09
ひどく耳鳴りがしていた。
意味なんてない。悪意のこもった言葉が、暴力が、自分に向けられている。
ただそれだけはわかる。
「ぅ゛ぅ゛……」
誰かに捨てられて、誰かに殴られて。
もうそんな人いないのに。
「うるさいな……本当に」
みんなから十分離れたから、聞こえてくる声は、全て偽物。
だから、大丈夫。
「カーフ、大丈夫かな……」
通話を切った携帯を見ながら、少しだけ、連絡しようか迷うが、携帯はしまった。
「炎歌ちゃんなら大丈夫……大丈夫……」
自分を安心させるように、明日葉が何度か呟けば、脳裏にフラッシュバックする。
四肢を失い、這うように逃げた、カーフの姿が。
「なんで……なんでだよぉ……!! 助けてくれるって、言ったじゃないか……!!」
嗚咽混じりに泣き叫びながら、カーフは、明日葉から逃げるように、体を引きずり、何かを抱えるように丸くなる。
幻だ。
カーフは、炎歌に治療してもらっている。
「リョースケ……レイ……アイ……ユーヤ……コータ……」
丸くなった背中を震わせて、嗚咽混じりに、助けたはずの子供の名前を呼ぶ。
「……違う。違う。その子たちは、助けた。ちゃんと、助けたもん……」
だから、カーフが悲しんでいる姿も、偽物だ。
「助けた? 嘘つき!! キミが助けられるわけないだろ!! 壊すことしかできないくせに!!」
幻のカーフは、勢いよく振り返ると、生やした腕を広げ、その腕は刀で切られたように、きれいな断面を残した落ちた。
「ボクのことだって、キミが壊した!! そうだろ!?」
迫るカーフに、明日葉は、眉を潜め、刀を振り下ろした。
「はぁ……はぁ……」
ふたつに割れた偽カーフは、心底楽しげな表情で、ケラケラと木が擦れるような音を立て、笑いながら消えた。
少しだけ静かになった中で、やけに霧が濃い場所と、そこから聞こえる先程の木の擦れるような音。
「…………」
明日葉は、一度刀をしまうと、ゆっくりとその音のする方へ、歩き出す。
「湖……?」
あまりに濃い霧のせいで、突然足元に現れた湖。
明日葉は、周囲の様子を確認すると、湖のほとりに見つけたひとつの影。
刀を抜いて、慎重に近づけば、影は徐々に形を成していく。
ボロボロのローブを着た、木製の笛を持った案山子のようなモンスター。
ワンダラースケアロウだ。
「お前、うるさいんだよ」
明日葉の言葉に、ワンダラースケアロウは、不気味に嗤った。
「誰にも似てない、ヘタクソ」
そう言って、ワンダラースケアロウへ刀を振り下ろせば、ひらりと身を翻し、湖の上へと逃げる。
そして、持っていた笛をひと吹きすれば、霧がより濃くなった。
「あーもうっ!!」
まだ影が見えてる内に。と、水上へ跳んだ明日葉だが、その影は手ごたえ無く通り過ぎていく。
舌打ち混じりに、空中で体を翻すと、持っていた刀から手を離し、そこへ足をつくと、刀を踏み台に軽くと上へ跳ぶ。
そして、周囲に目を凝らすが、影はない。
ワンダラースケアロウを見つけられない間に、近づいてくる水面に、もう一本を刀を抜き、水面に向かって大きく振りかぶった時だ。
「お前を拾ったことを、ずっと後悔してるよ」
叩きつけようとした水面に映る、備前のこちらを敵視する視線と言葉。
「私が、あの子を拾わなければ……!! 拾っちゃいけなかった……!! あの子は、助けちゃいけない子だった……!!」
そして、泣き崩れるゆかりの姿。
「――――ッ」
言わない。
言わない!!
そんなこと、あの人たちが、言うわけない!!
「いい加減に、しろッッ!!」
加護の封印を破壊するほどの力で、水面を叩きつける。
大きくへこんだ水面は、ひどく波立ち、へこんだ部分へ、再び水が注ぎこまれていく。
その中には、波に囚われたワンダラースケアロウの姿もあった。
「見つけた」
最後の一振りの刀を踏み台に、ワンダラースケアロウの元へと跳び、ようやくその姿を掴んだ。
直後、注ぎ込まれる水が、明日葉の頬を撫でる。
「死んで。お願いだから。貴方だけで」
耳元で囁かれる偽物の声と、冷たく頬を撫でる手、そして、ゆかりの悲しげに歪んだ微笑み。
――じゃあ、うまくいかなかったら、一緒に死にましょうか。
――明日葉を抱きしめて、ロープで縛って、一緒に水に身を投げるの。そうすれば、明日葉も死ねるでしょ?
――明日葉が独りぼっちだったなんて、勘違いしてほしくないもの。少なくとも、ひとりは、貴方を大事に思ってた人がいるって、理解していて。
あの時の優しい囁きも、温かく頬を撫でる手も、ゆかりの安心させるような微笑みを、忘れるはずがない。
偽りだと、歪ませることなんて許さない。
許せない。
「お前だけ死ね」
水に飲まれる中、明日葉は泡と共に呪い言を吐き出すと、ワンダラースケアロウの笛を握り潰した。




