日葉のところにいってくれるかい?」
備前の真剣な表情に、カーフは同じ表情で頷き返した。




