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目の前で、ビスケットでも割るかのように砕けたゴーレムに、唖然とするが、転がる破片はビスケットよりも重い音を立てていた。
「た、助かりました」
砕けたゴーレムの核を探し、潰していた明日葉に礼を伝えれば、ピースサインを返してきた。
「随分とゴーレムを引き連れてきたみたいだね」
「2階層のゴーレムが、活発になってまして……一度、退避してきたのですが、今日に限って、数が多く」
「ルートは、いつもと変わらない?」
「はい。もちろん」
ヴォルグレームスの埋まっている場所から、1階層まで戻るルートは決まっている。
隊員が、定刻に帰還しない際、探す範囲を狭め、確実に救助するためである。
そのため、そのルートは、常に整備・点検がされており、最も安全なルートでもあった。
「春茂ぇ、このまま、さっくり、ぼっこり、行っちゃダメ?」
ガスマスクをつけながら、奥を指さす明日葉に、備前は困ったように頭をかく。
「行く気満々じゃない……」
「だって、もう起きてるよ? あいつ」
1階層よりもずっと熱気に包まれ、溶岩も流れている2階層。
ヴォルグレームスが積極的に動いていた時よりは、まだ激しくないが、それでも、備前も感じていた。
既に、ヴォルグレームスは再生している。
「えっ!? いや、でも、まだ核の反応はあるし……!」
「相手は、ゴーレムの上位種だからね。体なんて、その辺の物を使えば、すぐに再生できるだろうし……誘ってるのか、それとも別の事情か……」
できることなら、後者がいい。
何かしらの理由があり、まだ動けないなら、予定は狂うが、このままヴォルグレームスを討ちに向かえば、先手を打てる。
問題なのは、前者だった場合だ。
狙いが分からなければ、最も大きな戦力である明日葉を向かわせるのは、大きな損失になりかねない。
「明日葉。ふたつ、約束しよう」
「ん? うん」
「ひとつ、ヴォルグレームスがいなかったら、すぐに戻ってくること」
これは、ヴォルグレームスの目的が、明日葉以外にある場合のため。
一番の脅威である明日葉を、おびき出して、時間を稼ごうとしている。その間、上階層にいる人間を食らおうという算段だろう。
「ふたつ、もし、以前のように、全身が爛れるような怪我を負った場合や渡した装備が2つ以上破損した場合、即時撤退すること」
ヴォルグレームスを、明日葉が倒せないとは思わない。
しかし、それはあくまで、装備がある上での話だ。
全身が高温の半固形であり、物理攻撃が効きにくい。
その上、毒ガスという、明日葉への有効な攻撃手段を持ち合わせているヴォルグレームスに、装備が無くなれば、危険性は跳ね上がる。
「わかった。じゃあ、行ってくるね」
明日葉はそう言い残すと、備前たちに背中を向けて、走り出した。
「春茂! ゴーレムたちが動き出したって聞いたけど……明日葉は?」
戻ってきたゆかりは、明日葉の姿がないことに気が付くと、少しだけ険しい表情をして、備前に目をやる。
見上げた表情は、静かに先を見つめていた。
「ヴォルグレームスは、もう動き出してる。明日葉は、先行させた。こっちは、ここにいる人、全員避難させるよ」
ゆかりも、少しだけ2階層の方へ目をやるが、頷き、住人たちの避難誘導に向かおうとした時だ。
ダンジョン全体が揺れた。
「うん……急いだほうが良さそうだ」
「ちょっと……今の、階層破壊した音よね……!? どういう状況?」
備前の言う通り、ヴォルグレームスが動き出してるなら、階層の床を破壊する必要はない。
だが、今の音は明らかに、階層の床を破壊した音だ。
つまり、ヴォルグレームスの姿が確認されていないということ。
「ヴォルグレームスが罠を張ってる可能性がある」
緊急時のサイレンを鳴らしながら、備前は、端的に今までの事を説明した。
*****
サイレンが鳴り響く中、カーフは、何事かと周囲を見渡しながら、住人たちが慌てたように、荷物を持ち始める様に、階層の奥へ顔を向ける。
ゆかりは大丈夫だと言っていたが、先程の揺れに、この不快な音は、何かが起きたということだ。
「おい! こんなところに、ゴーレムがいるぞ!! 離れろ!」
その声の方に目をやれば、声を上げた男は、カーフとは別の方向に顔を向けたまま、叫んでいる。
そして、何かから逃げるように走り出す男を追いかける、小さな動く岩。ゴーレムだ。
カーフは、素早く走り寄ると、そのゴーレムを叩き割った。
「大丈夫!? 早く逃げて!」
「お、おぉ……? おぉ……」
ゴーレムを倒すモンスターの様子に、男は困惑した様子だが、その背後に現れた男に、背中を強く掴まれていた。
「呆けてる場合か! 迷惑かけてんじゃねェよ!」
「イノブチ!」
「悪ィな! こいつは、俺が首根っこ掴んで、外に出るからよ!」
「うん。お願い!」
猪渕がその男を連れていくと、カーフは、こちらに向かってくる小型のゴーレムたちに向き直った。
「さっきまでいなかったはずなのに……どこから……」
発生源はわからない。
だが、今は、このゴーレムたちに、避難している住人達を攻撃させないように、戦うしかない。
*****
その頃、明日葉は、大きく開いた穴の底を見ていた。
過去に、ヴォルグレームスを殴り埋めたその場所に、再び開けた穴の下。
ひと際赤く、輝き、蠢いているそれがいた。
「あれかな……」
脳裏に残っている記憶の姿ではないが、状況的に、ヴォルグレームスである可能性は高い。
もし、違ったのなら、備前の言う通り、一度戻ろうと決め、明日葉は穴の中に飛び込んだ。
「――!!」
床を通り過ぎたその瞬間、滲みだした赤い溶岩が、明日葉を捕まえるように取り囲んだ。




