03
明日葉は、村の警官と一緒に、治療を終えた村人を、各自宅に送っていた。
「討伐は終わってませんので、引き続き、不要の外出は控えるようにしてください」
「わかりました」
引き渡した家族たちは皆、疲れた顔をしていた。
突然、家族が錯乱する様子を目の当たりにすれば、気が気ではないだろう。
「霧……?」
うっすらとだが、霧が出始めている様子に、明日葉が不思議そうに声を上げれば、警官は弾かれたように顔を上げた。
「?」
「ワンダラースケアロウが現れる時は、決まって霧がかかる……!!」
今は薄いが、ワンダラースケアロウが近くにいるなら、徐々に霧は濃くなり、やがて、音が聞こえてくる。
聞いたものを霧の中へ誘う音だ。
「い、急いでここから離れないと……!!」
慌てた様子で診療所へ向かおうとする警官に、明日葉は、少しだけ視線を逸らすと、突然大きな声を上げた。
「い゛ッ……!?」
驚いたように両耳を塞いだ警官は、目を白黒させながら、明日葉を見下ろす。
そこには、警官を見上げながら、耳を塞ぐジェスチャーをする明日葉。
「!!」
その意図に気が付いた警官は、怯えたように何度も頷いた。
それを確認した明日葉は、耳から手を離し、笛らしき音がする、霧の濃い方へ視線を戻すと、刀に手を掛け、一息に跳んだ。
霧に写る影へ刀を振るが、手ごたえはなく、笛の音も消えた。
「…………」
もう一度、大きく刀を上に振り上げると、霧は上に向かって散り、少しずつ薄くなっていく。
その中で、目を凝らせば、霧の奥に、うっすらと揺らめく何かの影。
明日葉が、少し目を細め、腰を低くした時だ。
近くから聞こえた、水音に、視線をそちらへ向ける。
「おーい……」
現れたのは、先程の警官だ。
明日葉は、もう一度、先程の影の方へ目をやるが、すっかり影は無くなっている。
「無事か?」
「はい。ワンダラースケアロウは、あっちに逃げたみたいですけど」
影の消えた方を指せば、警官はその方角を見ながら、小さく声を漏らした。
「そっちは、槞家がある方だな。追いかけるか?」
案内するという警官に、明日葉は少し考えた後、首を横に振った。
今回は、できる限り集団で行動しろと言われている。
患者も送り届けたという報告をしていないし、一度、診療所に戻るのだった。
「――こちらにも、槞家の関係者はいなかったので、ほぼ全滅と考えてよいかと」
「じゃあ、やっぱり、その槞家を拠点に、村中に広がってそうだな」
一通り治療し終えた炎歌と、明日葉が戻ってくると、近江が木竜村の地図を取り出した。
「件の屋敷の位置がここ。それで、各被害者の住居がここ」
槞家の屋敷は、その後ろに保有している山岳地があり、村はその反対側に広がっている。
被害者は、屋敷から村にかけて、扇状に広がっていた。
「明日葉が見つかってるなら、下手すると逃げられるかもしれないな……倒すなら、早めに動いた方がいいかもしれないが」
「こちらも、魔法が必要な治療は、一通り終えています。動けますよ」
「では、本官が案内します」
槞家の屋敷に向かおうとする明日葉たちに、警官もすぐに立ち上がると、率先して案内に向かうのだった。
「はぁ……本当に、みんなで動かないとダメかねぇ?」
「諦めろ。オッサン。ワンダラースケアロウが、外に出歩いてた時点で、俺らに選択肢はない」
「マジかぁ……なんかあった時は、頼むぞ。カーフ」
「え、ボク? が、がんばるけど、ボク、魔法とか使えないけど……」
何を頼まれたのかわからないと、目を白黒させるカーフに、長谷川は、静かな自信に満ち溢れた表情で頷く。
「小樟と高倉より、優しく気絶させてくれそう」
「あ、そういう」
手触りの良い柔らかな体に触れながら、頷いている長谷川に、少し呆れたような視線を送っていれば、同じように体に触れる近江。
「素材はわからないが、ダイラタンシー現象起きるなら、相当硬いと思うんだけどな……」
「気持ちだよ気持ち。容赦があるか、ないかって話だよ」
「究極だなぁ……」
ふたりに、体の軟らかさを確認される状況に、カーフは困ったように、言葉を失うのだった。
そんな様子を、警官は何とも言えない表情で振り返りながら、特に気にしている様子もない明日葉と炎歌に目をやり、言葉にするのをやめた。
「ここが、槞家のお屋敷です」
そうして、辿り着いた村の中で最も立派な門構えの屋敷に、警官は、大きな門の方を開く。
「鍵は掛かってませんので、ここからどうぞ、中に」
「案内ありがとうございました。何かあれば、診療所の方へ連絡をしますので、そちらで待機して頂いてもよろしいですか?」
「承知致しました!」
背筋を伸ばし、敬礼をする警官を残し、明日葉たちは、屋敷の中に入っていくのだった。