01
大きく揺れる車上で、カーフは小さく作り直した体で、明日葉の腕を強めに掴んでいた。
都心部から離れた分、道が舗装されていないらしく、予想外に大きく揺れることがあるのと、もうひとつ。
「あ、見て見て。カーフ、見えてきた!」
今、カーフは、明日葉の腕に抱えられているからだ。
「ねぇ、アスハ、中に戻らない!? 危ないよ!?」
しかも、本来人が乗るべきではない、車の上だ。さすがに、危ないとカーフも声を上げる。
「大丈夫。カーフが落ちたら、ちゃんとキャッチしてあげるから」
「そういうことじゃなくて!」
言葉の途中で、車が大きく跳ね、明日葉の体が浮いた。
「お?」
「うわぁぁ!?」
慌てて腕を伸ばして、車の屋根を掴むカーフと、問題なさげに屋根へ足をつく明日葉。
「アーースーーハーー!」
「わかったって……」
ご立腹のカーフに従い、大人しく、社内に戻れば、タブレットを見ていた備前が、珍しそうにこちらへ顔を向けてきた。
「カーフに怒られた」
「だから、窓開けるだけにしておきなさいって言ったじゃない」
「カーフ。元のサイズに戻っていいよ」
「やめなさい」
嫌がらせをしようとする明日葉に、備前はため息をつけば、ほのかに香ってきた硫黄の香りに、窓の外へ目をやる。
「もうすぐ着くから、大人しくしてなさいね」
「「はぁい」」
素直に返事をするふたりに、備前はまたタブレットへ視線を落とした。
事の始まりは、一週間前のことだ。
第八部隊の部屋にやってきた備前は、明日葉のことを一週間ほど借りたいと申し出てきた。
「はぁ……会議でもあるんですか?」
統括責任者である備前の護衛として、明日葉が駆り出されることは多い。
ただ、大きな会議があるという話は聞いていない。
「里帰りみたいなもんだよ」
「あ、ゆかりちゃんがカーフに会いたいって言ってたから、連れて行っていいよね?」
「それ、僕のところにも連絡きたよ……カーフ君も構わないかい?」
「うん。もちろん」
ゆかりと言えば、以前、明日葉と一緒に写真を撮って送った人物だったはずだ。
「里帰りってことは、明日葉の実家?」
「うん。そうだよ。あ、でも、こいのぼりは上げてないかも……」
「前に言ってたやつ?」
「うん。でも、5月に上げるから、たぶん見れないなぁ……」
「そっかぁ……でも、そのユカリちゃん? って人に会うんだよね」
明日葉や備前の様子では、随分親しいようだ。
「そうだよ。えっと……お母さん、みたいな人」
「アスハの、お母さん……」
少し恥ずかしそうに視線を逸らした明日葉に、カーフはしばらく言葉を失った後、慌てたように、自分の体に触れる。
「ボク、何か準備した方がいいかな!? アスハのお母さんなら、大丈夫……!?」
「しなくていいと思うけど、”私のお母さんなら”ってどういう意味?」
くだらない喧嘩をしているふたりに、呆れるような視線を送りながら、備前は近江の方へ目をやった。
「世々継君。頼んでた、アレ、できてる?」
「あぁ……できてますよ。微調整は必要でしょうけど、出発はいつです?」
「週末だから、それまでに調整しておいて。あとカーフ君の体重、減らせる?」
「カーフの体重? まぁ、物質を吐き出せば、そのまま減るみたいなんで、できるでしょうけど……軍用の魔力駆動車なら、カーフが乗っても動きますよ?」
体も、限界はあるようだが、人の肩や頭に乗ることができる程度には小さくなれる。
ただし、重さはそのままのため、サイズとして持てても、実際に持ち上げられるのは、明日葉くらいだ。
「休暇だから、軍用車は使うわけにいかなくてね。馬車を使うことになると思うんだけど」
「なるほど。そりゃ確かに、カーフの普段の体重だと、きついですね。200㎏程度には抑えられたはずなんで、そっちも何とかできます」
「助かるよ」
「このくらいは全然。むしろ、濱家さんから、素材提供のリストを片付けられる、いい機会です」
見せられた、濱家からのアマルガムゴーレムの素材提供のリストは、あくまで無理の範囲ということなのだろうが、スクロールバーが随分と小さな資料だった。
結局、備前の秘書である珠洲に、小型の魔力駆動車を用意され、馬車を使う必要は無くなり、想定していたよりも早く、目的地に着くことはできそうだ。
「到着しました」
「ありがとうね」
備前に礼を言われた運転手は、少しだけ言い辛そうに、しかし、意を決したように、問いかけた。
「あの、本当に、おふたりだけでよろしいのですか? せめて、第八部隊は揃えるべきでは?」
「構わないよ。本当は、休暇で来るつもりだったんだから。珠洲ちゃんが、気を利かせてくれただけでね」
「……応援が必要でしたら、すぐに連絡を」
「助かるよ」
運転手は、心配そうな表情こそしていたが、備前の言葉を信じて、帰って行った。
残ったのは、備前と明日葉、カーフの三人。
「おっきくなった」
明日葉の腕から下りた、カーフは、体を元の大きさまで戻した。
「こっちのほうが落ち着くからね。中は空洞だけど」
「本当だ!」
「ちょっとは遠慮しなよ」
遠慮なく、カーフの腹部に腕を突っ込んでいる明日葉に呆れるが、明日葉は、もう片方の腕まで入れ始めた。
両手で探っても、カーフの中身は、カーフの言う通り、空洞になっていて、何もない。
「スカスカーフじゃん」
「うまくない」
明日葉の腕を引き抜きながら、備前の方へ目をやれば、その見覚えのある入口の形。
「あれ? ダンジョン?」
魔力の込められた魔石に囲われた門のような構造の入口。
ダンジョンの入り口によく似ていた。




